会議は踊らず、進まない

 

 新宿に居地を構える公安部の中でも特に戦闘派の組織――『異能課』。

 上司である真理が集めた選りすぐりのメンバーで構成された異能課の特徴といえば、国家最大とも呼べる力が集まっているということだろう。


 言わずもがな、自他ともに認める世界最強の能力者『神代御幸』。

 希少な覚醒能力者にして未だ発展途上の蒼き氷熱『アリシア・エーデルハルト』

 類を見ない特異・創造具現化系能力を保有する現代の異能『白馬創一』

 元傭兵にして御幸達の師匠。不可視不可思議の銃弾アンビジブル・スナイパー『リース・エリック』

 異能課唯一の非能力者にしてネット界の女帝『高屋敷澪』

 未だ実力を見せない実力者。御幸たちの母親代わりを務めるもうすぐ三十代『折木真理』


 ――そして新参者の『山田玄光』。


 計七人が異能課のメンバーだ。

 他にも真理の協力者と言えば様々だが今回は割愛するとして。この七人が第三都市の平和を保っていると言っても良い。


 その異能課のメンバーはそれぞれが都市の治安維持のため外での任務を行っており、それ故に異能課のメンバーが複数揃うことはなかなか珍しい。


 しかしながら今日この日は別だった。


 御幸を除く異能課メンバーが終結していたのだ。

 重々しい雰囲気のなかには、コラドボムに関わっているガブリエルもいる。


「それで、いったいなんの様スか真理さん」


 現状、なにも知らないのは第三都市ではなく第二都市での任務を完了し、そして新人ゆえに御幸を取り巻くしがらみを全く知らない第三都市に戻ってきた玄光だけだった。


「え、リースさんからオレのお疲れ様会やるって聞いたんだけど……なんスかこの空気、まさかリストラ!? まさかのお疲れ様会じゃなくてお別れ会だった!?」


「いや君のお疲れ様会は次回やるとしてだ。まずは白馬君、先日起こったことをもう一度話してくれないか?」


 通常運転で暴走する玄光を嗜めつつ、デスクの椅子に座る創一に真理は目を寄せる。

 先ほどから一向に黙り込んでいる創一は、その重い口をようやく開けて説明した。


「五日前の午後十時、ビルの屋上で僕たちはあの少年と対峙しました。背丈は御幸君と同じぐらいで……名前は分かりません」


「名前が分からない? 創一、そりゃどう言うことだ」


 名前は知らないと言うならまだ分かるが、分からないと言うのはおかしな話だ。

 玄光の当然とも言える疑問に、創一は申し訳なさそうに薄ら笑う。


「分からないんだ。確かにあの時、あの少年は自らの名前を明かしたけれど、今となっては文字数すらも怪しい。……確か、三文字四文字だった気がするんだけど」


「ん? 私の記憶だと四文字三文字だわ。まさかそれが奴の能力だって言うの……? だけどそれじゃあ私の氷を溶かした現象に説明が付かないわね」


「姉さんの氷は一般とは違いますから……ただの熱で溶かされたと言うより、その能力自体を無効化されたと考えても良いかもしれません」


「まあ待て二人とも。玄光君がいま面白い間抜け面を晒している」


 真理は思考がこんがらがる玄光の顔を見て笑う。


「何言ってるか全っ然分かんねえ……というかなんだ? これって新たな脅威が現れたってことか?」


「そン通りだ。少なくとも創一が勝てない時点で相当の実力者だということが分かる。創一、オメエあの時全力でやったか?」


 リースが髪を掻きながら創一に問う。

 創一はええと頷いて。


「ただすみません、負けたということだけはわかるのですが、どうやって負けたのかが思い出せない。彼がなんの能力を使ったのか、監視カメラはどうなんですか?」


「一応こっちで確認してみたんだけど全然ダメ。砂嵐っていうか、ジャミングというか、データが破損しかかっていた。これ、相当やばいことだよ」


 常に自宅警備員だったはずの澪が気だるそうに自作のノートパソコンを皆に見せる。

 青色のパソコンのディスプレイには砂嵐が舞っている。そこからどうやら解析できたものが次の動画であり、そこにはややぴんぼけした二人の人影が取っ組み合っている所が映し出された。


 だが取っ組み合っているだけで能力を使う兆しすら見えない。どうやら動画はそこで終わったのか、ぷつっと停止し、再生マークが表示された。


「ああ、やはりヤツか」


 それで納得がいったのだろう、真理がため息を吐きながらその巨きな胸を揺らす。


「やはり、とは。なにか知っているんですか折木さん」


「知っているもなにも、その人物が前に私が言っていたやつさ。どうやら私の感もそう、侮れないらしい」


 面倒くさそうな顔を浮かべながら、真理は続けて言う。


「やつの事を調べるのは止めた方が良い。。誰の記憶からも抜け落ち、システムでさえやつの姿は捉えられない。私も辛うじて顔は憶えられているが、名前なんてスッカリ忘れてしまったよ」


