決闘終了


 会場の観客席――そのVIPブースにて。

 多くの観客が御幸達の戦闘を見て騒ぎ立てているのとは反対に、彼ら――アリシアと氷室の反応は冷めたものだった。


「へえ、まさか能力を使わずにあの人の攻撃を防ぐなんて……対人戦闘に置いては彼の方が上かな?」


 確かに徒手空拳に置いては、御幸の方に軍配が上がりそうな勢いがあった。

 アリシアはゴクリと唾を呑みこみ、怒っているのか呆れているのか、分からない表情を浮かべている。


 何を躊躇しているのか分からないが、玲福寺を軽んじてはいけない。

 気の置ける友人たちとは違うのだ――あの人は。


「だけど玲福寺……先輩には、」


 アリシアの言葉に氷室が頷く。


「アレがある――あの人は劇場型だからね、ボルテージが最高潮に達する前に勝負を付けたかったんだけど」


 その瞬間、玲福寺の速度が更に上がった。

 能力を使ったのだ――。


「『白雷電光ハイヴォルテージ・ギア』――来たぞ、蒼い閃光のご登場だ」


 傍観しているアリシア達でさえ、目を凝らしてようやく残像が見える速度だ。

 彼からしてみれば、その程度の速度なのだが、とても強化系の能力者でなければ対応は不可能。


(『白雷電光ハイヴォルテージ・ギア』は己の肉体に微弱な電気を流して強化する、Cランクの能力)


 強化系の中でもCランクの能力というのはまちまちだ。

 何故なら、そのほとんどが現代技術の力で補えるもの。

 その為強化系の中でもCランクというのは総じて全体評価も低い傾向がある。


 しかし、彼は違った。

 玲福寺零夜は鍛錬を積み、己の天才的な格闘センスを基盤に、更にその能力を昇華させた。


 電気の電圧を強くし、強化の増強を。

 脳神経に流すことにより俊敏性アジリティの増加、動体視力の増加を手に入れた。

 そして瞬間的な判断力とそれに伴う行動の素早さ。

 それに加え、エンドルフィンなどの脳内物質を自由に出すことにより、あらゆる痛みへの防御と自身の戦闘欲を増加する。


 そして零夜自身、劇場型であり戦闘が長引けば長引くほど更に出力ギアは上がっていく。


 戦闘に置いて、本気を出した玲福寺零夜の潜在能力ポテンシャルは御幸を遥かに超えているだろう。


「――どうやら、終わったようだね」


 防御態勢を取っていた御幸が捌ききれず二、三手後に吹き飛ばされた。

 地面に転がり砂埃が舞う。

 それを見た氷室が眼鏡を掛けなおして、席から離れた。


「いいえ、アイツなら立ち上がるわ――」


 出口に向かおうとする氷室を止めたのは、アリシアによって呟かれた一言だった。

 その瞬間、凄まじい風が吹き荒れた。

 ガタガタとガラスが震える。


 どんな時でも、神代御幸という少年は立ち続けてきた。

 アリシアは今日何度目かのため息を吐いて、小さく、誰にも聞こえないぐらいの小声で言った。


「さっさと勝ちなさいよ……バカ」


 ◆


 神代御幸の変化について、それは観客席に座る生徒たちにも伝わっていた。


「お、おいおい……なんだあの白髪の奴!」


「玲福寺先輩に追い付いている……? まさか、さっきまでずっと能力使ってなかったの!?」


「い、いやいやそれはねえだろ……そしたらバケモンじゃねえか。初期段階の『白雷電光ハイヴォルテージ・ギア』っつても、普通の強化系よりも強いんだぞ!?」


 周りからそんな言葉が聞こえてくる。それらを聞きながら、応援しに来た玲央と斎が顔を見合わせる。御幸の強さについては、ある程度は予想出来ていたが、まさかここまでだとは誰も思わなかった。


