SSSランク能力者

 ――ふと、瞼を開けた。


 真っ白な病室の一角、いつもの定期健診の時に利用していた入院室とは比べ物にならない程の高級そうなベッドの上にいる御幸は、その視線を右に逸らした。


 細い腕から、チューブが延びて点滴の袋に繋がっている。見慣れた光景、だがいつもと違うのは、未だ訴え続ける体の倦怠感だけではない。起き上がれられない程全身が強張っていて、足元の感覚が消えていた。首もどうやら凝り固まっているのか、動かしにくい。窓ガラスに映る景色は夜のもので、ネオンの光が点々としている。


「――――」


「おや、気づいたようだね」


 その時、ガラガラと扉を開いてやってきたのは真理だった。

 いつも通りの、胸元を開けた大胆な恰好をしている。だがその瞳には僅かな憂いが浮かんでいて、そこで御幸は真理に訊いた。


「あれから、どれ程時間が経過した?」


「一週間ほどだ。その間にも様々な事が起こったんだが――」


 あの日から一週間後となると――。


「電波塔の爆破……ッ! 明日が、その日じゃないのか!?」


「正確に言うならば今日だ。今日の午後九時――律儀に時間まで指定してくれたよ。我々に対する挑発行為だ」


「……奴は自分を白紙楼禊と言った。ならば、澪に頼んでDAカードで住所を特定して叩くしか――」


 もしそれが偽名だとしてもだ。DAカードには証明写真も記載されている。それならばアリシアや玄光が顔を憶えているはずだ。そこで御幸はようやく最後に見たアリシアの姿を思い出した。


「アリシアは……?」


「彼女は五日前に目覚めたよ。ひどい衰弱状態だったけど、君がやったんだろ? 後遺症も無く、今は玄光君や創一君と共に電波塔の警備に回っているよ。一応リースは本部で待機している。異能課の全勢力を、電波塔の防衛には回しておけないからね」


 そう言う真理の表情はやや疲れている様に見える。異能課の最高指揮官としてこの一週間は特に頑張っている様だ。


「分かった。俺は――」


「君は、ここで休んでいてくれ」


 起き上がろうとした御幸を真理がそう制した。御幸は「なぜだ」と続けて言う。


「白紙楼禊は少なくとも『覚醒能力者』であるアリシアを退けた能力者だぞ? 俺も、あの気迫には驚かされた。アレは本気だ。……もしかして、相手が子供だからといって、下手に出ている訳ではないよな?」


「下手に出ている訳では無いが……これは一緒に言った方が良いな」


 真理はスマホを片手で操作しながら、近くにあった丸い椅子に座りながら口を開いた。


「今まで私は澪にDAカードを探るように言って来た。だがそのデータベースの中には白紙楼禊のデータは無かった」


 ネットに強い澪の事だ。その他にも様々な方法で白紙楼禊の過去に迫った事なのだろう。


 だがそれでも駄目となると――


「……思い出した。そう言えば、創一さんがアイツの事を――白紙楼禊の事を知っていたような……」


 最後の記憶を頼りに、御幸は克明に思い出そうとする。

 そんな御幸を前に、真理は窓に映る月明りを見つめながら、ぽつりと言った。


「御幸君……君の信念は何だったかな?」


「前にも言ったはずだ――救われない奴はいない。『異能課』に入る時も、犯罪者の更生を最優先にすることを条件に提示したはずだ」


 何を今更……と、御幸は疑問に思う。そんな事、真理が忘れるはずない。

 何故なら――その台詞は、以前真理が口癖の様に言っていた言葉だからだ。大人になった今は言っていないようだが、流石に忘れるとは。


「うん、そうだったね……本当に、君は優しい子だよ」


 そう言いながら、真理は御幸の髪をくしゃくしゃと撫でる。


「アンタは俺のお母さんか!」


「実際その様なものだよ。十年も見ていれば愛着ぐらいは湧くさ。君とアリシア、二人とも私の可愛い子供たちだよ」


 御幸と真理の関係はそれこそ十年ぐらい経っている。失踪した両親の親代わりに、まだ学生だった真理が御幸を引き取ったのだ。そう言われると何も言い返せなくなる。御幸は黙ってそれらを受け入れながら、真理はそんな御幸に言った。


「君の信念は、君の強さが証明し続けてきた。強く無ければ正義を、ましてや自分の信念すら守り通せない。だから君は幼い時から修行をし続けた。結果、圧倒的な力を手にして、敵を必ず打ち負かし、完膚なきまで相手を叩く――全ては、君の持つ能力と努力のお陰だ」


「……何が言いたい」


「要するに――君、負けた事が無いだろ?」


 その言葉に、御幸はハッと自嘲するかのように言った。


「『暗部』の人間、そして今現在、負けに負けている」


 三日――いや、十日前か。『暗部』の人間にやられては、今こうして禊にも負けている。


 精進が足りないどころではない。狂崎の一件だって、本気を出さなければやられていたのはこっちだったかもしれない。


「俺は――弱い」


「いや、十分に強い。じゃ無かったら『世界最強の能力者』だなんて言われてないだろ?」


「――――」


 確かに、肩書だけ見れば御幸の右に出るものはいない。しかし前述の通り、御幸は自分の力に危機感を抱いている。強さの定義が曖昧な状態で、御幸はどうやって――


「良いかい、御幸君。強さとは負けない事ではない。本当に強い人間って言うのはね、別に精神性が強いとかそう言うのではない――だよ」


「覚悟の……?」


 慰めようとしているのか、それとも安心させようとしているのか。だがそれは逆効果だ。


 御幸ほど、覚悟を決め込んだ男はそういない。悪の悪。この世の真っ黒な部分を見ても、それでも信念を変えなかった男だ。御幸と彼らとの差が覚悟によるものならば、尚更、いやもっとひどくなっていく。


「覚悟と言っても種類が違うけどね。――君、相手を殺さない様にしているだろ? 狂崎一矢の事件、彼は最終的に自爆の道を選んだ。だけど君は彼を助けた――街の被害と、自分への危険よりも、たった一人の犯罪者の命を選んだ」


「それは……当たり前だろ。殺してしまったら、贖罪の機会は永遠に失われる。それでは俺の信念に反する事だ」


「そうだ、だから私はそれについて、とやかく言うつもりはない。寧ろ誇らしいとすら思う。だけどね、殺す気のない本気なんて、たかが知れている。『暗部』の人間、そして白紙楼禊。彼らは君の命を取りに来ていた。そんな相手にまだ君は、殺す気のない本気で彼らと渡り合おうとするのかい?」


「それ、は……」


「『暗部』の事に関しては、諦めろとしか言えない。奴らはそういう連中だ。だが連中は悪戯に仕掛けない。ならばそれは無視しても良い。だけどね――白紙楼禊の場合は別だ。君は再び、白紙楼禊と相対するのだろう? 今回は創一君がギリギリの所で駆けつけてくれたから事なきを得た訳だが――果たして次はどうだろうか」


 つまり、それは……真理が言いたい事は。

 十六歳の、まだ未成年の少年に――殺意を持てという事。



「白紙楼禊は私や創一君と同じく――『SSSランク能力者だ』」

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