AランクVS Fランク

「ぬわっ!?」


 男の右腕が空を切り裂く。

 急に今まで遮られていた障壁が無くなったのだ。男は間抜けな声を上げた。

 その隙に、左へと回った御幸は、男の脇腹へ的確に拳を差し込む。


 その細い腕とは見合わない力が、奴の横腹へとめり込んだ。


 硬い筋肉に守られた骨――そこまで達したと、手ごたえからしてそう推測する。


「なんだおめぇ……力あるじゃあねぇか!」


「――っ!?」


 男の左腕が振り払われる。

 まるでたかるハエを振り払うような仕草だ。

 だが、そこに加えられる力は絶大であり、御幸が前方向へと避けなければ致命傷を負わせられる所だった。


 男は、その大柄な体躯なため、隙間が出来る。

 懐に潜り込めればそこまで脅威は無い。


(だが、これ以上長引けば周りの被害が……警察は何をしているんだ)


 現場に鉢合わせた以上、自分が何とかここで食い止めるしかない。

 あわよくば拘束出来れば御の字だが……どうやらそこまで行けるほど、相手はヤワではない。


「オメェ、知ってるぜ。神代御幸だろ? へへ、ボスが言ってた奴だ」


「ボス……?」


 男がニヤリを笑いながら、御幸の方を覗き見る。

 御幸としては、速攻で戦闘不能状態にしたいが、相手が攻撃の手を止め、話すのであるならば、自分も付き合わなければいけない。最善の手は警察の到着まで待たせる事。


「確かに俺の名は神代御幸だ。だが、どうしてお前が知っている。それにボスとはなんだ……?」


 ここは、なるべく会話を長引かせ、警察の応援を待つことが最善だ。

 御幸は男の動作一つ一つに警戒しながら、会話を試みる。


「ボスは……オレの面倒を見てくれたオレの恩人なんだ」


 男はデレながら、顔を綻ばせる。

 可愛い女子がやる分には眼福なわけだが、むさ苦しいオッサンがやると途端に気持ち悪くなる。だが、御幸はそれらの行動の一つ一つに、思考を早まらせる。


「……もしかして、アンタ、『コラドボム』に所属している人間か?」


「大正解! オレの名は狂崎一矢。オレァ逃亡犯でよ、昔オレがドジやって、警察に捕まった。本来ならば、ここでオレはお終いだが、口を割らなかった事でこうして脱走のチャンスが生まれた。そしたらよ、ボスはこう言ったんだぜ」


 男はどっしりと構えながら、力を集中させる。

 御幸もそれに合わせ、左腕を前にし、右手を胸の辺りに寄せる。


「なんでも、お前『最強の能力者』って言われてるらしいな……ボスはお前を痛く気に入ったようだ。お前、オレ達の仲間になれよ!!」


 狂崎の咆哮とも呼べる勧誘に、御幸はため息を吐く。

 どうして、こう自分の周りにはこういう奴らしかいないのだろうか。


「帰ってきたらボスに言ってくれ――寝言は寝て言えってな。あぁ、……の話だが」


「……フハッ!! いいねぇ、その生意気な口振り……まずは、ここらで上下関係を分からせてやるか――!!」


 ピキキ……と青筋と浮かばせた狂崎は、地面を蹴り、一瞬の内に御幸の間合いまで入ってきた。


(ロケットかよ――)


 御幸が反応できたのは、長年の戦闘経験が生きた結果だ。

 左腕を奴の拳に合わせ、くるりと半回転。しかし、威力は完全には受け流せず、受け止めた左腕の骨が数本イッた。


 だが、その代わりに大きな隙が出来る。


 突っ込む狂崎は、もう一本の足で踏ん張り、威力を無理やり殺す。

 だが、その隙に御幸は奴の背骨付近に溜めた一撃を放った。

 右手での一撃。その威力は、並みの岩石を粉砕する威力を秘める。


「……イテェな。だが、それまでだ」


「――っ!?」


 しかし、男は気にせずに御幸の足を掴み取る。

 その行動に、御幸は驚きつつも、急いで抜けようと力を籠める。

 が、掴む威力が尋常ではない。ビキビキと、足の骨が砕ける音に、御幸はしかめっ面をした。


「どっせぃ――ッ!!」


 そんな声と共に、御幸の体は空へと投げ出された。

 視界がぐるんぐるんと回る。御幸はその中で、冷静に相手の能力を分析していた。


(体格以上の力、圧倒的な硬さ……ただの強化系じゃない。なんだ? 自分の肉体に影響を及ぼす能力……)


