誰かの為に、出来ること
山田玄光。年齢二十一歳。職業:警視庁公安部異能課。
備考:元チンピラ。
「こ、これが名刺……初めて見たぜ!」
昼過ぎ。大通りの道なりを沿って歩く二つの影。
一つは、夏なのにフードを被りながら歩く少年、もう一人は、金髪のチャラ男。
しかし、着ている服は見る人は『高いな』と確信する程の値段であり、会社の重役が着る服でもある。しかも、何故か青年は少年に馴れ馴れしく、それらがより一層この二人組の不気味さを高めている。
隣で浮かれている青年をチラと見る。
彼が持っているのは名刺——だが、ただの名刺ではない。
金属製。そう、金属製なのだ。中にはICチップが埋め込まれており、これが異能課の事務所の扉を開ける鍵へともなる。紛失の際は、そのICチップに埋め込まれたデータを削除するため、再発行に手間と金が結構掛かる。そんな名刺を青年――山田玄光は玩具を手にした子供の様に無邪気にはしゃいでいる。そのままほっといていたら舐めそうだ。現に今も頬ずりしている。
「嬉しそうだな」
「あぁ! こんなに早く就職先が見つかるとは思わなかったし、それにあんたがいる職場だからな!」
本当に嬉しそうに言う玄光の姿は、とても晴れ晴れとしていた。
憑き物が落ちた……という言い方が一番正しいのかも知れない。
「――裁判、勝ったんだってな。おめでとう」
「……あぁ! あんたの言う通り、オレも、信じることにしたんだ」
御幸のその一言に、玄光は立ち止まって、また歩き出す。
鼻をすすりながら、鼻を赤くした彼はそう言って、ニカリと笑った。
犯罪未遂とはいえ、裁判中に事件を起こしてしまった
「それじゃあ、今日はアンタの出所日と勝訴祝いだ。昼飯は俺が奢るよ」
「えっ! マジ!?」
「ただ、あんまり高いものは頼むなよ……? 手持ちのマネーが英世しかいないからな」
「ウスッ!あざっス!」
ここらで一丁前に先輩面したかった御幸である。
勿論向かう先は牛丼チェーン店。赤と黄色のお馴染みの奴。
因みに玄光はその店で一番高い牛丼を注文した。もう二度とコイツに奢るかと決心した御幸であった。
「な、なぁ……どこに行くんだ?行確……ていう奴やるんだろ?」
お昼過ぎ、牛丼屋から出た御幸と玄光は、その足を再度動かす。
しかし、段々とその道が細くなっていき、配管が露出している路地裏を通った辺りで、玄光はようやく口を開いた。
『行確』とは、別名『張り込み』という物であり、危険組織などを張り込んで調査する意味合いともとれる。ので、玄光の持つ鞄の中には、牛乳とイチゴパンがぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
今、彼の脳内には猛烈なバトルが繰り広げられている。
敵の銃弾によって倒れる御幸、それらを前にし、敵から奪った拳銃一丁で戦い抜け、夜の街を御幸を連れて走り出す。『すまない……』と、生き絶え絶えの御幸に対し。
「ここでオレは言うのさ……『これで借りは返したぜ?』ってな……」
「あぁ。ここらの危険組織は全て俺が片した」
「オレの煌めく妄想がッ!」
撃沈する玄光。彼の妄想は今儚く消え去ったのだ。
御幸は気にせず突き進む。その後を遅れながら着いていく。
「じゃあ、何をすればいいんだよ……『行確』じゃねぇのか?」
「……ま、今回は見回りだ」
そう言いながら、御幸達は歩みを進める。
住宅街を通り抜け、今度は開けた場所に来た。
そこは、トンテンカンと、金槌の音がする場所だった。
鉄と、火花が散る音。ギイイィィンッ!! と、鉄を焼き切る音も聞こえる。
「て、鉄工所?」
そこは明らかに鉄工所だった。
未だに何をするのか分からずにいる玄光だったが。
「――おーう、御幸さん! お久しぶりでさぁ!」
その時、玄光は両サイドから押しつぶされた。
筋肉という名のプレス機に。
「久しぶりだな、もう悪さはやってないな?」
「へへ、ヤクにはもう手を洗ったぜ。なぁ?」
そこには、厳つい顔面をした男たち数人がいた。
煤だらけの仕事着で、顔には銃創がある者もいた。
「な、なんだぁコイツら!?」
「……アンタ、『
「おう知ってるで。なんせ都市内最大の武闘派組織だからな。オレもやんちゃしてた頃はいつか入りたいと思ってたモンで――」
「その『
「は……はぁ!!?」
玄光は目を丸くさせ、驚きの声を上げる。
裏の人間ならば誰しもが憧れる極道である。それが、こんな泥臭い場所でせっせか汗を搔いているなんて――。
「オレ等は御幸さんに救われたんでさぁ。あの頃は少しやんちゃし過ぎて、自滅する所やった。それを救ってくださったのは御幸さん達異能課や。それで、今は街を守る自警団的なモンやっちゃる。オレ等の他にも、色んな組織が御幸さんにお世話になったんや」
首筋の部分に赤い龍の刺繍。
この中の兄貴分である男が、御幸の頭を撫でながら、そう優しそうに言う。
「やめろ、恥ずかしい……」
御幸はぺいっと手を叩くと、その目を鉄加工所を向ける。
その目は真剣で、作業員の手元をじっくりと見ている。作業員の一人が、紙類を束ねたホルダーを御幸に差し出した。