「それが……その人物の能力だと?」


 信じられねえ、とリースは言った。

 そもそもこの都市にいる時点でDAカードの発行は必須だ。それに顔も、名前すらも憶えられない人間なんて、果たしているのだろうか。


「――そのような人、一人だけ心当たりがあります」


 緊迫とした空気に、ガブリエルが呟いた。


「ガブリエル、なにか知っているの?」


 はい、姉さん――銀色の髪を揺らして彼女は続けて言う。


「以前、禊さんが会っていたような気がします。私も同席とまではいかなかったですが、近くにはいましたので。禊さんはなにかあの人に相談を持ちかけていました。恐らく……電波塔の事件に関することです。禊さんは凄く悩んでいましたから――」


 禊とはコラドボムのリーダーであり、万物を等価交換する能力『交換義手スキル•トレーダー』を保有する日本で六人目のSSSランク能力者だ。

 先の電波塔事件で、御幸との死闘を行い、結果的に御幸に敗北、その後、暗部の一人にナイフを突きつかれ、現在も意識不明の状態で入院している。


 そこで思い出したかのようにガブリエルは口を開く。


「思えば、あれで禊さんは決行することを選択しました」


「……実に彼らしいな。人をその気にさせるのが巧すぎる。全く、本当に私の嫌いなタイプの人間だよ」


 真理は創一の方に視線を向ける。


「創一君、君はなにか変なことを言われなかったかい? やつの言葉は猛毒だ、もしもなにか言われたのならば言ってほしいものだが」


「いえ……なにも。なにもありませんでしたよ。あったかもしれませんけど、


 存在を記憶できない人物がこの世に存在するのか──ここまでの会話を聞いて、玄光は訝しむ。そもそも会ったと聞いても、そもそもどこで、何の用があって?

 当然ながら自分には知る権利はない。一応リースから極秘任務だと最初に伝えられたから、堂々と真理に質問するなんてことは無かったが。


「現状、そういうやつだとしか言いようがない。だがどんなに忘れたくとも忘れないくらい、やつの性格は知っている――やつは平気で人を殺せることが出来る男だ。それだけで如何に我々が注意を払わなければいけないのが分かるだろう?」


 そのような人物を相手して、そして現にSSSランク能力者を封している時点で、もはやこの都市の存続自体危ういのではないのか。

 ならばどうして──。


「どうしてここに御幸の姿がないんだ?」


 唯一集まっていない高校生。

 玄光の恩人にして心の師匠、一番尊敬する人物であり越えるべき目標。

 世界最強の能力者──神代御幸の姿がここにいないことに、ようやく玄光は訊いた。


「───」


 事情を知る者は黙り込み、玄光と同じく事情を知らないガブリエルはただ、場の成り行きを見守るようにそっとアリシアの裾を掴んだ。


「彼はね、御幸君の中学の先輩だった人物なんだ。唯一、それだけが彼の実在する証明となりうる証拠なんだけどね。無論名前はとっくのとうに『秘匿』させられてたけども」


 真理は玄光にとある一枚のカード類を見せる。

 それはDAカードではなく、どこにでもある、ありふれた学生証だった。

 だが印刷したときに壊れているのか、所々穴がある。

 特に名前と顔写真のところなんかは、見分けがつかないくらいに破損していた。


「辛うじて男ってことは分かるが――う、そだろ」


 印刷された日時が記載されているところに目をつける。

 そこには二年前の月日が示されていた。

 つまるところ、一度印刷してしまったものでさえ秘匿させられた──そう言うことだろう。


 言わば事実の改変である。こんなの、並みの能力者では到底できる訳がない。


「余計に訳分かんねぇすよ真理さん。そんな危険人物を、御幸が野放しするはずがねえ。いくらその時能力を隠して生きていたにせよ、それで見逃すってほど、オレの知っている御幸は弱くない」


「随分と彼に熱い感情を向けているようだが、まあ、確かに私も同意見だ。ならばこう考えることも出来ないか──もしもその男が、御幸君が、唯一だとすれば?」


「……あり、えねえ」


 玄光にとって御幸とは、やはり世界最強で、そして何よりも悪を許さない男だった。

 救いようがないと自覚していた玄光を光の世界へと戻してくれた御幸。

 どんな強敵でも、自身の命すら厭わず助け出そうとしてきた、心優しき少年。

 多くの犯罪者を救い、そして間接的に顔も名前も知らない多くの人を助けてきた。


 そんな御幸が、誰かを『救えない』と判断して投げ出したのなんて、そんなことは信じられなかった。


「御幸は……今、どこにいるんすか」


「さあ。ただ今日は学校があったはずだからね。今頃お友達と楽しく遊んでいるんじゃないのかな」


「あいつなら、前日スマホが壊れたから今日買い替えるつもりらしいわ。ほら、コラドボムの一件でボーナス入ったじゃない」


 アリシアは続けて「今ごろあのバカ達と一緒にバカやってるんじゃないの?」と言う。御幸の学園生活についてあまり知らなかった玄光はそうかと保護者面で少しホッとしたような顔を浮かべた。