 ぐるぐる。その身体はやがて降下し始める。

 地上へと叩きつけられるまで、残り数秒――。


(そう――例えば。『自分の肉体に仮想の力を加える』能力……とか)

 


 場面は移り変わって。


「……評価『Fランク』。それが、彼のランク――いや、彼が時のランクだ」


「本気……?」


「彼の能力は凄まじい。何度も言うようだが、彼はものの数分で全世界を思いのままに出来る能力を持つ。君は、以前言っていたね――能力というものは、結局は使いよう。使い手が、自身の能力を使いきれなければランクは下がると」


 能力は、それを使いこなす人がいてこそ初めて脅威となりうる。

 能力だけのランクで『S』を行くことは少ない。基本的に、能力の使い方に長ける人物が多い。能力自体のランクがDでも、技量次第で『SS』を行くことが出来るのだ。


「――君だけには教えよう。彼の能力が、もし他人が持っていたら……答えは簡単で、『SSランク』……いや『SSSランク』か。即抹殺対象ブラックリスト入りだ。確認され次第、直ぐに殺されることだろう」


 電話越しで、男の息を呑む声が聞こえた。


 真理は嘘を吐くような女ではない。彼女の事を良く知っている男は、その発言が、噓やまやかしの類では無い事を理解していた。


「そ、そんなにも恐ろしい能力なのか……!?それを、あの少年が……」


「君は一つ勘違いをしている――彼だけなんだよ。この能力を扱いきれ『Fランク』を勝ち取れるまで危険性を抑えたのは」


「も、もし――彼が本気を出したら、どうなる」


 だから――と、真理はデスクの上にある写真立てに目を向ける。

 デスクの上にあるのは、一人の黒髪の少年と、赤髪の女性とのツーショット。

 二人での写真はこれしかない。それも、二人ともぎこちない笑顔だ。


 しかし、真理はクスリと笑いながら、しかしその後に真剣そうな表情を浮かべ。



「――少なくとも、Sランクにはなるだろうね。自我が無くなったのならば問答無用でSSランクだ」



 交差点の、硬いアスファルトの上に転がり落ちる。衝撃を上手く地面に逃がした事でさほどダメージは受けなかったが……御幸は肩と腕を回しながら舌打ちをした。


「ほう、今の投げで潰れないか」


 その少し後、爆発音にも似た着地音が辺りを木霊する。

 御幸の前に、狂崎が追って来たのだ。

 その笑みは狂気の笑みだった。ぐるぐると丸太の様に太い腕を回しながら狂崎は言う。


「……オレの能力は『念筋肉増量サイコステロイド』自身の肉体に仮の筋肉を与える強化系の能力。ランクはA」


 狂崎は御幸の目を見据える。


「決めたぜ――お前は必ずオレ達の仲間にする」


「悪いが、俺には帰らなければならない所がある――他を当たれ」


 風が吹いた。

 風は、街道を進みゆく。

 御幸の前髪がふわりと、その風に煽られた。


「アンタの能力と俺の能力……相性は悪いな」


「じゃあ――」


 狂崎がそう言いかけた時。



 ――刹那、空気が変わった。



 重く、粘っこい空気に包まれる。


 狂崎の足が一歩退いた。


(オレが敵を前にして……!? コイツ、一体何を――)


 分からない。今まで普通に戦って来た相手が、急に恐ろしくなった。

 目の前にいる少年が、禍々しいナニカに見える。



「だから――少し本気を出してやる」



 そう言った御幸からは、どす黒いオーラが垣間見えた。

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