電波塔――崩壊

 それから、御幸と禊は下へと降りた。そこにいたのは、アリシアとガブリエルの二名だった。ガブリエルは禊を見て、涙を零した。


「禊さん……」


「ごめん、ガブリエル……俺は、君を救えなかった」


 禊は少し項垂れながら言うが、その瞬間、ガブリエルは禊の胸に飛び込んだ。


「いいんです、もう、私は十分救われましたから……」


「そ、か……それなら、良かった」


 ガブリエルの体は震えていた。禊は彼女をそっと抱きしめる。

 禊の頬は赤くなっていた。それを見たアリシアは、御幸の方を見る。

 壮絶なる激闘が繰り広げられていたのだろう。両者ともボロボロだった。


 だけど御幸は、ちゃんと約束を果たした。ガブリエルと、そしてアリシアとの。


「ありがと、アイツをぶん殴ってくれて。アイツを――助けてくれて」


 アリシアの言葉に、御幸は頬を描きながら、優し気な笑みを浮かべて言う。


「言っただろ――任せろって」



 ==


 これで、もう終わりかと思った。いや、誰もがそう思ったのだろう。

 誰一人と欠ける事は無く、こうして五体満足で戻って来られた。

 後は大人に任せよう。そうしていつもの通り、平和な明日へと足を運ぼう。


 そう――誰もが思っていたはずだった。


「悪いが、これが仕事なんでね」


 瞬間、禊の背後に現れた人影に、誰もが気が付かずにいた。

 否――唯一、御幸だけは反応出来た。


「禊――ッ!」


 手を伸ばして、駆け寄ろうとする。だがその瞬間、足が動かなくなった。

 男の影が延び、この場にいる全員の影が、奴の支配領域へと変わった。

 右手に持った鋭いナイフが、禊の心臓付近を貫く。トスリと、軽い音が響いた。


「ご、あ……っ」


 崩れ落ちる禊の体、ガブリエルの絶叫が響き渡る。時間にして僅か数秒の事だった。


「『燃え盛る永劫たる氷華イグニシオン•エターナル•ガーデンフラワー』っ!」


 瞬間、氷の礫が恐るべき速度で男の方へ向かった。

 しかし、羽織っていた黒い外套を盾に、その時男の姿が消え失せた。


「依頼主を手に掛けるのはご法度なのだがな――悪いが、俺も命が掛かっているんだ」


 再び姿を現したのは、絡み合った鉄柱の上、上半身だけを出していた。

 銀色の長髪。冷酷な赤い瞳。御幸は――その男を、知っている。


「お前……あの時の『暗部』の人間か!」


「見ない間に随分と弱くなったな、神代御幸……」


 素顔を晒した男が、御幸の方をじろりと見ながらそう言った。


「……そうか、国の命令か」


「そこまで知ったか。尚更お前たちを始末しなければならないな」


「掛かって来いよ。完膚なきまで叩き潰してやる」


 御幸は空手になった両手を固めて、能力を発動しようとする。

 しかし、男は右手を前に出して言った。


「いや、もうお前の異常な能力にはあまり触れたくないのでな……それに、これで纏めて吹き飛ばすから関係ない」


 御幸は男の持つ黒い機械に目を奪われる。

 それは禊が持っていた爆弾のスイッチだった。


 いつの間にか奪ったのか、男の白い指がそのスイッチに掛かる。

 その瞬間、禊が近くの窓ガラスを破壊して、ガブリエルを庇うように覆いかぶさった。


「お前は知らなくていいことまで知ってしまった。――この国の為に、死んでくれ」


 男の冷たい声が聞こえたと同時に――御幸の眼前に、紅蓮の炎が広がった。



 ==


 ――気絶から目覚めると、まだ御幸は塔内に残っていた。


 展望台のデッキの上、辺りは炎に包まれている。

 熱気が容赦なく肺を襲い、息をするだけで身が焼ける。


「アリシア……」


 御幸の傍には、アリシアが横たわっていた。気絶しているのか、一向に目を覚まさない。


 その時、ガガガ……っとアリシアの無線が鳴り出した。


『もしもし! こちら玄光! 生きてるかアリシア!』


「玄光か……?」


『御幸……っ!? なんで、御幸が……』


「アリシアは俺の傍にいる。電波塔が爆破された。――禊たちは」


『禊とガブリエルちゃんはここにいる! 落下していた所を創一がキャッチした!」


