真の黒幕
「此度の活躍、真に感謝する――折木真理殿」
そこは、とても高級感溢れる部屋だった。
それは偏に煌びやかなものでは無く、自然を彷彿とさせる厳かな印象を受ける。
「一級危険組織『コラドボム』の解体――十年前のあの痛ましい事件がようやく終わった」
一席数百万は下らない革製の椅子の上に座る初老の男性は目の前にいる赤髪の女にそう言った。その女は大胆にも胸元を大きく開けた服装をしており、彼女はハッと笑いながらその男に「痛ましいだなんて」と口を開けた。
「貴方にとっては寧ろ嬉しい事件だったじゃないんですか?」
「折木様、あまり失礼な口を叩かないで頂きたい」
その時、背後の扉近くにいたスーツ姿の男性が、そう言葉を挟む。
初老の男はそのベルトに乗る程の腹を震わせながら、怒りを抑える。
だが真理は止まらない。
「あの大事件で、貴方の政敵は全員無くなった。だから本当は貴方は感謝した。いや――むしろ、そうなるように仕組んだ。そうでしょう? ――朝戸首相」
「折木様っ!」
男が真理に詰め寄ろうとするが、それを隣にいる年老いた男が止めた。
じろりと、睨みつける。
「……この場で銃を引き抜く事の意味を知らないのか」
「反逆罪とでも言いたいのか? 金魚の糞が」
片手に構えた拳銃に、じろりと男が睨む。
「やめろ、リース。我々は何も宣戦布告をしに来たのではない」
その睨みに、銃を構えた男――リース・エリックがやれやれと呆れた風に拳銃をホルスターに戻し、真理の一歩後ろに下がった。
「……それで、君たちは何をしにここに来たのかな? これでも多忙な身なものでね、数分程度で終わらしたいのだが」
朝戸が男に向けて「退け」と言ってから、そう真理に切り出した。
真理はその緋色の双眸を僅かに細めると、こう言った。
「釘を刺しに来たんだよ――いつまでも調子に乗るなってね」
「釘……だと?」
朝戸の額にある皺が更に深くなる。
そうだとも、と真理は続けて言った。
「貴方の最大の目的は――彼ですよね? 朝戸首相」
「この都市計画は、本来であるならば大阪と北海道だけ作る予定だった。自分たちの住む東京を都市計画の範疇にしない様に、貴方が色々と頑張っていたのも知っていた」
長年総理を務めてきた朝戸の政治手腕は目を見張るものがある。
第二次世界大戦後、この国の主導権は米国が握りしめていたが、その状況でも暗躍するほど朝戸という男は野心が強かった。
「だが――ここでとあるアクシデント。いや、貴方にとっては先代一隅のチャンスが生まれた」
朝戸の視線は相も変わらず真理に向けられている。そこには、先ほどの様な気持ち悪い笑みも態度も無かった。
「それが彼――神代御幸。彼のその特異なる能力に目を付けた貴方は、東京の都市化を推し進めた。色んな反対を押し切って、あれほどこびへつらってきた米国の反対も押し切って」
その言葉に、僅かに朝戸の体が震えた。本人もあまり思い出したくない記憶なのだろう。
だが、それを言うならこっちの方だ。真理は腹の奥底に溜めた怒りを声に乗せて言った。
「――『
真理は朝戸を詰る様に睨む。彼女が支援する『夜明けの家』は歴とした孤児院であった。だがどこぞの悪辣がそれを勝手に利用し、能力者の能力の向上という実にバカバカしい実験を開始した。
「神代御幸の周囲にいる者は総じて、能力を『覚醒』状態に近づいている。そこに目を付けたのは流石だ。大正解――彼をずっと見てきた私が断言しよう。それは事実だ」
真理の言葉に朝戸は口元に手を置いた。体が震える。
零れた笑みをなんとか隠さねば。
「私は……間違ってなどいなかった」
小さく、誰にも聞こえない程の大きさで、そう呟く。
「我が国は能力者によって今の地位を確立させている。能力者は時に核よりも恐ろしい兵器として有効活用できる。『世界最強の能力者』神代御幸──彼の存在が他国の抑止力となり、また我が国に繁栄をもたらしてくれる。正しく『神』だ。やはり『
「作られた神だ。勝手に奉ったのはどこの誰だ。……二度と私の前でそのような戯言を吐くなよ朝戸」
目を細ばせ、怒りを露わにする真理に朝戸は堪えきれず笑った。
「私に怒りが向くのは結構だが、しかし忘れないでくれたまえ。誰か君の人権を、社会的地位を確保しているかを。それに──あの計画が成功していなければ、今の日本は日本では無かっただろう。他国に侵略されるか、移民を大量に送り込まれ、価値観と罪の基準が狂った国になるだろうな。既に内部にも多くのスパイが紛れ込んでいる。そうなっていないのは彼の存在あってこそだ」
世界は混沌としている。平和などどこにもない。
恐らくそれは仮初の、都合よく上位の権力者が見させている儚い夢みたいなものだろう。
「…………その点については、私は高く評価せざるを得ない。確かにこの日本には貴方が必要だ。綺麗事だけで国は回らない。どこかで苦しむ人や悲しむ人は必ず出てくる」
「そうだろうな」
「だが朝戸。私はそれでもお前が憎い! お前さえいなければ、お前さえいなければあの子達の未来は明るかったはずだ! 何も怯えることなく、ありふれた日常に埋没できたはずなんだ……っ」
朝戸の政治的手腕はとても高い。
だがその裏では血と殺人で塗れている。
己にとって、国にとって不都合な存在を始末する。それが例え女子供でも──。
「それが例え自分の子供でもだ。そもそも、政治家なんて誰かに褒めてもらえるような仕事でもないからな。どうしようもない不満をぶつけられるサンドバックだよ」
誰かが誰かの尻拭いをしなければいけない。
朝戸のその態度に、真理はもう何も言えなかった。
否、言っても無駄だと分かったからだ。──幾度となく、わかっていたはずなのに。
「……行こう、リース」
「もう良いのか?」
「釘は刺しておいた。それに、これ以上こんなオッサン臭い所にいられるか。加齢臭が移ってしまう」
べーっと舌を出しながら、真理はリースを引き連れて部屋を出ようとする。
その後ろ背中に、朝戸が声を掛けた。
「次はもっと時間のある時に来なさい。なに、昼飯くらいは奢ってやろう」
その言葉に。
いつの日か、真理が御幸に掛けた言葉に。
「……誰がアンタと食うか。お前と食うんだったら、私の可愛い子供たちと食べたいよ」
「やれ。もうとっくに反抗期は過ぎたと思ったのに。お前はつくづくあの女によく似ている」
去り際にそう言い残して、今度こそ真理たちは部屋から退出した。
◆
それから数分後、真理たちは当然なのだが、五体満足で無事に官僚から出られた。
「折木様」
やがて、黒塗りのタクシーに乗ろうとする真理に、ここまで同行した先ほどのスーツ姿の男が、道中無言を貫いた彼が初めて声を掛けてきた。
「君は――」
「名前を尾崎宗近と申します」
「何の様かな? もしかして、君のご主人様を悪く言った事に関するものかい?」
「いえ……それではございません」
宗近は続けて――頭を下げながら言った。
「禊を――白紙楼禊を助けて頂いて、本当にありがとうございました」
その言葉で、真理の中でバラバラだった情報が繋がった。
真理はフッと微笑を浮かべながら「君も苦労しているね」と憐れんだ。
黒塗りの車が徐々に官僚から離れて行く。宗近は車が見えなくなるまで、いつまでも頭を下げ続けていた。
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