本気


 御幸の、その禍々しいオーラに危険を察知した狂崎が後方へと跳ぶ。

 能力を全身に発動させ、有り余るパワーで思いっきり蹴ったのだ。

 だが――


「おいおい……逃げるなよ」


 空中へと跳んだ狂崎を、御幸が追いかける。

 不可視の壁が、御幸の足場を作った。狂崎と御幸は、建物が入り乱れる空中戦へと転じた。


 御幸は軽く、腕を凪に向かって払う。

 ビシュッと、狂崎の上腕の皮膚が裂けた。


「……ッ、放出系か!?」


「違うな。今のは力の変動――腕を振るった時に生じた力の波を操作した」


 狂崎の驚愕の声に、御幸の説明が入る。能力で硬化された皮膚は、弾丸をも通さない鉄壁の壁だ。だがしかし、この攻撃はいとも簡単にこの防護を打ち壊してくる。

 逃げるのは分が悪いと、狂崎は攻めの姿勢に入る。


 ビルの窓ガラスに足を着け、一気に御幸に向かって飛ぶ。


 その衝撃でビルにある無数のガラス窓が全て割れた。


 御幸は狂崎の突進を受け流す――左腕の骨が割れる音がした。


 しかし、そのまま空へと吹っ飛ぶ狂崎。このまま墜落してくれれば御の字だが。


「ヒュ——ッ!まだまだ!」


 狂崎は遠くにあるビルの壁に足を置き、再び跳躍する。

 それを御幸が流せば、狂崎は再び跳ぶ――一見、不利なのは狂崎の方だ。

 いくら筋肉ガソリンを積んだとしても、人間である以上、疲弊は少なからずある。


 しかし――


「そろそろ左腕がイッちまったんじゃねェのか!!?」


 それよりも先に、御幸の腕がもたなかった。

 打撃による打撃――御幸の左腕は青あざで膨れ上がっていた。

 御幸は先ほどから微動だにしない。空中でただ立ち止まっている。


(そろそろ飽きて来たぜ……この一撃で静めてやるか)


 狂崎は、次の攻撃の為に、ビルへビルへと飛び移る。

 右腕に力を貯めながら――その拳を、御幸へと向けた。

 奴にはもう受け流せる力も、それに対抗する能力も無い。


「――下準備は整え終わった」


 すると、御幸は飛び掛かる狂崎を一瞬見て、右腕を上げた。


「宣言しよう――お前の攻撃はもう二度と、当たる事は無い」


「……ッ!?」


 御幸の発言に、嫌な気持ちがこみ上げる。マズイと、本能が叫んでいる。

 だが、狂崎は止まらない。そのまま突っ込む。

 御幸は冷静に腕を上げて、狂崎の額にコンッとノックした。


「ぶっ――!?」


 しかし、攻撃動作モーションから生まれる威力は、生半可な威力では無かった。


 メリッと、狂崎の額が凹む。その後、勢いよく地面に落ちた。

 砂煙の中、額をこすりながら立ち上がる狂崎。それを見下ろす御幸。


 力関係は圧倒的だった。


「強化系……? いや、嘘だ。そんなはじゅが……」


「強化系でも無い。そして、この攻撃も――」


 鼻が潰れ、鼻血を垂らしながら狂崎が何かを言うが――その時、バチバチと、狂崎の周囲に紫電が走った。

 その瞬間――狂崎の体が激しく炎上した。服の上から発火された炎は、勢いよく燃え上がり瞬く間に狂崎の体を包み込んだ。


「ぐ、ウウウウウ……ッ! クソ……!」


 しかし、狂崎も馬鹿ではない。

 アスファルトの上に転がり込み、無理やり消化しようとする。


「……久しぶりだ。こんなにも、こんなにも……っ!戦い甲斐がある野郎はよォ~」


 起き上がった狂崎は、上半身が脱げていた。元々白いTシャツにポンチョだけの恰好から少し脱げただけなのだが。

 その後、狂崎は真剣な表情へと移り変わり、注意深く御幸を睨む。


「お前は危険だ。――考えを改めよう。お前を勧誘するのは止める。


「それは……願ったり叶ったりだ」


「お前は強い。――もしかすると、ボスを超えうるかもな」


 狂崎の発言には、間違いなく御幸に対する敵意が含まれていた。

 それと共に膨らむ殺気に、御幸は一歩半退く。


「オレァ頭が良いんだ。お前をここで野放しにしたら、必ずボスの障害になる。……なら、ここで――幹部であるオレが殺さなくっちゃなァ――ッ!」


 狂崎はボロになった白Tシャツを破り捨て、身を屈める。

 皮膚は赤く焼きただれており、風に当てられただけでも相当の苦痛を伴う。

 しかし狂崎はバンバンと足を叩いて、嬉しそうに笑う。


「興奮するぜ……ムショの中にいた頃は、対等に渡り合う野郎がいなかったからなぁ」


 狂崎の体が大きく膨れ上がる。

 能力を全開にし、仮想の筋肉はついに想像を超える。

 盛り上がった筋肉を見ながら、御幸は地上へと降り立つ。


(コイツは……マトモに受けたらヤバいな)


