学生生活

 第三学園の教育カリキュラムは、至って平凡である。


 数学:純粋数学、応用数学含む。

 国語:古文漢文を含む。

 英語:主要八か国含む。

 社会:歴史、経済学も含む。

 体育:救護術、サバイバル術を含む。


 第三学園が主に力を入れているのは能力開発とコミュニケーション能力である。

 故に英語等、外国語には一層力を入れており、海外進出する能力者を増やすと言う目的も兼ねている。


 それ故にいじめなどというものには厳しく監査が入り、そのおかげがクラス内でのいじめやいざこざといった障壁は少ない。


 そもそも、ここに来る能力者の半数以上が外からの者だ。

 今だに『都市』の外――地方では能力者を殺す『能力者狩り』が行われていると言う。また政令都市に指定された『都市』であっても能力者に対する偏見は酷い。


 しかしこの件が簡単に終われないのは、その昔、まだ能力者という存在が公になっていない頃、一部の能力者が暴動を起し無能力者を圧制していたという過去があるからだ。


「――故に、現総理大臣である朝戸首相は北海道、大阪、そしてこの東京にそれぞれ『能力都市』を配置した。しかしながら問題は終わっていない。能力者、そして無能力者たちの怨恨を晴らすために……おや、チャイムが鳴ってしまったようだ。では続きは明日にでも。日直、号令」


