チート能力者の出番


(『最強』の能力者……だと)


 今し方あの男が発した台詞に、御幸は心当たりがあった。

 否、心当たりがあるどころか、寧ろその当人だ。

 世界最強の能力者──自他共に認め、そして真理がそう世間に吹聴した都市伝説にも近しい噂。何故そんな物騒な噂を吹聴したかというと、そこには秩序を守るという大義名分がある。


『噂がどうであれ、実際にこの都市での犯罪率は大きく減少している。正義の執行者は強くなくてはいけないからね。その噂で犯罪を防げると考えれば一石二鳥だろう?』


 だなんて、そう真理は言っていたが──。


(寧ろ逆なのでは? 禊の件もそうだが、この異名のせいで更に厄介ごとが舞い込んでいる気がする)


 力持つものにはそれ相応の覚悟と代償が必要だ。

 御幸の力を狙うものは依然としているし、寧ろその不必要な噂のせいで更に増しているような気さえする。


(だが今はどうこう言っている暇はないな……)


 この現状をどう打破すれば良いのか、とは考えなかった。

 いくら弱体化を喰らっているとはいえ、御幸の能力はいまだ健在。

 少し本気を出せば、少なくとも中に閉じ込められている人たちぐらいは助けられるかもしれない。


「『最強』の能力者……? おい、それ聞いたことあるか?」


 とりあえず、御幸が玲央たちの元へと戻ると、玲央は斎に聞いている最中だった。


「ううん。というか、異能課自体がアングラ過ぎて、末端の情報でさえ秘匿されているんだ。僕たちには分からないよ……」


 公安の、特に異能課に関わる情報は全て秘匿されている。

 しかもそのセキュリティは十年前、たった一人で未曾有の技術特異点シンギュラリティを食い止めた澪が受け持っているのだ。国家単位のハッキングを行わなければ異能課の日報ぐらいをみることは可能だが、それ以上となるともはや文字通り『次元が違う』。


「そうだよなー。それに異能課って滅多に採用取らないじゃん? 才能が全てだそうだ、あそこは」


 慣れているのか、意外と冷静な雰囲気を出す二人。

 逆に御幸が驚くことになった。


「これからどうなるんだ?」


「さあ? んまあ、この都市の警察は優秀だからよ、直ぐに来るんじゃないのか? その最強って奴が」


 確かに、もしも御幸ならば相手の条件を呑むだろう。

 だが今はそれがマズイ。

 当の本人である御幸がここにいると言うこともそうだが──。


(俺が異能課の、しかも『最強』だと玲央達に知られるのは嫌だな)


 そこまで考えて、はたと御幸は気づいた。


……?)


 不都合だ、でもなく。

 不必要だ、ではない。

 許可が降りていない、すらでもなく。


 ──嫌だと、御幸は初めて使命感ではなく自分の感情を優先させた。


(そうか、楽しかったんだな。案外)


 眠気を堪えて学校に趣き、皆と一緒に授業を受け、共に学び、切磋琢磨し、絆を深め合う──と言えるほどの時間を過ごしているわけではない。

 だが、そんな些細なことでさえも、御幸にとっては久方ぶりなのだ。


 ……いや、あの暗黒期である中学時代を除けば、御幸は初めて同級生と接し、初めて友達と食事をとり、こうして初めて友達と遊んでいる。


 楽しくない、はずがない。

 だからこそ御幸は恐れている。自分の肩書きがバレれば、もうこんな日常は送れないかもしれない──と。

 そして御幸の存在を知ると言うことは、後々何かとても大きな事件に巻き込まれてしまう可能性もある。


(栞──)


 脳裏に、中学生時代の後輩の姿が過ぎる。

 フラッシュバックする過去の罪トラウマ

 御幸はあの時、とても大きな罪を背負った。

 もう自分のせいで、誰かを傷つけたくはない──。


(だが……どうすれば良いんだ)


 他の仲間が来るまで、ここで身を潜めれば良いのか。

 幸い男はあの場所から動く気配を見せない。

 上階にいる御幸はこのまま何もしなければ、そもそも御幸の素性を知らないだろうから、絶対にバレないだろう。


(だがそれはおかしくないか? ──どうして素性を知らない奴のことを、こんな大ごとにしてまで要求する?)


