御幸と玄光
「なぁ……」
「なんだ?」
地面よりかは幾ばくか柔らかい、マットに頭を付けた玄光は、目の前で見下ろしている御幸の方を見た。元々勝敗などとっくのとうに分かっていた。玄光は全身汗だくなのにも関わらず、御幸の方は汗一つとして流していない。
「なんで、そこまでしてお前は――誰かを助けようとするんだよ」
それは、いつの日かに訊ねた問い。
御幸は玄光を制するにあたって、能力は一切使用していない。だがそこは流石世界最強と謳われた少年である。玄光はなす術も無く投げ飛ばされて一発KOだ。玄光には御幸を止められない。
「何も御幸じゃなくてもいいじゃねぇか……警察の上層部には、強い能力者が沢山いるんだろ? なんで――」
「……嬉しいんだよ」
玄光の問いに、御幸が答えた。その言葉に玄光は一瞬言葉を詰まらせるが、御幸は倒れた玄光に手を差し伸べながら続けて言う。
「犯罪者だった奴らが、陽の元でちゃんと働いてまっとうに生きているって事がさ。その助けに俺がいたんだって思うと、嬉しくなるんだ」
みんなには絶対に見せないがな――と、御幸はそう照れ隠しの様に口元に手を当てる。
玄光はその言葉に呆気に取られている。何も言えないまま、だが堪えきれずに吹き出してしまった。なんだと御幸が口を尖らせながら言った。
「どこかおかしいか?」
「……いや、何もおかしくねぇよ。あぁ本当に、お前ってやつはいつだってそうだ」
いつだって強くて、頼りになって、玄光の一歩前を歩んでいく。冷たくて、ケチで気を抜けば置いて行かれそうだ。だけど玄光は――そんな御幸に憧れたのだ。
「誰かを傷つけるために戦うんじゃない――誰かを守るために、助けるために戦うんだ」
上階の方で振動が鳴り響く。既に戦闘は始まっている。
御幸は上階の階段へと足を掛ける――その背後から、声が掛かった。
「御幸っ!」
玄光は最後に、御幸に向かって大きな声で叫んだ。
「絶対、勝てよな!」
玄光のその言葉に、御幸はフッと微笑を浮かべながら「あぁ」と言って、階段を駆け上った。
アリシアと少女との姉妹喧嘩は、白熱を極めていた。
あらゆるエネルギーを吸収する少女の氷は、展望台の端から徐々に中央へと浸食していった。だがそれに負けじとアリシアの自身の能力を展開させる。
「たった五日程度で、ここまで……っ!」
互いに氷の支配領域を拡張しつつ、しかし目の前で繰り広げられる弾幕にも力を入れる。
氷の弾幕は苛烈を極め、アリシアも少女も、被弾は避けられないでいた。
そう――少女の『
「どうして……平気でいられるのですか!」
少女の氷が、アリシアの足元を捉えた。その時点で、立ってはいられない程の倦怠感が彼女を襲うはずなのだが――アリシアは何ともない様に、逆にその氷の床に足を一歩踏み出した。
おかしい、何かおかしい――その時になって、ようやく少女はアリシアの氷の持つ異常性に気づいた。
「氷が……熱い?」
転がり落ちた氷に触れてみる。その氷は、熱かった。ただの熱さではない、少女はこの熱に、どこか見覚えがあった。
「まさか………」
元々、同じタイプの能力だというのは気づいていたが――そこに隠された真実を無視していた。少女の『奪う氷』――もしも、目の前の彼女が自分の『■』なのだとしたら。
自分の性反対の様な性格をしているアリシアの、その能力が――。
いや、そんなのおかしい。
偶然に、決まっている。
「いいえ――偶然じゃないわ」
熱風と冷気が激突しあい、凄まじい風が吹き荒れる中、アリシアは少女の、その蒼い眼をじっと見つめながら言った。
「貴方が奪うなら、私は与える――」
ようやく分かった。自分のこの能力の本質が。
これはただの不完全な能力なんかじゃない。
長い時間が掛かったが、だがそのおかげで大切な事を思い出した。
前提から違っていたのだ。これは、敵を倒す為の能力ではない。
これは元々――自分の妹を助けたいと言うアリシアの確かな愛情から生まれた能力なのだから。
「なんで……そんな、能力を……」
「当たり前でしょ。私たちは――姉妹なんだから」
ようやく気付いた――自身の能力。
アリシア・エーデルハルトの本当の能力は――『エネルギーを与える』能力。
あの日離してしまった手を、もう一度繋ぐために、アリシアはこの力を望んだのだ。
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