 社会科と共に担任である女教師――早良舞奈さわらまいながそう授業の終わりを示した。


 日直担当であるアリシアが口を開けて、これにて四時間目の授業が終わった。


「あ゛ー! 疲れた! 早良先生の社会は本当にキツイな。教科書のコラム如きで一時間も潰すかね、普通!」


 早良先生の退出後、早々に机の上に突っ伏した玲央がそうため息を吐く。

 見た目通りの運動系な男である彼は、座学が苦手なようだ。


「そ、そうかな……? 僕は楽しいよ。御幸君は?」


 教科書を大事そうに抱えている斎に、御幸はふむと顎に手を乗せながら。


「毎度ながら早良教師の社会科はタメになるな。知見が広がる。もっとも大きな問題について定義してくれるのは、俺達の未来にとって重要なことだ」


 確かに学生に問いかける内容としてはあまりにも重く、そして簡単に答えが出せない問題であるが、それが故に教師の熱意が伝わる。

 その熱意を感じ取った御幸には、一種の敬意みたいなものを抱いていた。


「だけど宿題が──これ明後日の授業に提出しろって……に、二千文字だぞ……大学のレポートかっ!」


「今日の放課後に図書室で仕上げてしまおう。なに、三人寄れば文殊の知恵と言うだろう?」


「ダメだよ御幸君。玲央君は普通の人より……ね?」


「そうか、それならば仕方あるまい。俺達だけで頑張るか」


「やかましい! 先置いていくからな!!」


 しかめっ面をして立ち上がった玲央は財布を握りしめ、勢いよく教室から飛び出す。


「あ、待ってよ玲央君!」


 御幸たちも慌てて財布を持ち出し、玲央の後に続く。

 その様子を前から見ていたアリシアは鞄の中から弁当箱を取り出して、今日も仲の良い友達二人と席を合わせて食べるつもりだ。


「アリシアちゃん……?」


「……何でもないわ。食べましょ」


 バーカと、小さな声でそう呟く。

 アリシアは少しの間、御幸の机の方に眼差しを向けていた。


 ==


 第三学園には様々な名物があるが、その中でも特にひときわ目立つのは学食だろう。

 和洋中は勿論のこと、夏なのにおでんという意外なものまで売っている。

 これらが殆ど五百円ワンコインで購入できるというのだから驚きだ。しかも量も多い。


「機嫌直してよ玲央君……」


 ガツガツとカレーを貪る玲央に、隣に座る斎が蕎麦を啜りながら言う。

 しかし玲央はふるふると首を横に振り、膨らんだ頬を更に膨らませる。


「むっすー」


「それ男子がやっても可愛くないよー……」


「俺もすまなかった。悪ふざけが過ぎたよ」


 嫌がらせなのか一味を大量に振られた牛丼を口にし、その辛さに舌を痺れさせながら御幸も謝った。しかし玲央はまだ許せないのか、首をぶるんぶるんと横に振るう。


「俺の心はズタボロボンボンだ! 心の傷はなぁ! 治療の仕方が難しいんだ!」


「ズタボロボンボンなんて今日び聞かないよ……」


「わ、分かった。取り合えず米をまき散らすな、汚いから」


 米粒の攻撃に御幸たちはため息を吐く。

 仕方あるまい、最終手段だ。

 御幸はこっそりと懐から玲央にとある物を手渡す。


「ま、まさかお主これは……!」


 小ぶりの丼からは甘いタレの匂いが充満している。

 肉に肉を重ね、それはまるで暴力的なカロリー爆弾。

 そこに申し訳ない程度に付けられた三つ葉、世の男性はこれで野菜が取れたと思い込むのだから度し難い。


 そう、その名は――。


「これは俺達からの誠意の証ということで……」


「赦す! ……ま、元々そんなに怒ってなかったけど」


 ひったくるように豚丼を奪い取った玲央は勢いよくそれを掻きこむ。

 その豪快な食いっぷりに逆に笑いさえ浮かんできそうになりながらも、御幸はほっと一息。


「……そうか、それなら良かった」


 予め買っておいて良かった。斎からはあとで代金の半分を貰うとして、これで牛丼も心置きなく食べられる――と、御幸が一味を避ける作業をしていると。




「すまない、少し良いかな?」




 その瞬間、あれだけ騒がしかった食堂が嘘の様に静まり返った。

 御幸達はその声の主の方に視線を向ける。


 その主は、水色の髪を結った凛々しい少年だった。

 顔立ちは女性と見間違えそうになるほどに小顔で、二重の目が優しさを印象付ける。


 男の正体を知っているのか、斎と玲央が一斉に立ち上がった。


「大丈夫、君たちには様は無いよ……今のところはね」


 優しく微笑みかける様に、少年の目は御幸を映す。


「君が……神代御幸君かな?」


「……確かに、俺の名前は神代御幸だが。お前は誰だ?」


 御幸の物おじしない態度に、学食にいた全員が思った。

 ――あ、コイツ死んだな。と。

 それは一番間近にいた斎たちも思ったのか、玲央が前に出て言う。


「すんません! こいつ数日前に転校してきたばっかりで、まだ先輩がたの事を――」




「才場玲央くん。少し静かに」



「……っ、さーせんした」


 玲央はその言葉に重々しく頷いて、大人しく咳に座る。

 御幸は相も変わらず一味を避ける作業に取り組んでいるが、ちらりと一瞥して言った。


「何でもいいが、俺の友達を威嚇するのは止めてくれ。それと、この現状も迷惑だ」


 割り箸でちょいちょいと一味を除ける作業で苦戦している御幸に、男は面白そうに笑う。


「はははっ、それはすまない事をしたね。――謝礼代わりにこの際、でもやらないか?」


「決闘……?」


 訝しむように御幸は改めて男の方に振り向く。

 周囲にいる学生たちが一斉にこちらを見ている。

 玲央が何か言おうとしたが、取り巻きに圧を掛けられ黙るしかない。


「勿論ただの決闘じゃない。ハンデを上げるよ。決闘の規定ルールは君が決めていいし、武器の持ち込みもアリだ。なんなら、拘束器具を用いても構わない」


「……アンタ、何を言っているんだ? 決闘の重要性は、先輩であるアンタならよく分かっているはずだ」


「それぐらいの覚悟だって事だよ」


「舐めているのか? それとも、凄く舐めているのか?」


 御幸は少し目を細めながら男の表情を伺う。


「さあ? どっちだろうね」


 不敵そうに笑う男に、御幸はため息を吐いて立ち上がった。


「……分かった。受けるよその決闘」


 その言葉に、玲央と斎が『ああ終わった』と顔に手を当てる。

 それはどうも見ていた者も同じなようで、中には笑いを抑えきれない者までいた。


「気前が良いね、嬉しいよ。じゃあさっそく今からでも会場で――」


 嬉しそうに笑いながら、そう言って後ろに振り返った男に、御幸が続けて言う。


ハンデは無しだ。ちゃんと真正面から闘って勝つから安心しろ」


「んなっ……! 待て御幸、少し落ち着けお前――」


 御幸のとんでもない発言に、玲央が堪えられなくなったかのように口を挟む。

 しかしその声は男の発する笑い声に搔き消された。

 静かな笑い声だった。しかしその笑い声はどんなものよりも覇気を持つもので、その雰囲気に、御幸はとある男を思い出された。


(……まさかな)


「舐めているのかい? それとも、すごーく舐めているのかい?」


 先ほどの会話の応酬かのような発言に、御幸は不敵そうに言った。


「さあな。それはお前次第……というやつだ」


 こうして、御幸の平穏なる学生生活は今この瞬間、終わりを告げたのだった。

























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