「と言うことは、この件は──」


「ああ。なるべく彼には隠しておきたい。できれば、我々だけで決着ケリを付けたいところだよ。ただ相手の目的が分からない以上、今は警戒網だけで精一杯だがね」


 そう、何よりも恐ろしいのは、未だもって相手の思惑が分からないことだ。

 以前のコラドボムの事件では、電波塔の爆破という目的が分かっているからこそ、最適な人材を動員でき、結果的に爆破はされはしたものの、御幸の自己犠牲とも呼べる行動でなんとか事なきを得たのだ。


 なにをするか分からない、これ以上に恐ろしいことはない。


「せっかく皆が集まったのに、あまり有益な会議にはならなくてすまない。ただ、各自頭に残しておいてくれ――その少年と思しき者に出会ったら、直ぐにその場から逃げろ」


 最後に、らしからぬ真理の忠告に、改めて危険な存在だということを再認識した皆たちだった。


 ◆


「さて、遅くなったが第二都市での任務ご苦労様だ。リース、玄光君」


「いえいえ。オレ、他の都市に行ったことなかったんで、新鮮でした」


 それから少しして、異能課には真理とリースと玄光の三人しかいなかった。

 真理は報告書を読み終えてから、二人に労いの言葉を掛ける。

 第二都市の暗躍――といえば格好良かったのだが、玄光達の任務はただの張り込み調査と後方支援なぐらいだった。


「大物は私が引き受けたし、後は君たち二人でも大丈夫だと判断してのものだったが、うん、期待以上の活躍だ。リースにしては珍しいな」


「コイツが頼んでもねえのに厄介ごとを持ち込むからよ……手柄の半分以上は玄光の手柄だ」


 どうにも人懐っこい性格をしている玄光は、あの表に出さなかった事件の後始末を一任されていた。とはいってもあとは事後処理みたいなもので、専門家を雇い面倒くさい金回りのことをするだけで良いのだが。


「やっぱり家とか壊れてますからね、事情を知らない人たちが可哀そうだし」


「まさかそれだけで大企業を動かすとは思わなかったよ。まったく、君はいつ重役とお友達になったのかな?」


「直談判っス。一応前に勤めていたところが似たような系列だったんで、あとはもう気合っすよ気合!」


「あっはっはっは! 本当に面白いな君は、期待以上だよ」


 もちろん、玄光のせいで異能課にはそれなりの額が請求されているのだが、まあなに、こんなのはした金に過ぎない。真理は心底愉快そうに笑うと、穏やかな顔つきで頷いた。


「人は衣食住の内どれか掛ければなにかが狂ってしまうからね。ああ、それは私も同意見だ。せめてなにも知らない人たちには、平穏に過ごしてほしいからね」


 人々の平和を守り、悪を成就させる前に折る――それが異能課の目標モットーだ。

 少しはその役に立てただろうか、そんなことを思っていると。


「……うん? すまない、少しでさせてくれ」


 異能課の固定電話から着信が鳴った。

 いつもなら事務職である玄光が電話を取るのだが、今回ばかりは話が違うらしい。

 その電話番号を見た真理が、我先へと受話器を取る。


「私だ……なに? 立てこもり事件? 『世界最強の能力者』を出せって?」


 真理はしばらく電話の主と会話をしており、数分後には切ってしまった。

 リースがため息を吐きながら今度はなんだとつぶやく。


「どうやら近くにあるモールで立てこもり事件が起きたらしい。なんでもその犯人様は我々の切り札、神代御幸君をご所望だと。そうしなければ爆弾を爆発させるとか」


「なんだそりゃ。どうしてわざわざ捕まりに行く。しかもこんなに大事にして……」


「一応、都市内の人員はなるべく割くな。この事件をデコイにして、警部が手薄になったところを叩く……なんてこともあるからな。なんにせよ御幸は出せないよ。あの子の楽しみを奪うのは酷だろうし、今の彼に過激な戦闘はマズい。リースとアリシア……アリシアはダメだな、人目が多すぎる」


 モールの中にはアリシアの同学生がいるかもしれない。

 そんなところに出すのも酷だろう。

 それにリースだって元軍人の能力者だ。後方支援だけと言っても十分前線で活躍できるくらいの実力はある。


「……ところでだ」


 真理はリースの隣の空間を見つめる。


「玄光君はどこに行ったのかな?」


「ああ、アイツなら御幸の名前が出ただけで出て行ったぜ。今頃場所がどこなのか分からず右往左往しているだろうな、空中で」


「……リース、玄光君をサポートしつつ現場へと急行してくれ、行けるな」


「はいはい」


 真理のその要請に、リースは大きくため息を吐きながら、取り敢えず空中で右往左往している玄光へと連絡をするのだった。

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