 以前御幸を求めてやって来た、コラドボムの一員でありでもあった狂崎一矢。彼は幼い頃からの洗脳により善悪の判別がつかないまま強大な力を振り撒く厄災だった。だがそんな彼でさえ、禊による指示があったとはいえ事前に御幸の情報は知っていたのだ。


 何かがおかしい──訝しむ御幸の耳に、玲央の声が入る。


「それにしてもさ、あの『最強の能力者』って噂されてるやつと、あの事件を解決した正体不明の『チート能力者』──一体どっちが強ぇんだろうな」


「もう玲央君、今はそんなこと言ってる場合じゃないよ」


「えーだってさ気になるだろ? 斎はどう思うよ」


「うーん。その『チート能力者』って僕たちと同じ学生なんでしょ? なら少なくとも大人である能力者には遥かに実践能力が劣るだろうから、たぶん『異能課』の人が勝つんじゃないの?」


 斎の意見を聞いた怜央は続けて御幸にも尋ねる。


「さ、さあ......俺はそのチート能力者とやらを知らんからな」


「えー知らんの!? なんでもアリシアも巻き込まれたっていう事件らしいぜ」


「へ、へぇ。アリシアが」


 未だアリシアとの学園内での距離が分からずにいる御幸は、そんな曖昧な返事を溢す。


 しかし、御幸は元々そんな仰々しい異名を得ようとして狂崎に立ち向かったわけではない。

 巡りに巡り、幾つかの偶然が重なってそう呼ばれることになっただけだ。


 ――そうか。


 御幸はそこで気づく。

 なにも御幸だとバレなければ良い。

 偶然にもこの場所にいた謎の能力者だと、錯覚させてもらえれば――。


「すまない、少し催してきた」


「お前、こんな時にかよ......肝っ玉でけぇな」


「生理現象だ。お前に沢山コーラを飲まされたからな」


 少し前、ゲームセンターコーナーにてリズムゲームに興じている所に怜央が勝負を持ちかけた。内容は至極簡単で、この太鼓のゲームでより高得点を取った方が勝ちというものだった。

 普段、暇な時間があればゲーセンに寄る程度の御幸は、実はまだリズムゲームに触ったことがなく、普段はレーシングゲームでたまに遊ぶぐらいだった。


 しかし元来として挑まれた勝負は乗る気質だ。

 流石に斎には負けないだろうと思っていたが、意外にもこの手のゲームは斎の方が遥かに上手く、結果御幸は一番簡単な難易度でも二人には勝てなかった。


 罰ゲームの内容はその時に決める形式だったため、ちょうどその時御幸が何のきなしにやったクレーンゲーム、そこで大量のコーラをゲットしてしまったため、玲央が面白がってそのコーラを全部飲めと言ったのだ。

 無論ただのお遊びなため、ギリギリのところで止めるつもりだったのだが、何せ相手は世界最強の能力者。胃の中が全て液体になったとしても顔や態度に出る男ではない。


 まあ、要するにただの痩せ我慢である。当然そのフィードバックは出るわけで。


「そう言うわけだ。余裕で数十分は掛かるかもな」


「うぐぐ。バレないようにな」


 発起人である玲央は苦い顔を浮かべながら御幸を見送る。

 斎はごめんねと玲央と共に謝っていた。

 気にするなと御幸は少しだけ申し訳なく感じて、玲央たちから離れる。


「さて──と」


 先ほどはああ言ったが、別に本当に尿意を感じているわけではない。

 正義の執行人が漏らすわけないのだ。

 御幸は周囲の人にぶつからないように、音を出さずに通路を駆け抜け、アパレルショップから黒色の大きなトレンチコートを奪取する。

 それらを被さって、続けて数時間前に通った駄菓子屋から、キツネのお面を手に取る。


 お面を顔に付け、御幸は吹き抜けの柵を飛び越えて一階へと降り立った。


「……!? なんだ、何の音だ?」


 男は突如として鳴った小さな物音に顔を強張らせる。

 周囲にいる人たちも何が起こったのか分からないような、怪訝な表情を浮かべている。


 誰も、御幸の姿を捉えられない。

 自身の能力を使い、光の屈折率を操り光学迷彩の如く自身を隠したのだ。

 御幸はそのまま動き、男がもつ爆弾のスイッチを無理やり奪い取った。


「……っなに!?」


 その瞬間、男は能力を使ったのか奪い取った御幸は何か透明なものに憚れ、その体は軽く宙を舞った。

 軽く吹っ飛ばされた御幸は驚きつつも着地をし、能力を解除する。

 男の眼前に、トレンチコートにキツネのお面という変な格好をした少年が出現した。


「誰だ貴様は」


 見えない空間の歪みが男の周囲に浮かび上がる。

 御幸はそれらをお面越しで観察し、その正体を掴もうとする。

 しかし流石に何者かを明かさねば、周囲にいる人たちの不安はさらに上がることになるだろう。せめて敵味方をはっきりせねばなるまい。


 そういった思惑から、やがてそのお面の少年は言う。

 自らの正体を──。


「通りすがりの、ただのチート能力者だ」


 この時、御幸は初めてお面をつけた自分の行動を褒めた。

 恥辱で顔がやや赤くなるのを、御幸は感じていた。


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