思いがけない再会

 二〇二二年 七月十八日(水曜日)


 第三都市――駅近くの、とあるビル内にて。

 非常に綺麗な内装だった。白く、清潔な部屋には、五台のデスクが置いてあり、そこには勿論、PC機材などが置いてある。デスク上は、とても綺麗に整えられているのか――まっさらだ。


「いや、この場合何も無いから真っ白……はは、ウチの事情が良く表れていると思わないかい? ――御幸君」


 室内にいるのは三人。

 黒髪の少年――神代御幸と、金髪の美少女アリシア・エーデルハルト。そして、もう一人。金髪の碧眼――まるで、外国人かと思うほどのその見た目をした青年。


「……そうですね、白馬創一さん」


「んー……ぐはぁあ! 冷たい感想どうもありがとう、御幸君!」


 御幸の言葉にオーバーリアクションを咬ますこの青年こそ、白馬創一である。

 年齢二十三歳。自称白馬の貴公子。永遠の厨二病末期患者であり、ラノベ作家。

 恋愛やファンタジーまで、様々な物語を書けるこの青年。年収は大台の四桁を超えそうだとか。


「…………」


 そんな創一だが、彼にしては珍しく緊張している。

 どんな時でも、持ち前の剽軽を駆使して修羅場を乗り越えた男が、今、緊張している。


「……っ、何よ、何か言いたい事があるんなら、さっさと言いなさいよ」


 デスクの関係上、御幸とアリシアの位置は真正面に位置する。

 暗いPC越しに見えるアリシアの表情は、険しい。


 それが、過激派組織『コラドボム』がまだいるから……という事も少しはある。

 しかし、彼女はそれ以前に、ずっとこの調子なのだ。これで仕事が出来るので、御幸含め全員が何も言わない。が、その顔でこちらを睨むのは止めて欲しいと言うのが、創一の切なる願いであった。


「い、いや……何でもない」


 対する御幸は、反対に、冷汗をだらだらに搔いていた。


 ここに来てから数時間――とっくのとうに、自分の仕事は終えてしまった。

 仕事とは、簡単な事後報告である。異能課は、立ち上げてから特に目立った成果は上げられていない。現状は、警察の仕事をこっちで引き取る、いわば仕事泥棒染みた事をやっている。そのため、他の公安部からも、特に警察からは輪を掛けて嫌われている。曰く、異能課はハイエナだと。


(すまない御幸君! 僕のトークスキルでは、この場を乗り切れないようだ!)


 御幸の隣に座っている創一は、そう御幸にごめんとジェスチャーを送る。

 因みに、彼は気づいていない。何なら、今机の上に広げてある仕事をやって欲しいと思っている。しかし、彼はやらない。既に彼の頭の中にあるのは、仕事ではなく、掲載中のラノベの次巻についてだ。何でも、このままでは締め切りがヤバいとの事。