「い、いやでも幾ら何でも、玲福寺さんには敵わないだろ……」


「う、うん……幾ら御幸君でも、だって、玲福寺先輩は無敗なんだよね?」


「あぁ。俺も一度あの人と戦ったけど、勝てる気がしなかった」


 己の拳を見ながら、玲央は入学して早々に起きた決闘を思い出す。

 玲央も最強とまでは言わなくとも、そこらの能力者より強いという自負は持っていた。いや、実際最強だと思っていた。玲福寺零夜と戦うまでは――。


「あの人の怖いところは、簡単に人を殺しちまう危なさだ。躊躇なく殺しに掛かってくる。あの人だけ闘いじゃなくて殺しに来てるんだ」


 普通、いくら戦闘が身近にある能力者でさえ、人を理由も無く殺しはしないだろう。


 しかし玲福寺零夜は違う。面白くて人を殺しにかかってしまう。


 殺しと戦闘は訳が違う。

 その訳の違いさを分かる者など、この世に早々いないだろう。

 それが学生ならば尚更――そんなの、殺し合いが日常なのだと言っている様なものだ。


 だから玲福寺零夜には誰にも理解されない。

 だから玲福寺零夜には誰にも勝てない。

 だから玲福寺零夜には追い付けない――。


 その時、一人の学生の声が玲央たちの耳に届いた。



「いや……むしろ追い越してんじゃね?」



「……ッく」


 御幸の猛反撃に、一手ごとに素早くなっていく攻撃に、遂に零夜から笑いが零れた。


 追い詰められることは、今までも何度かあった。

 所詮は強化系のCランク。相性不利な能力を使われたり、それ以外にも零夜が定めた圧倒的なアドバンテージ故に追い詰められることはあった。


 しかし、どんな逆境でも少なくとも打開策はあったし、何しろ退屈だった。

 そう――退屈。欠伸が出てきてしまいそうな程の退屈。

 だって自分が本気を出したら勝ってしまうし、だけどなるべく生徒は傷つけたくない。


 別に殺人衝動を抱えている訳ではない。

 ただ、どうしてもみんなが弱すぎて、いつも退屈していた。

 退屈凌ぎになりそうな能力者は数多といるが、それでも肌をヒリつかせる様な、本気マジの闘いをしてみたいという望みは膨らみ続けた。


 そんなある日、零夜は小耳に挟む。

 ――評価Fランクの癖に、総合評価Sランクを取った猛者のことを。


「素晴らしいよ、君は。まだまだ上がっていく――」


 全ては玲福寺家に敵うような人間になるために。

 そして――たった一人の兄に勝てるように。

 青髪を靡かせながら、零夜は一歩退いて御幸に言う。


「いつだって物足りなかった。僕が本気を出しちゃうと勢い余って殺しちゃうからね――けど」


 電気が可視化できるほどに増幅する。

 恍惚感に酔いしれそうになる。

 それと対峙している御幸も、その感覚に当てられたのかフッと笑い。


「君ならば、本気を出してもいいかな?」


「さあな。それよりも、自分の身を護る事を優先した方がいいぞ」


 御幸もそれに連れられるかのように、自身の能力の出力を上げさせる。

 電磁波が飛び交い、まるで重力が増したかの様な印象さえ受ける。

 ドーム全体を包み込むように、空気が震える。


 上部にあるモニターの画面が歪み、ぴしりと、ヒビ割れた。


「な、なにが起こってるんだ……!?」


 あまりの異常な事態に、観客席に座っていた生徒たちが全員立ち上がり、何事かと辺りを見渡す。


 VIPブースで見ていた氷室が、冷汗を見せながら顎に手を当てて呟いた。


「信じられない……こんなの、自然現象だけじゃ考えられないぞ……! !」


 どこからか持って来たノートを開いて、今しがた起きている現象を書き込んでいる。


 だがアリシアには何となくその現象が分かっていた。


 要するに、異次元の現象には、異次元のエネルギーが関わっている。

 その異次元のエネルギーの発端は御幸で、それだけ解かれば何てことはない。

 なんせその少年は世界最強の能力者なのだ――彼の前にあらゆる『普通』は通用しない。


「だけどまさか……本気を出している訳じゃないわよね?」


 神代御幸は常に能力を抑えていた。

 だがしかし、今の彼の状態でこの建物が崩れないほどに抑えているのか。

 ただはその事だけが心配で心配で――故に。



「決闘は中止だ」



 御幸と零夜がぶつかるその直前――両者の間を割って入る様に、一人の女性が割り込んだ。その瞬間、御幸と零夜は互いに後方に吹っ飛び、御幸は目にも見えない速度で壁に激突し、零夜はなんとか足に力を入れて踏みとどまる。


