休日



 神代御幸は語らずも分かる通り、公安に所属する高校生である。

 公安の中でも特に秘密が多く、また武闘派が多い『異能課』は今年の夏に華々しい功績を挙げた。


 コラドボムの壊滅および首謀者の確保である。

 これにより一時的にではあるが、異能課のメンバーに臨時収入が入った。


 その額はざっと五十万前後。

 大人にとっても、高校生なら尚更の大金。


 リースはパチンコや競馬で全部溶かし、創一は自身の趣味(アニメ&ゲーム)に注ぎ込み、アリシアも妹のガブリエルのために殆どを貯金に回しているが、ここ一カ月の食事が豪勢になったりと、金の使い方はそれぞれの生活の一遍に見え隠れしているものだが、その中でいつも通りの生活をしているのは、御幸と外に出ない澪だけだろう。


「うわーい! 課金し放題だー!!」


 いや、御幸だけだろう。


 しかし、特にここ最近の御幸の生活態度は一変した。

 朝はいつも通りに起床し、その後学園まで足を運ぶ。

 その後は学生通り、普通に勉学に勤しみ、部活動は通っていないのでそのまま自宅へと帰る。自宅へ帰ったのならば苦手範囲の復習と宿題をまとめ上げ、近くのコンビニで弁当を買って食べる。その時間に用事が出来たのならばそちらに向かうし、無いのであればそのまま風呂に入って午後の九時には就寝に着く――と、極めて健全な生活を送っていた。


 その甲斐あってか、御幸の長年の不調であった、常時能力使用の弊害である頭痛が和らいだりと恩恵は大きい。

 能力の使用は極力控え、決闘制度はされる前に逃げ続けることで事を成していた。

 学外に出れば御幸達は普通の学生に戻る。街中で遊びに出かけている学生達を眺めながら、一人帰路に着くのが御幸の帰り道だった。


 だがしかし今回ばかりは違った。


「な、なあ……別にお前たちが着いてこなくても良いんだぞ?」


 ずんずんと人混みの中を縫って歩く玲央に、御幸は慌てて着いて行くことしか出来なかった。後ろには遅れて斎が着いていく。

 栞との再会から実に四日が経過した今日。

 今の時刻は午後三時近く。御幸達は学校から少し離れた、新宿にある大型ショッピングセンターに来ていた。


 理由は前日、御幸のスマホが故障したからだ。

 ポケットから取り出す際、誤って滑り落としてしまったのだ。

 元より古機種のものを長年使っていたので、とどめの一撃だったのだろう。

 データが破損していなければいいのだが……。


「でもお前、携帯ショップの場所とか手続きとかそう言うの分かるのか? それに俺達も暇なんだ。遊びついでに手伝ってやるよ」


「うん。僕も最新のやつ見て見たかったから……良いかな?」


「……それならば、まあ」


 最後の一言で不安が更に増したが、心強い。

 斎は大丈夫だよと安心させるように言う。


「玲央君、ああ見えて機械系とかそう言うのには強いから。実は僕の携帯も、玲央君に薦められたものを買ったんだよ」


「それは意外だな。てっきり叩けば直る系かと」


「ね、ほんとビックリ」


 御幸の驚きにふふっと笑う斎。


「聞こえてるわ!」


 そんな彼らに怒りを露わにしながら玲央が吠えた。


 ◆


 ゲームセンターで散財し、フードコートでアイスを食べる。

 今や絶滅危惧種扱いされている駄菓子屋に入れば、子供の時に夢見た大人買いを決め込む。そんな、どこか当たり前で普通な男子高校生の日常に、御幸は自然と表情を柔らかくしていた。


 勿論目的である携帯端末の変更も忘れてはいない。

 玲央が選んだ機種にした御幸の鞄には、最新のスマホが入ったケースが学生鞄の中に入っている。


「やべ、もう直ぐ六時じゃねえか」


「玲央君の家、確か門限があったよね」


「ああ。七時時までに家に帰らなきゃ、姉貴に殺されちまう……!」


 時計に表示される時刻を見て、顔を青さめる玲央。

 どうやら七時には夕食を食べるようで、要はそれまでに帰ってこいという事らしい。


「それじゃあ帰る?」


「うーん……明日休日だからよ、親に頼んで時間遅らそうかと思ってんだけど」


 よほど家に帰りたくない事情があるのか、それとも本当に遊んでいたいだけなのか。

 思春期に良くある精神の揺らぎ、理由のない、漠然とした気持ち。

 これが普段の御幸ならば、口調を強めて帰ろうとしたのだが、しかし彼もまだ子供だ。


「まあ、いいんじゃないか。今日ぐらいは」


 少しばかり羽目を外しても良いのではないのだろうか。

 常日頃から自分を律し続けている御幸にとって、そんなことを考えるのは極めて珍しいことだった。


 そう、羽目を外していた。

 学園生活という、普段の日常とはまた違ったぬるま湯に浸かっていた御幸は、徐々に変わっていった。


 ──故に。


「うわっ、なんだ地震か!?」


 突如としてやってきた大きな振動に、玲央と斎は驚きながら辺りを見渡す。

 だが普通の地震とこの揺れは違う──その違いに気づいたのは、苦しくも爆発物を取り扱ったことがある御幸だけだった。


 爆発物。そう、爆発。

 最悪のケースが頭を過ぎる御幸を他所に、下のフロアから悲鳴が聞こえた。

 御幸は即座に吹き抜けになっているエスカレーターの陰から下の様子を伺う。


 そこには一人の黒色のローブを被った人物が立っていた。

 ローブのせいで顔が良く見えない、が男なのだろう。骨ばった手が見える。

 男性の手には小さな機械が握られていた。


(あれは──)


 そして男性の声がした。


「全員動くな! すでにこの建物には爆弾が仕掛けられてある。このスイッチを押せば爆発するぞ!」


 その言葉に周囲の人間の表情がこわばった。

 そう、爆発による事件を彼らは知っている。

 コラドボムの脅威はいまだに消え去ってはいないのだ。

 先ほどの爆発も相まって、目の前の人物が本気だということを理解させられる。


「逃げようとしても無駄だ。すでにここら一帯は封鎖されている。電波も一時的にシャットダウンさせた」


 御幸は慌てて連絡用の端末である無線機を取り出す。

 確かに無線機は繋がらなかった。

 これなら、恐らく男の言っていることは間違ってはいないのだろう。

 外への脱出は不可能かもしれない。


「私の目的はただ一つ」


 男は上階にいる者たちにも聞こえるように顔を上に上げる。

 慌てて顔を隠す御幸。


「だが一つだけ連絡手段はある。警視庁公安部に直に繋がる回線だけは残しておいた。私の目的はそこにある」


 警視庁公安部──御幸の表情が固くなる。

 そして男は告げた。


「公安部『異能課』──その中にいる『最強』と謳われる者をここに寄越せ。あと十分以内に来なければ、この建物を爆発するぞ」


















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