違和感

 まず最初に、御幸が抱いたのは違和感だった。


 禊との戦闘が始まって、既に二分。御幸はまだ能力を攻撃に転用していない。

 能力者との戦闘の際、一番重要なのは――相手の能力を知る事である。

 どんな能力であれ、そこには必ず欠点が存在し、それを如何に隠し戦うのが能力者だ。


 御幸の能力は、こと能力の判明に関しては他の上を行く。能力を使って周囲の温度や湿度等の些細な変化を確認し、冷静に相手の挙動を読み、その一手一手に隠された真意を読み取る。世界最強の所以は何も能力の強さだけではないという事だ。


 だがしかし――御幸は今だに、禊の能力が判明出来ないでいた。


「今まで何度も、SランクやSSランクの相手をしてきたけど――! それよりも、君の方が強いな」


 空気をなぞりながら、黒色のナイフが禊の喉元へと向かった。

 しかしそれを最低限の動きだけで避けると、態勢を低くし、その長い脚を振るった。


「お褒めに預かり光栄だな……っ!」


 右腕でそれを受け止めると、御幸は左手にある拳銃の引き金を二度、引いた。


 「『君の中では刹那の出来事タイムラプス――トリプルブースト!』」


 だがしかし、その刹那、禊の体が跳ね上がり目に見えぬ速さで御幸の体に二、三発拳を叩き込んだ。


「ごぶっ――」


 何が起こったのか、分からずに御幸は固いビルの屋上の地面に叩きつけられた。

 体の中で何かが破裂した。耐えがたい激痛が御幸を襲い掛かる。しかしそれらに構う暇なく、御幸は腹部を触れて能力を発動させる。


「今……のは、ただ速度が上がっただけではない。時間……自らの体感時間を上げたか」


「大正解。自身の体感時間を早くする強化系Sランク能力『君の中では刹那の出来事タイムラプス』。この際だから纏めて言おうか」


 禊の攻撃が、御幸の腹を貫く。固い筋肉と骨の上から内蔵を優しく、凌辱された。


「先ほど君も見たと思うけどあの光は、ただの光ではない――太陽光を一点に集中させて放つ放出系Sランク能力『織り成す光の道標ジル・ニヴァ』。そして、君を懐かしのここに転移させたのは、強化系SSランク能力の『記憶の道に君はいるロード・トゥ・メモリー』……ま、大体この三つかな。アリシアちゃんにはあと二つぐらい使ったんだけど、忘れちゃったな……」


 ――既に、拳銃は撃ち尽くした。御幸は今、ナイフ一本だけで禊と相対している。

 既に内蔵が破裂した。自己補完の範疇で回転し続けていた能力だけでは、破裂した内蔵を治癒するのは不可能だ。だが、その隙を相手が晒してくれるのは、望み薄だろう。


 このビルの屋上は、僅か三日前『暗部』の人間と争った時の場所だ。

 記憶を読み取ったのか、それはさておき――


「お前――もしかして、能力を複数持っているのか?」


 途切れた思考で、御幸は今の言葉を反芻しながら、そう答えを出した。

 だがそれは、本来ありえない事だ。能力者の能力は一人一つまで――いつの間にか当たり前とされていたルールだ。人類から能力者が生まれてから早百年、今までそのような例外は見た事も聞いた事も無い。


「俺の持つ異能は、一つだけだ――だが、俺は複数の能力を扱える」


 禊が御幸の答えにノーともイエスとも言えない結果を出す。


「一つの能力から、複数の能力を派生させたのか――? いや、だがそれにしては種類レパートリーが多すぎる」


 ならば、何なのか。この目の前の男の持つ異能は――一体。

 だが、その答え合わせをする暇も無く、ふらりと、御幸の体は糸の切れた人形の様に倒れる。起き上がる力も無くて、ただ腹部から溢れんばかりの熱が、腹を食い破るのではないかというぐらいに、蠢く。


「……思ったより、呆気なかったな」


「っ――あ」


 何かを呟くが、それは喉元からせり上がった血の塊がそれらを抑えた。

 意識が暗くなる。こちらに近づく足音が、徐々に大きくなっていって――






「それ以上、我が友に近づかないで貰おうか――白紙楼禊」






 遥か上空、夕日を背景に、その青年はいた。

 金色の髪を靡かせた、淡い碧眼を持つ美青年――白馬創一。


 異能課最強と言えば御幸なのだが、そうすると創一はさしずめ、異能課の最後の砦となる存在。基本的に異能課は真理が適任と思った者をスカウトしているが、その真理が、異能課創設に当たってまず最初に訪れた人物――それが、創一だった。


 創一の突然の登場に、禊は舌打ちをしながら――衝撃の一言を口にした。



「お久しぶりですね、十年以来ですか?」



 その言葉に、僅かに残っていた御幸の意識が、今度こそ完全に失神ブラックアウトした。創一は御幸をひょいと持ち上げると、禊をじろりと見つめる。


「そうか……大体の事は理解したよ……僕もここでやるのかい?」


 その瞬間、両者の間で圧し潰されそうな覇気が飛び交った。対する禊も、それに臆することなく面と向き合う。一秒が遥か遠くて、今この瞬間にも、二人は戦い始めてもおかしくはない状況の中――


「いえ……止めておきます」


 禊が両手を上げながら、覇気を散らした。


「御幸君に付けられた傷も癒さないといけないし、何より――」


 禊はパパッと埃を払いながら、夕焼けを見つめて言った。


「『SSSランク能力者俺たち』がやり合うと、この国が滅びますからね――それは俺も貴方も望んでいない」


「へぇ、随分と聞き分けが良くなったね。良い出会いが会ったのかな?」


「見逃してやるって言っているんですよ。元『十傑』第一位の貴方が、今は底辺物書き屋と公安の二足の草鞋を履いて、そんなんで俺に勝てる訳無いじゃないですか」


「はは、これは痛いな。これだから正論は嫌いだ」


 だけど――と創一は続けて言った。


「友達がピンチだったら、僕は全てを投げ捨てても助けに行くよ――勿論、君もね」


「前から思ってたんですけど、出会った瞬間に友達認定するの止めてくれます?」


「んー……グハァ!!」


 最後に、格好つけた創一に盛大に毒牙を突き立てた禊であった。


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