決闘
神代御幸の決闘というワードは、思いの外早くアリシアの耳に届いた。
その情報は今や全ての生徒たちに伝わっているだろう。
それが神代御幸の人気性を表しているというのであれば、それは間違いだ。
正しくは、相手側の人間――その男の持つ話題性だ。
「あり得ない……! ほんと、アイツじっとしたら死ぬ病気にでも掛かってるの!?」
珍しく怒りを露わにしながら、アリシアは別館へと通じる渡り廊下をずんずんと突き進む。金髪のツインテールがその動作に連れてぴょんぴょんと跳ねるが、そんなことも気に出来ないほど、アリシアは気が立っていた。
確かに神代御幸の力についてアリシアは十二分に認めている。
故に敗けるなどといったものは、これっぽっちも心配していない。
しかし、しかしだ。
相手が悪すぎた。
「
玲福寺零夜の伝説は数あるが、有名なのが一つある。
今年で三年生である彼は、入学当初から一度も決闘でも敗けていないのだ。
七百七十六戦中、七百七十六勝零敗。
最高で一日に七回も決闘し、それに見事打ち勝っている。
彼のカリスマとその美貌に密かにファンクラブが出来ているほどだ。
「一番闘っちゃいけない相手! よりによって今日御幸に教えてあげようと思ったのに……!」
昼休みの一時間、既に噂は広まっており、別館の闘技場の観客席の殆どが埋まっていた。この闘技場は数ある決闘の会場の中でも特に大きく、かなりの実力者だけがこの会場を利用できる権利がある。
アリシアはその足を速めて三階にあるVIPブースに移動する。
VIPブースは決闘で多く勝っている者だけしか入れない特別なブースだ。
ブースにはフリードリンクと言った様々なアメニティが用意されている。ネットカフェみたいだと、アリシアは来たときそう感じた。
アリシアを含め約百人がこのブースの利用権を持っている。
VIPブースにはがらんとしているが、一人の学生がいた。
眼鏡を掛けた男性だった。真面目そうな顔でいかにも優等生という感じ。
「おやアリシアさん、貴方がここに来るなんて珍し……いえ初めてですね」
「
「貴方に名前を憶えて頂けるとは至極恐悦。嬉しいものです」
恭しくそう言う仁人に、アリシアは困った顔を浮かべて言う。
「やめてください。貴方は私よりも一学年上の、先輩です」
「先輩後輩など関係ないですよ。私は貴方を尊敬しています。覚醒能力者などこの学園に何人いるのか」
……アリシアは氷室仁人のことを尊敬している。
分け隔てなく接し、強い者であればそれが例え下級生でも敬語を使うその姿勢。
しかしあくまで尊敬しているだけだ。アリシアも滅多に決闘を断らないが、仁人の誘いだけはいつも断り続けている。
「あぁ、そう言えば彼――神代御幸君でしたっけ? 貴方のクラスですね」
「はい。最近転校してきたばっかで……」
「それじゃあ玲福寺先輩のことを知らないのか。彼も不運だったね……」
仁人はそう言いながら、窓ガラスの向こうに映る会場を見て「どうやら来たようだね」とアリシアに促した。
==
騒ぎが一層輪に掛けて上がった。
固い床の上に足を置いた御幸と玲福寺は互いに見合わせながら、言葉を交わす。
「すまないね。僕のファンたちが勝手にこの会場を予約してしまったんだ」
御幸はぐるりと辺りを見ながらはあと呟く。
頭上には大きな四台のモニターが設置されており、液晶画面には御幸と男の顔写真が載っていた。
『三年SS組 玲福寺零夜』――と表記されているのを、御幸は視力2.0の両目で確認した。SS組――S組である御幸からすると、ただ分かるのは自分よりも上の階級なのだという事ばかり。
「ここは戦闘に重きを置いたシンプルな造りでね。遮蔽物も何もない。爆発物を用いてもこの床には傷一つ付かないし、決闘が始まれば場内を囲う防御壁で観客者に被害は絶対にいかない様になっている」
「長いな……要するに?」
「――思う存分やっても良いんだよという事さ。気になっていたんだよ、評価FランクにしてS組に入れる実力ってやつをさ」
場内の広さはテニスコートの二、三倍ぐらいありそうなほどで。
床は固いながらも受け身をキチンと取れればダメージは少なさそうだなと考えて、すると頭上のモニターからカウントダウンの合図がされた。
『神代御幸君。君のことは事前に学園長から聞いている。まさかこんな早くから決闘するとは思わなかったが――くれぐれも、本気を出さないでくれ給えよ』
少し前にて。選手入場の廊下で、審判役を買って出た担任の早良先生は御幸にそう言った。
本当に今更ながらどうしてこんなことになってしまったのやら……。
