お前がいてくれたから
それから数時間が経って、茜色の空が広がる中、玄光は窓から下の風景を見ていた。
電波塔周辺には厳重な警備が敷かれてある。一昨日辺りから電波塔への一般公開はさ
ておらず、なので今この場にいるのは異能課含める警察関係者しかいない。
玄光の役目はこの階の警備だ。既に爆弾処理班の人が来ていて、錚々たる面子がこの電波塔を調査したのだが、今の所爆発物は発見されていない様で。
――ならば、犯人が直接この場に来て、爆発系統の能力を使う以外無い。
それが、この場の最高指揮官である真理の意見だった。爆破予告は今夜。既に緊張しっぱなしの玄光の額には、脂汗が幾つも浮かんでいる。
「あ、いたいた。お~い玄光!」
そんな緊迫とした状況の中、タタタッと走ってこちらに近づく少女がいた。
青紫色のショートヘアー、緋色の瞳は爛々と輝いている。
『十傑』第三位――篠崎シア。またの名を――
「『死棘の女王』様が一体、このCランクにどの様なご用件で?」
「ちょっと、だからそれ止めてくれない? 普通に篠崎様で良いですよ」
「凄っげぇ自尊心! 嫌だわ年下に様付けなんて」
玄光がそう言うと、シアはクスクスと笑った。彼女と会ったのは、三日ほど前。気が合ったのか、それとも共通の知り合いがいるからか、いつの間にか友達みたいな関係となっている。シアは腕時計を指さして言った。
「ほら、もう交代の時間だよ。わ、凄いクマ……まだ夜になってないし、三十分だけでも寝てたら?」
シアの腕時計は午後六時を指示していた。それも良いかもなと、よろよろと下に続く階段に玄光は足を掛ける。この五日間、玄光は御幸の分まで頑張ろうと無理をしていた。睡眠時間を削って、最後の方はほぼ完徹に近かった。
次の交代まで、二時間の時間がある。確かに状況は悪いが、だがずっと集中し続けるというのも難しい。適度な休憩が必要だ……と半ば睡眠の理由を探している玄光は、電波塔の中腹辺りに位置する所で、適当な長さのソファを見つけると、そこに寝転がって、やがて静かに眠ってしまった。
「――――」
時刻は夜。御幸は非常階段の扉からゆっくりと電波塔の中に侵入した。
マットで敷き詰められた床は、ちょっとやそっとでは足音すら立たない。
この時間帯、協力者によるとここら一帯は警備が手薄になるらしい。御幸はまるでそれこそ犯人の様に物陰から物陰へと隠れながら進んでいくと――。
「おい――」
後ろから声を掛けられた。振り返ると、そこには玄光が立っていた。
「玄光……」
どうして、と御幸は呟いた。彼はこの時間は休憩時間――眠っているはずだ。
「何となく、な。でもオレが知る御幸なら、必ずここに来ると思った」
その時、窓の下からオレンジ色の光が上がった。見てみると、地上で何者かが争っているらしい。恐らく、コラドボムの残党だろう。ババババと疎らに聞こえる機関銃の音が、急かすように聞こえる。
現実が塗り替えられていくような音。こがただの
「玄光――」
「ダメだ」
「事態は一刻を争う状況だ。バカな事を言うな――」
「バカなのは、アンタの方だ!」
その時、玄光が吼えた。彼らしからぬ程の大きな声で、御幸は呆気に取られる。
玄光は肩を上下させながら深呼吸をしていると、その時、ガガガ……ッと無線機が鳴り出した。
『こちら篠崎シア! 玄光君起きて!』
「もう起きてるよ! あとそれと、御幸を連れて来たのお前だろシア!」
『うげ……ちょっと御幸君!? 話が違くない!?』
「すまない。少し、玄光を侮っていた」
『もう――』
その時、何かシアは言おうとしたが、その時無線機からけたたましい轟音が轟いた。
音からして、機関銃のものだろう。音からしてみて、相当な防衛線が行われている様だ。
その後シアから『分かってると思うけど』と玄光に続けて言った。
『こっちは私と創一さんで何とか保てているから、御幸君、後は手筈通りに!』
通信機から、創一の情けない声が響き渡る。心配だが創一も手練れの能力者だ。死ぬことは無いだろう。
「玄光、これで分かっただろう。既に白紙楼禊はこの電波塔内に侵入している。白紙楼禊は俺じゃなきゃ相手が務まらない」
だから、行かせてくれ――御幸はそう咳き込みながら言った。押さえた手は、血で真っ赤に濡れていた。
「大丈夫か、御幸!」
「……ゴホッゴホッ! ……問題ない」
「大ありだ! 自分でも分かってるだろ、そんな体で能力を発動したら――」
そう言いながら、全身を何本という管で繋がれ、呼吸器を付けた痛々しい姿が、脳裏を過る。絶対安静と言われて、今でさえ何もしていないのに吐血する有様だ。それで戦おうとするなど、もはや自殺行為に近い。
「オレは、お前に生きてて欲しいよ」
「これが終わったら、直ぐにでも病院に戻るさ」
「今ここで死んだら、意味が無ぇだろうが!」
玄光は御幸の肩を掴んで、無理やり引き留めようとする。
だがその瞬間、玄光の視界が反転した。
投げられたのだと、そう理解するのに時間は掛からなかった。立ち上がると、そこには僅かに視線を逸らした御幸が立っていた。
「上等だ……! 力づくでも、お前を止めてやる」
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