 玄光のホッとするような息仕えが聞こえる。


『白紙楼禊は今、緊急治療を受けている。ナイフで刺されたと聞いたんだが、運が良いのか、心臓はギリギリの所で避けていた!』


 その言葉に、御幸は軽く息を吐いた。


「そうか……それは、良かった。だが、どうしてまだ倒壊していない? 爆発は確かに起こったはずなのに――」


 その時、割れた窓ガラスの向こうに、何か赤いものが見えた。

 それは血だった。血が、網状になっていてそれが電波塔全体を支えていた。


「まさか……シアの能力か!」


『そう! けど長くは持たないわ! 私が押さえている内に、早く……っ!』


 玄光と変わったのか、必死そうなシアの声が聞こえる。こんな大きい塔を一人で支えるなんて……だが確かに彼女の言う通り時間はない。今も徐々に傾き始めている。


 しかし御幸は外に出る事は無かった。それは、先ほどの爆発で、足の骨が折れてしまった事は理由には入らない。そのくらいの傷を負っても、御幸ならば脱出できるからだ。



 だがそれは、御幸一人だけだ。



「アリシア……」


 金色の髪を、愛おしそうに撫でる。アリシアをここに残す事は出来ない。

 ならば、どうするか――。


『御幸……まさか』


 異変に気付いた玄光が声を零す。察しが良いなと御幸は薄く笑いながら、そうだと言った。


「この電波塔を――元に戻す」


『む、無茶だ! こんなバカデカい塔を復元するなんて、幾らお前でもそんな事――下手したらお前が死ぬんだぞ!?』


「だがこのままいってもどうせ死ぬだけだ……何、大丈夫だ。俺は――世界最強の能力者だからな。こんぐらい、お茶の子さいさいさ」


 玄光は何か言おうとしたが、その時にはもう御幸は無線の電源を切っていた。

 その間にも徐々に床が傾き出している。炎の勢いは止まらずに今も尚御幸達を焼き焦がさんとばかりに燃え上がっている。


 御幸は両手を床に置いて、深く、息を吐く――。


 意識をこの塔全体に行き届かせる。どうやら自分以外に残っている奴はいないようだ。


「基本骨子――解明」


「構成材料――解明」


 この搭の基本データを無理やり脳に叩き込ませる。

 その度、ブツンブツンと何かが切れる音がした。

 回路の断裂、命を繋ぐ血管の断裂――そのどれかでもない。


 分からない――だがそれに構う暇など無い。


「全体把握――完了。これより修繕作業を行う」


 この時点で既に、体の八割程の器官が死んだ。

 脳内に膨大な情報量が注ぎ込まれる。そのショックか、彼の毛髪は脱色したかのような白色になった。だがそれに構う事も無く、続けて御幸はこの搭の修復作業に手を出した。


「時間へのアクセス……失敗、回想記録による復元は不可能」


「事象の介入――可能。爆発による塔の被害を変更――不可能」


「仮想物質による置換を提案――可決。修復不可能な部品を仮想物質に置換――完了」


「仮想物質の置換成功――続けて、仮想物質を本来の物質への置き換え――完了」


「これらの手順を踏まえ、これより電波塔の復元を―――――――――――――」


 既にこの時、辛うじて生きていた御幸の心臓の鼓動が遂にその活動を止めた。

 意識を失うまで、残り十数秒――もはや御幸に打てる手段は無かった。

 あと少し、あと少しで修復が始まると言うのに。


(ここ……までか)


 音が消えた、視界が暗い――意識を失うまで、残り二秒――







「しっかりしなさいよ……バカ御幸」







 その時、御幸の体が激しく燃え上がった。否――そう錯覚するほど、力が湧き上がった。


 懐かしい声が鼓膜を震わす。背中から抱き着かれたのか、手が胸の方に当たる。

 アリシアの本来の能力は、エネルギーを与える能力。心臓が再び動き始めた。

 血流が体全身を周り、脳にも届いた。その結果、一瞬だが意識が覚醒した。

 万感の思いを胸に、御幸は喉を震わして――その言葉を紡いだ。




「電波塔の復元を――開始する」

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