邂逅
時は少し遡る。
「……ここも違うわね……」
午後十二時三十分。東京都臨海地区にて。
海沿いにあるアパートから、一人の少女が出てきた。
金髪に赤い瞳。その白くシミ一つない肌は、彼女の容姿と相まって更にその輝きを増している。美少女――そう形容してもいい。
アリシア・エーデルハルト……今年で十六歳のJKである。
「……ま、学校休んじゃったし。今はただの公務員か」
アリシアは国立の高校に通っている。
聡明な彼女は、やはり学校でも成績優秀な生徒として通っており、彼女の能力も『Sランク』という事もあり、次期『十傑』候補として数えられている。
……が、しかし。そんな彼女にも問題がある。それは仕事上、やむを得ない休みが多々あるのだ。教師は彼女の事情を知っているのだが、勿論彼女の友人らは知らない。
『ほう、これでアリシアちゃんもボクと同じという事か』
すると、耳元にかけてある通信機から、可愛らしい声が聞こえた。
「うっさいわね。アンタはただ行かないだけでしょ」
『な、なんだとぅ!ボクだって行くときは行くんだい!』
通信機から聞こえる声は、やや幼く聞こえる。
だが、こう見えてもその声の少女はアリシアと同じ高校生。
若干十六歳にして一流のハッカー。『異能課』唯一の情報班。
昼は怠惰に過ごし、夜は平和の為に日々パソコンと睨めっこする……それが、高屋敷澪という少女。
『御幸君も学校に通えばなー、それだったらボクも行くのに』
「――――」
アリシアは街路を歩きながら、通信機越しに澪と会話する。
因みに澪とは通話越しでないと話せない。以前リアルで会った時『こ、こんな可愛い子が御幸君の傍に!? 君、彼に変な事はしてないだろうねぇ!?』と言われて文字通り話にならなかったからだ。
アリシアの脳裏に、昨日の、あの映画館での事が頭を過った。
『アリシアちゃん……?』
「~~~~っ、それで! 次の場所は!」
アリシアはスマホを開きながら、澪から提示されている場所へと足を運ばせる。
現在、アリシア達は『コラドボム』の本拠地を見つけるために、過去コラドボムが拠点に利用していたであろう場所を虱潰しで探している。元は御幸単独での仕事な訳だが、今回は玄光が来た事で急遽アリシアと澪に割り当てられたのだ。
通常、異能課の仕事は基本的に
既にここで八件目だ。拠点は基本的に廃ビルを使われている。臨海地区はまだ都市開発が及んでいない地域も多い。住居者がいないビルなど、ここにはごまんとある。
要するにここは、隠れるにはピッタリな場所という事だ。
「え……?」
駅近くの交差点、人の間を縫って歩く様に移動していたアリシアが、後ろを振り返る。
今しがた通り過ぎた少女の香水の匂いなのか、花の様な甘い匂いに、懐かしさを感じたからだ。白銀髪の髪を肩まで伸ばした色白の美少女だった。白のワンピースを着ていて、それはちょうど黒色のトップスを着ていたアリシアと真反対の様な服装だった。
「ガブリエル……?」
アリシアはふと、十数年前に死んでしまった自身の妹の事を思い出した。いつも自分の後ろにくっついていた、目に入れても痛くない程の可愛い自分の妹の姿。頭に思い浮かぶ妹の顔と、先ほどすれ違った少女――ひどく、似ている様な気がした。何の気なしにアリシアは彼女の後ろを付いて行った。少女はこちらに気づかずに、ある曲がり角を曲がった所で姿を晦ました。薄暗い路地裏、そこは丁度コラドボムの拠点があると思しき場所だった。
「まさか……ね」
一瞬嫌な想像をしてしまったが、それを無視しても、女の子一人で行くには危ない所だ。
これでも公安の人間だ。正義感は人一倍にある。アリシアは息を呑みながら、薄暗い路地裏に一歩踏み出した。
それから数十分が経過した。徒歩から小走りになり、アリシアは狭い道を走っていた。
おかしい――確かにここら辺は入り組んではいるが、ここまで探して、人の気配すら無いのは明らかに異常だ。閑散とする小道、見上げれば廃ビルに囲まれて狭くなった長方形型の空。カァとカラスが一鳴きした。
「――――」
静寂――その中で、二つの氷が激突する鈍い音だけが聞こえた。
気づけばアリシアの前には、あの少女が立っていた。
氷の様に冷たい碧眼が、アリシアを映す。
地面に転がった両方の氷は解ける事も無くふわりと、消え去った。
「単刀直入に言うわ。貴方もしかして……コラドボムの人間?」
「――――」
少女は答えない、だが彼女の足場から氷の膜が出現した。その膜はアスファルトの上を覆ってアリシアの所まで到達しそうになる。