御幸はため息を吐きながら、右手を前に差し出してちょいちょいと突っ立っている零夜に挑発するかのように言った。
「さっさと来てくれ、こっちは予定が詰まってるんだ」
「君は本当に面白いなぁ――」
零夜は本当に面白そうに笑いながら――その瞬間、視界から彼の姿が消えた。
御幸は反射的に後ろに振り返り、零夜からの手刀を右手で受け止める。
「――へえ、初めてだよ。僕の初撃を受けるなんて」
会場が呆然から熱狂へと変わった。
「生憎と背後を取られることには慣れているからな。後手からの対策は入念に入れている」
「まるで実戦経験を積んだ様な発言じゃないか。益々面白いね、君は」
御幸の蹴りを避けた零夜は更に肉薄する。
互いに無手で、そのせいで肉薄からの攻撃手段は多様と化す。
殴り、掴み、引っかけ――そこに更に蹴りが入るのだから、考えるだけでもキリがない。
しかし数多の戦闘をこなしてきた御幸は、自然に対策を取っていた。
一手、零夜が差し込む手刀を右手で守り。
二手、左拳を対の手で抑える。
三手――手刀から掴みのフォームに変えた零夜の右手が、御幸の首元を狙いに来た。
御幸はそれに合わせて姿勢を屈め、零夜の体に突っ込んだ。
抱きかかえながらの倒れ込み、しかしするりと零夜はそれを退けて立ち上がる。
(一瞬一瞬のキレが凄まじいな。瞬間の反応速度は俺以上か……?)
それに加えて戦闘スキルも高い。護身術を主にする御幸の格闘は、主に相手を拘束する為にある。それに比べ零夜の攻撃はまるで刀の様だった。
美しく、洗練されていて、とても危険極まりない。
死にはしないだろうが、もしもこれが普通の生徒であれば大怪我を負っていた所だ。
「……心外だな。これでもまだ能力を使う気にはならないのかな?」
ぐっぐっと準備運動をする零夜に、御幸も構えを取って。
「アンタこそ、もっと本気を出していいんだぞ?」
御幸の発言に、零夜の姿がまた消える。
否、目で負えない速度で外周を周っているのだ。
一件無駄に思えるこの行為、しかし零夜の常人離れした格闘センスを合わせると脅威となる。これではいつどこでも襲えるぞ――と、言われている様なものだ。
「奥義なんてモンないけどさ――好きな技があるんだ」
二、三度目の攻撃にて、零夜は攻撃をしながら楽しそうに言う。
「そうか、俺も今思いついたよ」
御幸もその対応に追われながら、反撃の機会を伺う。
「そろそろ気づいたかな? 僕の能力」
その瞬間、体の正中線辺りに三連、拳を叩き込まれた御幸は軽く仰け反る。
確実に……明確に弱点を打たれた。正中線辺りには人体の弱点が多くある。
骨にヒビは入ってなさそうだが、少しばかりガタがきそうだった。
(これが一カ月前だったら、何とも無かったんだがな)
しかし無いものは無い。
以前まで出来た無茶な行動も出来ない。
どれだけ自分が能力頼りな戦闘をしていたのか、痛切にわかった。
(能力を――)
使うと言う選択肢はもちろん残っている。
五分でも――否、使えば十秒以内に相手を捻じ伏せることだって出来るだろう。
(だがそれは出来ない。相手の能力のランクがわからない以上、俺は『S』ランクとしての出力で相手しないといけない)
ここで一つ、御幸には致命的とも呼べる弱点があった。
(それなりの本気ってなんだっけ……?)
異常なる犯罪者、SSSランク能力者と戦い続けてきた御幸には、本気の出し方を知っていても手加減というものをあまり知らなかった。
否、加減が分からないのだ。手加減するなら徹底的に、普段Fランクとしての力を解放すれば良い。しかしそこに時間制限が来るとなると話は複雑になる。
「怖気付いたかい? そろそろ能力を使わないと――」
異能課には来なくても良い――出張に出掛けた真理はそう御幸に言い残していった。
確かに異能課には御幸がいなくともアリシア達がいる。
コラドボムという犯罪集団が無くなり、第三都市の秩序は安定の兆しを見せている。
故に。
「――――っ」
空気が震える。一瞬、怖気が立った。
目の前の少年の姿がブレて見える。
髪が風に煽られながら、御幸はその灰色の瞳を覗かせる。
「――るなよ」
「なに?」
神代御幸──能力名『 』。
全ての能力の上を行く、神にも近しい天上の異能。
制限時間約一分。
その時間だけで目の前の男を――叩きのめす。
「一回だけだ。簡単に折れるなよ?」
御幸の発言に、零夜は猛々しく笑うだけだった。
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