「早良先生……? 一体これはなんですか?」


 腹部を抑えながら、零夜はむすっとした表情を浮かべて目の前の女性――早良を見つめる。

あの時早良は互いの体に触れた――その瞬間、互いの体は反発するかのように弾かれた。


「触れた対象を強制的に吹き飛ばす――『手腕大砲ハンドアーム・ガンショット』」


「そうだ。すまないがこれ以上の決闘行為は止めさせてもらう」


 周囲の生徒と建物の被害を鑑みての独断行為。

 だがその判断は間違ってはいなかった。実際、早良が止めに入った事で御幸は能力の使用を中断し、零夜も矛を収めたからだ。


「ではどうやって勝敗を付けますか? まさかじゃんけんな訳ないでしょう?」


「無論だ。しかしその件についてだが――既に勝敗は決している様だ」


 早良は壁に埋まるほどに激突した御幸の方をみて、続いて足を使って押し留まった零夜の方を見る。


 不意の状況だったのにも関わらず、零夜はそれを対処した。

 御幸は対処しきれずにただ壁に激突し、今は立ち上がって砂埃をはたいている。

 それが判断理由なのか、早良は手を挙げてこう叫ぶ。


「この決闘――玲福寺零夜の勝利!!」


 早良の声と共に、遅れてウィンドウが変化する。

 これで零夜の総勝利数は七百七十七勝。未だ持って不敗。

 遅れて大きな歓声が湧き上がる中、しかし当の零夜は不服そうな顔を浮かべて。


「……クソ、こんなんじゃ全然気持ちが高ぶらないな」

 

 またやろうね──そう零夜は御幸の方に手を振って、小さくため息を吐きながら、面白くなさそうに出口の方へと足を運んだ。


「大丈夫か? 神代御幸」


零夜を見送りながら、続けて早良は反対側にある入場者口の廊下を歩いている御幸に声を掛ける。


「……なんとか」


御幸はやややつれた表情でこくりと頷く。

能力の使用制限の影響だろうか。彼の青白い顔に早良は要件だけ伝えることにした。


「すまなかった。ただ分かって欲しい。これも君の学園生活を穏便にするためだ」

 

「分かってます。ありがとうございました」


 御幸はそれ以上とくに何の反応も示さないまま、ぺこりと頭を下げて戻っていった。

早良はそんな彼の後ろ姿を見つめながら、続けえ会場全体を見渡す。


荒れた地面に仕切る壁は御幸の激突により凹んでいる。


「──しかし」


 この決闘場がこんな風になるなんて初めての事で、また自分が決闘中に止めに入った事など一度も無かった。


 どんな相手でも必ず吹っ飛ばすという早良の能力は、その能力だからこそ審判に選ばれやすい。出力を最大にすれば人間ぐらいの対象物であれば、瞬間の吹っ飛ばす速度は優に時速80Kmを大きく超えている。

 まともな能力者でなければなす術もなく死亡するであろう。


 いきなりの事とは言え、早良には能力の手加減はちゃんと出来ていた。

 しかし――早良は己の右手を……先ほど御幸を吹っ飛ばした右手を見ながら小声で言った。


「……本気で、やってしまったのだがな」


 零夜に対しては軽い力で吹っ飛ばしたが、御幸に対しては違った。

 御幸のあの力——果たして本気のものだったのかどうか分からなかったが。

 少なくとも、長年能力者を相手している早良を、本気で対処しなければならないと思わす程の力があった。


「神代御幸──」


 最悪内臓を破裂させたかもしれなかったが、しかし御幸は無傷だった。

 あの瞬間、体の中にあった衝撃という名のエネルギーを全て散らしたのだろう──と早良は予測立ててみるが、彼の目の前にそんな常識を持ってくるのが馬鹿らしくなることにようやく気づく。


「学園長が言っていた『世界最強の能力者』――」


 御幸の後ろ姿を見送りながら、早良は一人何か考え込む様な顔をして、その場から去った。



 決闘終了:勝者――玲福寺零夜(通算777戦777勝0敗)

      敗者――神代御幸(通算1戦0勝1敗)



























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