評価『Fランク』の少年、実は裏では世界最強の能力者
それから――一カ月が経過した。
『それから』と言うのは、何かの出来事に対して使う言葉だ。
私こと、アリシア・エーデルハルトが思う、それからとは――勿論、あの日の電波塔の事件の事だろう。
いや、もしかすると私だけじゃなくて、多くの人が、恐らくは『第三都市』に住む能力者の皆が、それからと形容に値する様な、出来事なのだろう。
――七月二十五日、世界的に有名な過激派組織『コラドボム』が遂に壊滅した。
この一件は瞬く間に世界中に知れ渡り、それと同時に『異能課』の事も世界に知れ渡った。コラドボムは、裏サイトにて『第三都市』の電波塔の爆破を宣言していたが、それがなされる事は無く、異能課によって逮捕される事となった。
その後、コラドボムのボスは拘置所で自殺した。組織図は未だ明らかにされていない為、今は残党狩りが行われている最中……それが、表で公表された情報。
だけど私は知っている。実際はもっと違う理由で、色んな人の、色んな思いが交差した結末だという事を。
「真実はいつだって汚い大人たちによって隠されるものだ」
そう、真理が不貞腐れた様に呟いていたのが印象的だった。
――私はあの電波塔事件から三日後に意識を覚ました。
そのころにはもう粗方の面倒ごとは全て片付けてあって、私は後遺症無しで退院出来た。
学校は既に夏休みに入っていて、私は出席日数が足りないから補習を受ける事となった。
いつもと変わらない朝、いつもと変わらない学校、いつもと変わらない異能課での日々。
いつもと変わらない毎日――たった一人の存在を除けば。
あの後、御幸は集中治療室に連れていかれた。今は面会謝絶の状態らしい。
電波塔は爆発があったとは思えない程、いつも通りに佇んでいて、今日も多くの人達が来ていた。
御幸は全てを守り通した。私との約束、ガブリエルの願い――そして、自身の信念でさえも。その代償なのか、御幸は今だ目覚める気配を見せないまま、気づけば夏が終わろうとしていた。
「ただいま」
私はいつも通りの時間に、マンションの扉を開ける。
目の前に飛び込むのは、灯りの付いていない暗い廊下――だけど、今は違う。
「おかえりなさい――姉さんっ!」
白銀髪の髪を揺らしながら、こちらに来る少女――ガブリエル・エーデルハルト。
私の――唯一の家族。
私はあれからガブリエルと一緒に過ごす事になった。
失われた十年間を取り戻すかのように。ゆっくりと。そりゃあ、いきなり仲良しって訳にはいかなくて、些細な事で喧嘩しちゃったりするけど――それら含めて、私とガブリエルは姉妹になっていくと思う。
この都市で生活するにあたって、DAカード等が必要なんだけど――諸々の事は、全部真理が秘密裏にやってくれた。
こういうの、職権乱用って言うのかな? だけどそのおかげで、私たちは無事に生活出来ている。
「姉さん……禊さんの容体は……?」
「いつも通り。全く、あれじゃあ悪態も吐けないわ」
白紙楼禊は、現在御幸が通っている病院で入院している。
傷は治ったのだが、未だに意識が戻らないのか、ずっと眠っている。
「早く目覚めると良いですね……」
心配そうにするガブリエルの頭を撫でながら、テーブルの上にあった鉛筆とノート見て、私はガブリエルに訊いた。
「勉強の方はどう? 難しいところあったら、遠慮なく私に言ってね」
「はい。今はまだ小学生の範囲だけですけど、学ぶのは楽しいです」
朗らかな笑顔で、ガブリエルは笑顔で私に算数のワークを見せる。
ガブリエルはまだ十四歳だ。これから学校に通うには、少なくとも最低限の勉強は出来ていないといけない。都合上、塾や学校にも行けないので、今はこうして私の家で自首勉強している所だ。ガブリエルは、流石私の妹だ。研究者の母さんと父さんの血を色濃く受け継いでいるのか、メキメキと成長している。このまま行けば、私を追い越す日も近いかもしれない。
「ガブリエル――」
「はい?」
「愛してるわ」
「……! はい、私もです」
なんてことはない、ただただ平凡な毎日。
だけどこれ以上も無いほど、私は幸せに満ちていた。
そして次の日。私は夏用の制服に身を包んで、家を出た。
九月なのだが、まだ残暑であり、蒸し暑い熱気が漂っている。
池袋の大通りを歩いていると――
「……あら? 玄光じゃない」
私はその時、玄光の姿を見かけた。玄光は私に気づくと声を掛けてきた。
「学校か? 懐かしいな……」
「そうよ。アンタはこんな所で何してんのよ?」
「オレはパトロールよパトロール! 事件なんてそんな起こる訳ねぇけど、備えあれば憂いなし。いつ起きるか分からないから、いつでも動けるようにしないとな」
「へぇ~、立派な心掛けね」
「んま、御幸が言っていた事なんだがな……」
玄光は斜め上――遠くにある、気持ちが良い程に青い空を見た。
