裏方
「……やられたか」
風に乗って流れていく灰を眺めながら、一人の男はそう呟いた。
御幸と狂崎と戦闘した場所の――そのすぐ近くにある、ビルの屋上に一人の影が見えた。
「狂崎……よくやったよ、君は」
その男は、黒色のコートを着た、黒髪に黒色の瞳を宿した男だった。瞳には影が差し込み、混沌としている。奥に秘めらせた赤色は、まるで男の危険性を表している様でもあった。男は、風に乗って運ばれる灰を右手で掴んだ。
「いつまで、そこにいるつもりなんですか?」
屋上の隔たりに足を掛け、後を去る御幸を見下ろす男とは反対に、彼の背中の一歩後ろにいる少女は、冷ややかな声で呟いた。彼女にとって、人の生死などどうでも良いのだと、その口調からは、そう言っているようでもあった。
「神代御幸……彼にはそこまでの脅威は感じられません。確かに、真正面から戦った場合、勝てる可能性は少ないですが、能力の開示も含め、あまりにも不用心すぎます」
「――いや、彼は恐ろしく慎重だよ。なんせ、俺の存在に気づいていたからね」
「は……?」
男の発言に、少女は理解不能と言った顔をしながらそう言った。
「うん。完全に気づいていた。その上でだよ。挑発だったね今のは」
そう、あれは挑発だった。
『それでもやるのか?』という意図を込めた挑発――。
御幸はこの時点で、彼らがやろうとしていた事に気づいていたのだ。
「あの歳で中々やるよ……世界最強と呼ばれるのも、伊達じゃあない……あ~あ、やっぱり俺が行くべきだったなこれは。まあ、そうなるとアイツの扱いに困まるからな」
「……貴方の能力は、そんなに人に見せびらかせるようなものではないでしょう」
「アハハ。ま、本当にその通りなんだけどね……俺の能力を知っている奴は君を含めて十人にも満たない。ま、最も。俺の能力は人に知られても大丈夫だよ。――なんせ、知ったところで対処不可能だからね」
アハハと笑いながら、しかしその瞳は全く笑っていない。
今もこうして話しているが、その裏では如何にあの少年を殺すかリタイアさせるか、模索中だ。
「そういう所は、本当に変わりませんね」
その態度に、少女はため息を吐きながらそう言った。
「そういう君も、いつまでたってもつれないね――ガブリエル」
その言葉に、少女の水色の瞳に僅かばかりの光を灯す。
だがしかし、その光はすぐに影に埋もれて。
銀髪の少女は言った。
「ガブリエル・エーデルハルト……それが、本当の私の名前……」
何度も、何度も何度も口の中で言い続ける。
その名前には、意味があったはずだ。少女は顔も分からない二人の大人に思いを馳せる。
『――ガブリエルっ!』
「――――っ」
その度に、誰かからの声が聞こえてくるのだ。
悲痛そうで、悲しい声。だがしかし、そこには確かなる愛があった。
その声に縋っていけば、果たして自らの記憶が蘇るのか……。
「……くだらない」
辺りに、冷ややかな風が流れ込む。
音を立てながら、氷の息吹は屋上を侵略していく。
その氷は、触れたものの命を蝕む氷。何者にも侵されない永遠たる氷の華。
その氷は、やがて男の元へと辿り着く。
「……しかし、彼の能力は一体何だろうね……強化系でも、放出系でも無い。
創造具現化系……も無いか」
しかし、男は思考を加速させるがあまりに、氷の牙に気づかない。
「――あぁ、俺と同じで『特異系』か」
立ち上がりながら、男はそうだと納得気に頷く。
そして、ようやく自分の周囲に起こっている現状に気づくのであった。
「……ガブリエル」
男は氷を踏みしめながら、彼女の元へとゆっくりと向かう。
触れたものの生命を吸い尽くす氷をものともせずに。
「ち、近寄らないで下さい……っ!今の私は、貴方でさえ……っ!」
しかし、男の歩みは止められない。
そして遂に、手を伸ばせば少女に触れられそうな位置までに近づいた。
少女の息は荒く、真っ白な息が、夏の日差しに煌めく。
男は能力を発動した。
瞬間、周囲にあった氷の華は一瞬にして瓦解し、それらは細切れとなったまま、夏の風に煽られて行ってしまった。
「言っただろ? 君の記憶がどんなに悲しい結末だったとしても、俺が付いてるって」
「……」
「それに、君が謝る事は無いんだ……だって、君は悪くない。悪いのはこの世界だ」
男はそう言いながら、ビルの屋上から都市を俯瞰する。
(このゴミみたいな世界を、ここから変えてやる……それが、あの子との約束だから)
「大丈夫――俺たちが、必ず、君を幸せにしてみせる……そのために俺は『コラドボム』のボスになったんだ。ピエロは笑って、悪を打ち倒すんだよ」
男はそう、決意に満ちた顔で言った。
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