「そぉ……なら、無理やり口を割るしか無いわね!」
アリシアも足場から柱型の氷を出現させると、少女の生み出した氷に触れぬ様、柱の上に足を掛けてアリシアは跳躍する。
『そっちで何が起きたんだい!?』
音声だけを拾って、事態を察した澪がアリシアに叫ぶ。
「白銀髪の女の子と戦闘になった! 私の最後のGPS履歴を本部に伝えて――」
そこまで言った時だった、無線機から突如酷いノイズが走った。アリシアはまだ氷が届かない両端の塀の上に着地するとふと、少女の手に持っている黒い物体に目を向けた。
「ジャミング……!」
アリシアはチッと舌打ちをしながら、少女に向けて小粒の霰を射出した。恐るべき弾速を持つ雹が少女に襲い掛かる。だが少女は手を一振りさせた。それに合わせるかの様に、少女の周りには氷の壁が出現し、それらが少女を雹から守った。
「私と同じ氷属性の『創造具現化系』能力者……ッ!」
「――なんの目的があって、ここに来たんですか?」
ふと少女がアリシアを睨みながらそう訊いた。氷の嵐がアリシアに牙を向く。
「最初は、こんな所に一人で行くなんて危ないなと思って、注意しようと思って来たんだけど……ッ! どうやら、その必要は無さそうね」
氷の弾幕を避けながらアリシアは適切に、穿つ様に中ぐらいの大きさの氷を射出する。
氷の攻防戦は白熱を究め、夏の小道に季節外れの風が吹く。
「きゃっ……」
ガッと氷の礫が、アリシアの足元に着弾する。よろけて、氷に覆われたアスファルトの上にアリシアの足が乗る。――その瞬間、ふらっと眩暈がした。
「う、――そ」
体調管理も仕事の内。眩暈の原因が分からなかった。続いて倦怠感、そして耐えがたいほどの寒さが体を襲う。ぶるぶると体が震えて、熱っぽいのか顔が赤くなってきた。
「この氷の……せいなの?」
足元にある氷は、徐々に靴から這い上がっていく。その度にそれらが強まっていくのを感じる。直ぐにアリシアは自身の氷を用いて、上書きを開始した。
「……上書きが、出来ない?」
同系統の能力の場合、どちらの能力が上を行くかは、その能力者の練度によって決まる。
「まさか――私より、上だと言うの……っ!?」
目の前の少女は相も変わらず、氷の様な眼差しを向けているばかりで。
信じられなかった……アリシアはこの十年間、死ぬ思いで自身の能力を鍛えていた。
目指すは打倒コラドボム――毎晩命を賭す程の練習に明け暮れていた。同年代の能力者では御幸を除けば一番だと、そう自負もしていた。だというのに――。
「悔しいのはあと! 今は任務に集中するのよ、アリシア・エーデルハルト……!」
悔しさが、無力感が体を渦巻く。だがここで打ちひしがれては、それこそ御幸にどやられてしまう。アリシアはそう自分を鼓舞して、目の前の少女に思考を巡らせていると。
「アリシア――エーデルハルト?」
一言一句、確かめる様に呟く姿には、今までの態度からは予想もつかなかった。
「いえ……そんな、はずは」
すっかりと萎れてしまった少女には、先ほどの様な威勢は無い。その態度はまるで、目の前の真実に怖気づいている様にも――。
「――まさか」
彼女の態度に、アリシアも気づき始める。最初から違和感はあったのだ。同系統の能力者というのは、案外珍しいものだ。それも同じ属性――他人では、まずありえない。
そう――他人であれば。それがもし血の分けた、それこそ兄弟や姉妹ならば――。
「貴方……もしかして」
気づけば氷は消えていて、温い風が髪を撫でて行く。静寂の中、後ずさりする白銀髪の少女に、アリシアの口から真実が告げられる――正に、その時だった。
「悪いけど、それ以上、俺の仲間に手を出さないで貰えるかな?」
その瞬間、空気が重く沈み込んだ。重圧感が、重苦しい空気が上から押しつけてくる様な感じ。ぶわりと冷汗が浮かび上がる。急激に喉が渇いてきて、息がしづらくなってきた。アリシアはそれらを抑えながら、少女の背後――突如として現れた黒髪の少年に視線を向けた。ドクンと確信めいた直感が頭を支配する。アリシアは迷わず口を開いた。
「アンタが――」
「俺の名前は白紙楼禊――そう、君たちの敵である『コラドボム』のボスだ」
「――元凶っ!!」
次の瞬間、アリシアは目の前の少年――白紙楼禊に氷柱を突き刺した。
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