「何か悩んでるの?」


 御幸の調子の悪さに、アリシアが心配そうに尋ねる。

 何だかんだ言いつつも、アリシアは結構なお人好しである。

 しかしアリシアは、でも、そうよね……と何故か納得した様な顔になる。

 その事に、御幸が訝しんでいると……。


「遅いではないか、我が友よ!その悩み、僕が聞こうでは無いか!何、こう見えても僕は色んな人の人生経験を聞かされててね(取材で)こういうのは得意なんだ」


 創一が、やはり仕事そっちのけて御幸の方へとオフィスチェアーを走らせた。


「アンタは仕事をやりなさいよ!」


「お~正論は時に人を傷つけるのだぞ、少女!」


「それが効くのはアンタだけよ!」


 創一は、その職業上、どうしても外せない用事がある。

 それは――執筆だ。両立は難しい……ので、創一には基本的な事務作業を任せているのだが……。


「それすらも満足に出来ないって……アンタ、本当に社会人として終わってるわ」


 本気の、絶対零度すら超える冷ややかな目に、うっと唸る創一。

 どれも正論である為、何も言い返せない。ので、創一は『今日も女子高生に泣かされた。絶対零度を超える眼差し』とメモ帳を走らせる。曰く、これもアイデアになるそうで。


「それで、まずは我が友の話を聞こうでは無いか」


「何よ、そんなの決まっているじゃない」


 創一の言葉に、アリシアが反応する。


「コイツ、昨日の狂崎一矢の脱走事件でネットに晒されてるわ――」


「はぁぁ!?」


 御幸は珍しく狼狽の声を上げた。

 その声は創一が自身の耳を塞ぐ程度には、うるさかったらしい。 


「どういう事だ、どうして俺が!?」


 声を少し荒げる御幸に、創一はコホンと咳ばらいを一つ。

 上司であるリースがいない今、この場を取り仕切るのは最年長である自分だと、至極真っ当な事を思った故の行動だった。


「いや、既に知っているかと思ったよ。なんせ君は、今や時の人だからね」


 そう言うと、創一は展開していた自身のノートパソコンを御幸の方へと見せる。

 映し出されたのは、有名なポータルサイトだった。その見出し部分に大きな赤文字と、下には動画の引用URLが掲載されてある。題名は――『謎のチート能力者出現』と、そう書かれてあった。


「なんだこれは……」


 御幸は下にある動画の再生ボタンをクリックする。

 そこには、ひび割れたアスファルトと、炎上する木や車。割れたガラス片が飛び散る大通りが映し出されていた。その中央にいるのは、大柄な体躯を持つ男と、少年の二人のみ。そして――爆発音が鳴り響きながら互いに拳を振るう姿が映し出された。


 互いに能力を使用し、衝撃波がビルの窓ガラスにヒビを入れる。


 そして――爆発音と共に、黒煙が辺りを舞う中、一人の少年が悠々と現場を後にする映像が流れていた。時間にして約二分。チラと下を見てみると、五百七十万も再生されていた。


「……これ」


「あ、あぁ――俺だな。これは」


 御幸は何度も見返しながら、実はそっくりさんでは無いのかなと期待していたが、この目の前にしている大男は、間違いなく昨日見た野郎だった。


 狂崎一矢――日本史上数十人といる極悪犯罪者の一人。強化系の能力者であり、そのランクはA。


 ランクA――それは、この世界で『個人で軍隊に匹敵する』程度だ。


「これが解き放たれたら、未曾有の事態に陥りかねない状態だった。良かったよ、いち早く我が友が対処できて」


 この件は、御幸が対処したという事に関して、既に警察の上層部は認識している。

 だがしかし、綿密な議論と情報統制の故、ニュースでは『通りがかった警察』が対処したと報道。だが――


「警察は、狂崎一矢の脱走を情報統制していたからね……それに、背格好が幼すぎだ。だから世間では『学生なんじゃないのか?』と疑っている。顔が正確に分からなかったのが不幸中の幸いだったね。……もしそうじゃなかったら、我が友の名前が世界中に広まる。それは、どうやら折木さんが望んでいない事態だ」


 創一の発言に、御幸はげんなりとした様な顔になる。


 この話、どう見たって警察の落ち度が問題だ。上層部の腐った考えが身を危うく結果と繋がった。つまり、自分はその火の粉に晒された訳で。


「だとしても、チート能力者は無いだろ……」


 と、恨めしそうにネット記事を眺めていた。


「――おーい、仕事持ってきたぞー」


 その時、バタンとドアが開く音が聞こえた。

 白髪の、大柄な男――リース・エリックだ。

 彼が、この異能課の中のリーダーであり、いつも、こうして仕事を持ってきてくれる。


「リースさん。どうしたんですか?こんな時間に……」


 リースは朝の時間もいなかった。彼は常に朝の時間には顔を出さず、昼過ぎてからここに来る事が多い。


「いつも寝ていたんじゃないんですか?」


「いや、俺だって仕事してるよ! ――例えば、『勧誘』とかな」


 御幸の発言に、リースがふざけろよと部屋のシャッターを開ける。

 晴れ晴れとした快晴だ。それと共に立ち並ぶビル群。

 室内の床はマットで埋め尽くされている。その下には幾重にもあるコードがある。

 その上を、もう一組の足が乗った。


「折木真理の嬢ちゃんが塀の中から出してきた、超々大型新人――ほら、自己紹介!」


 リースの声と共に現れたその青年は、染めたような金髪をしていた。

 紺色のコートを身に纏っており、白色のカッターシャツの襟元のヨレ具合を見るに、恐らく新品の物。肩っ苦しく第一ボタンを留めて、ディンプルは首元まであった。


 御幸はその意外過ぎる人物に、目を丸くさせた。


 その男は言った。



「や、山田玄光!歳は二十一歳! やる気だけが取り柄です。どうもよろしくお願いしまぁぁす!!」



 染め上げた金髪の青年――山田玄光。

 先ほどいった通り、元気よく挨拶した。

 チンピラ崩れの彼は、どうやら新しい就職先を手にしたらしい。

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