遠い眼差し、暫しの静寂が辺りを包み込むと――。
「んあ!? ……マジか、了解。直ぐに行く」
その時玄光の耳元に掛けた無線機から澪の声が聞こえた。何を言っているのか分からなかったが、玄光の驚き様から相当な事が起こったのは間違いない。
「渋谷区で暴動が起こったらしい……俺も来て欲しいとの事だ」
「なら、私も――」
「良いって、折角の学校だろ? ここはオレに任せてくれ」
玄光はそう言いながら、空高く飛び上がった。本当なら、ここにはもう一人いるのだろう。本当に、玄光はこの一カ月で大きく成長した。あの時の姿は遠い過去のものになった。
「ホント、誰に似たんだが……」
口調まで、アイツにそっくりだ。
そんな事を言って私は玄光を見送りながら、学校の方に向かった。
大きな校門を通り過ぎて、私は校舎の中に入る。
迷路みたいな校舎は何度も行ってもやっぱり迷ってしまう程に大きい。
「あ、アリシアちゃんおはよー!」
教室に入ると、私の席の右斜め後ろの席にいたクラスメイトがそう声を掛けてくれる。
私はおはようと返しながら、朝のホームルームまでの時間を、そのクラスメイトとの談笑で潰す。クラスの話題は夏休みの事でもちきちだ。基本的に外出許可が降りれば、第三都市以外の都市には行ける。北海道の第一都市や、大阪にある第二都市。中でも人気なのは第一都市らしい。何故って? そりゃあ海があるから。
「アリシアちゃんはどこか行ってたの?」
話を振られて、私はえっと反応に困った。
まさか異能課の仕事で、アメリカに行っていたとは言えない。
適当な話でごまかしておいて、すると近くにいた男子たちの声が聞こえた。
「そう言えばさ最近現れてねぇよな――『チート能力者』」
「あぁ、それそれ。本当に誰なんだろうな」
「誰かって、そりゃあウチの学校の誰かだろ」
「黒髪の長身……考えてみれば、結構いるよな」
そんな会話が聞こえた。
気になって聞き耳を立てたが、直ぐに興味を失ったのか、話は今期のアニメやラノベの方に向かっていた。
ふぅ……焦った。って、なんで自分の話じゃないのに焦ってるのよ。
「そう言えば、聞いた?」
「何が?」
「今日転校生が来るんだって。珍しいね」
確かに、この時期に来るなんて珍しい……だけど、今の私にはそんな事にあまり関心を抱けなかった。
……そうして、やがてチャイムの鳴る音と共に、ウチの担任がコツコツとハイヒールの音を鳴らして教壇に立った。
――その、転校生を連れて。
「もう伝わっていると思うが、改めて――今日、ウチに転校してきた子だ」
その制服を着た人物は、男性だった。
何故分かったのかと言うと、あれだけ騒いでいた男子たちの反応が少し薄かったから。
私はその時、窓の方ばかり眺めていて、その子の顔を見ていなかった。
制服を見ると冬服だったから、こんな暑い日に……とぐらいしか思わなかった。
その間にも、先生の話は続く。
「ウチはS組だが、みんなも分かっているとおり、能力がSランクだからここに来たと言う訳ではない。実力だ。実力でここを勝ち取って来た者だ」
へえ……。確かに、ここに来るまでには能力のランクも大切だけれど、基本的には能力者の素養が大きい。なら、その人は一体何ランクでここまで這い上がって来たのか……。
Sかな……Aかな……Bだったら凄いなぁと思っていると、カカカッと、チョークを叩く音が聞こえて、その瞬間、空気を呑む音が聞こえた。
私はそれでようやく窓の外にある景色から視線を外して、黒板の方へと視線を向けた。
「――ぇ」
「それじゃあ、名前を」
「はい……」
その少年は、陰鬱そうな灰色掛かった瞳をしていた。細身で、だけど力弱さを一切感じさせない様な、しなやかに鍛え上げられた体格なのが分かる。そして――目を引くのは、瞳の色と同じになってしまった、白色の頭髪。
あの頃と比べて、雰囲気が違う……けど、私には分かってしまった。
忘れるはずが、無かった。
その少年の後ろにある黒板に書かれたのは――『F』。
この都市で、この世界でそれが何を意味するのか。
それは、最弱の証。
能力者として、最も『安全』と称された称号。
私は、固まるクラスメイトにこう思ってしまった。
「神代御幸――十六歳。能力のランクは――『Fランク』。仲良くしてもらえると助かる」
息を呑むクラスメイト、鼻で笑うクラスメイト、皆の反応はそれぞれだけど――皆が、その評価を見た瞬間、驚愕した。私は、少しだけ考えてしまった。
そのクラスメイト達に言ってしまいたかった。だけど、その後の反応は目に見えている。だって、誰が信じると思う?
まさか彼が、世間で噂される『チート能力者』だなんて一体誰が……いや。
評価『Fランク』の少年が、まさか裏では世界最強の能力者だなんて、一体誰が信じるのだろう――と。
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