「……一つ、お前に教えよう。俺の能力を――」


「その前に、お前をブッ飛ばしてからなぁ~っっ!!」


 御幸の声に、男は突進する。

 凄まじい突風と共に狂崎は拳を握りしめる。


「これを使うのは久しぶりだ……簡単に壊れてくれるなよ! ――筋肉超新星マッスルビックバン!!」


 全てを押し壊す、破壊の象徴たる右拳が御幸を捉えた――。

 だがしかし。


「さっきも言っただろ——もう、お前の攻撃は当たらないと」


 その時、ピタリと、男の動きが止まった。

 握った拳も、御幸の眼前で止まる。狂崎は歯を食いしばって動こうとするが、体は微動だにしない。御幸は右手を前に上げる。狂崎の体が不思議パワーで持ち上げられる。


「熱い……!? オメェ、なにした?」


「何って――お前の周りにある粒子、その全ての動きを停止させただけだが?」


「……は?」


 狂崎の呆けた声が聞こえた。いや、この事を聞いている者がいたのならば、同じ声を上げるだろう。御幸は淡々と説明しながら、狂崎の後ろへと回る。

 最低限の注意を払いながら、御幸はふと、右斜め上の方角を見る。


「……一つだけ、俺の能力について開示しよう」


 御幸は遠くに聞こえるサイレンの音に耳を傾けながら言った。


「さっきの攻撃はベクトル操作を応用したものだ。さっきの発火もあれはお前の周囲にある微弱な電気を増大させて発火した……そして、今こうしてお前を止めているのは、お前の周囲に存在している『素粒子』。これを完璧に近い形で停止させた。お前は『熱い』と言ったな? 正確には素粒子を停止させるために冷やしたからそれは、超低温から来る痛みだ。意外と大変なんだぞ? 口以外を停止させるのは」


 御幸は左手を、炎上する車の方に向ける。


 一瞬にして炎は掻き消され、廃車と化した車の残骸だけがそこにはあった。


「オレに勝ったつもりか……?」


 狂崎の、低いうめき声にも似た言葉が発せられる。


「強がりでも、慢心でもないが――もうお前に打つ手は無い。俺の勝ちだ」


 そう、御幸が言い切った時――。

 狂崎の口から、笑い声がした。

 それが、諦めから来る笑いではなく、まるで、相手を馬鹿にしたような笑い声であり――その笑い声に、御幸は何故か悪寒が走った。


「カカカカカ……! オメェは一つ勘違いしている。確かにこの勝負はお前の勝ちだ。だがな――お前は勝って死ぬんだよ、御幸」


「――ッアンタ、まさか!」


 狂崎の笑い――それは、死を目前にした愚者の笑いだった。

 衝動的に離れる。狂崎は口元をあんぐりと開けて――


「コラドボム、万歳ッ!!」


 そう言うと共に、どこかからカチリと音が聞こえた。その瞬間、狂崎の体から爆発が起こった。

 爆発による威力は凄まじく、周囲の建物に亀裂が走る。

 地面が抉れ、木々が騒めく。銅鑼の音にも似た轟音は、遠方の方にも届いた。


「御幸……っ」


 遠くの方に非難していた住民は、その爆発音に身を屈める。

 その中にいたアリシア、その燃え上がる煙の方を見ながら、ただただ一人の幼馴染の無事を祈っていた。


 中心地に一番近い御幸は、数秒後、せり上がった壁の影から這い出た。

 せき込みながら、御幸は爆発の中心部を見据える。地面が深く抉れ、赤い炎がチリチリと残り続けている。


「危なかった……回避でなく、防御に回していなかったら――」


 自分は間違いなく死んでいただろう。爆発の中心だった狂崎の体は黒焦げだったが、まだ何とか息はしている様だ。


「はぁ……ったく勘弁してくれ。自爆なんて、咄嗟にアンタの体に防護壁を張らなかったら、アンタごと死んでいたじゃないか」


 ぽつりと、御幸はため息交じりに呟く。あの瞬間、御幸は狂崎の周囲を覆っていた固定された素粒子を解除、直後に爆発を遠くまで行き届かせないためにドーム状の結界を張った。元より現場には御幸と狂崎しかいない、この爆発に巻き込まれた者はいないはずだ。


「……俺の前で死ぬのは、勘弁してくれ」


 その時、風が吹いた。灰を乗せながら、青の風はゆっくりと夏の空を駆けて行く。

 どこか遠くの方で、サイレンの音が響き渡った。



「……な、なぁ。今のヤバくね?」


 そのすぐ近くに、二人の男がいた。

 一歩間違えれば死ぬかもしれないという現場に、男たちはそれぞれスマホを持ち構え、その一部始終を撮っていた。


「あ、あぁ……とにかく、ネットに上げようぜ!絶対バズるよ!」


 ……その日のSNSにて。とある単語がトレンドを占領する事になった。


『A級犯罪者』

『狂崎一矢脱走』

『謎の少年』

『チート能力者』

『謎のチート能力者』……と。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る