「……あれ?お前さんに就職しに来たんじゃ無いのか?」
「え?いや、俺は特異課に来ることになったんだが……」
ここで、玄光は『行確』の意図を理解した。
「ま、まさか……オレみたいな奴に、働き口を?」
能力犯罪者のその後は悲惨だ。
ただでさえ能力者の就職は難しい。それが犯罪者となれば尚更だ。
そんな奴らに、働き手なんて……それは、本来『都市限定』の厚生労働省がやるべき仕事だ。
「……建前は、な」
「え……」
「この都市はあまり国が関与していない。言わば独裁国家みたいなモンだ。教育機関や警察等はしっかりしているが、オレ達みたいな社会のはみ出した者には手を差し伸べてくれやしねぇ……ま、元々はオレ達が悪いんだがな」
けどな――と、男は御幸の方を見る。
その視線は、敬意で満ちていた。
「異能課は違う。本来やらなくていい事を、オレ達みたいな奴を見捨てずにいてくれるんだ。だから、オレも見習ってまだ取返しのつく犯罪者をここで働かせてるって訳だ。あ、安心しろ?ちゃんと賃金は払うし休みも与えてるから」
「…………。何か、スゲェな」
玄光は改めて御幸の方へと視線を向ける。
いつも通りの覇気のない顔に地味な服。
だけどその姿はやけに眩しくて、とても格好良かった。
「さて……と、大体これで終わりだ」
「た、大変だった……マジで、人生で一番働いた日かもしれない……」
時刻は既に夕日が落ちかける刻だった。
夕飯のいい匂いが漂う街中で、御幸はフードを被りつつ、隣でへばっている玄光にそう呼びかけた。
滝のように汗を流して、あれだけ崩させないようにしていたネクタイは外し、第一ボタンも開けている。先ほどまでとは大違いだ……だが、それも仕方のない事だろう。
今日は月に数回しかない『行確』の日。都市全域にある異能課が取り仕切る職場へと赴いていたからだ。電車を乗り継ぎ、東から西へ、北から南まで、まさしく東奔西走の仕事量だった。
「……今日はこれで終わりだ。後はアリシアと合流してから本部へと戻るぞ」
電車に揺られながら、御幸は夕焼けに染まる街中を眺める。
「アリシア……う、オレ大丈夫かな……」
アリシアという名に、玄光の顔が僅かに顰めた。
当たり前だと言えば当たり前だろう。双方にとってあまりいい思い出が無い。
「……ああ見えても、アリシアは優しい奴だ。きっと許してくれるさ」
御幸の優しい声に、玄光は何とか立ち上がって、ウスと答えた。
今日は本当に疲れた。藍色のハンカチで汗を拭う。第一ボタンはとっくの当に外していて上着は既にヨレヨレだ。
「御幸はさ、こういうのずっとやってきてんだろ?」
「毎日という訳ではないが、まあ、そうだな」
「……俺が言えることじゃ無いんだけどさ、なんで、俺たちを助けるんだよ」
今日、玄光はずっと御幸の隣にいた。隣で、見てきたのだ。
彼の素顔を、世界最強の能力者の、その実態を。玄光は御幸を慕っている。それは今も変わらない。逆に今回の件で彼に対する好感度が更に上がった。だが同時に、どうして――と疑問に思ったのだ。
「それは――」
御幸は何か言おうとした、正にその時だった。
白色の極光が、背後の窓ガラスに映った。玄光は手で目元を抑えているが、御幸だけはその発光元を見つめている。それから数秒遅れて、凄まじい振動が車体を襲った。
ガラス窓が震えて、電車が急ブレーキを掛ける。玄光は態勢を崩して転倒しそうになるが、それを御幸が何とか抑えた。
「あそこは……臨海地区か! アリシアの管轄区域だ……」
扉を開けた御幸は外に飛び出して、先ほどの発光場所に当たりを付ける。
あそこは今、アリシア達がいる。もしかすると、既にアリシアは何らかの事件に巻き込まれている可能性が高い。
「玄光、お前はここで残ってろ」
線路の縁に片足を乗せながら、御幸は遥か遠くに位置する所に視線を向ける。
今から一般の交通機関を利用すれば、まず間違いなく間に合わない。
御幸の能力は非常に応用が利く。空を飛べる……とは訳が違うが、それに近しい事は出来ない訳ない。だが御幸がここで派手に動いてしまうと、更に注目度が上がってしまう可能性もある。
「クソ……どうする、タクシーか、それとも一回戻ってヘリコプターでも使うか……?」
御幸は舌打ちしながら、どうにか思考を巡らせていると――。
「俺に乗れ。俺の能力だったらそこらのタクシーより断然早い」
それまで無言を貫いていた玄光が、そう縁の前に立って、背広を見せる。
少ししわが出来た、サラリーマンの様な背広。御幸は玄光に大丈夫かと声を掛ける。
それは馬鹿にするようなものでは無く、純粋に心配から来たものだった。
「へっ、お前と出会って早一週間……成長した姿見せてやるぜ」
玄光はそう笑って言った。御幸は暫く悩んでいたが、時間が無いのも事実。
「安全運転で頼むぞ」
「おうよ!」
後ろにしがみつきながら御幸はそう言う。
玄光の言葉が、何とも頼もしく感じた。
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