会合


「答えろ真理。どうして俺を第三学園に入れさせた」


 新学期が始まったこの季節、変わったのは朝方に見かける学生の数が増えたことぐらいで、この都市は相も変わらず忙しい。

 午後の七時頃、制服に身を包んだ白髪の少年が部屋の中に入ってきた。


 部屋の主である赤髪の女性――折木真理の顔を見ながら、少年――神代御幸は開口一番にそう言う。


「もうここには来なくても良いと予め伝えておいたんだが……おや、結構に様になってるじゃないか。さすが私だ。誇ってくれても構わないよ?」


「誰が誇るか。初っ端から改造服に手を出したやつだと思われてしまった」


 黒色の制服を身に纏う御幸を見ながら、その緋色の瞳を輝かせ、そんな言葉を発する真理に、御幸はまたもやため息を吐く。


「あの日に目覚めてから渡されたのは一着の制服ともう来なくても良いという一文だけ。アンタに会おうとしても、第二都市に赴いているから出来ない。電話も通じない、メールも見ない……罰ゲームか何かか?」


少ない日数とはいえ、どれだけ御幸がヤキモキさせていたか。

どれ数時間でも語ってやろうかとした時、御幸は真理からお菓子を受け取る。


「まあまあ。はいこれ『たこ焼き煎餅』──第二都市の、旧大阪から続く歴史あるお土産だよ」


「こんなもので釣り合えるか……もぐもぐ……こんな、お菓子で……もぐもぐ」


意外と美味かった。


「第二都市でね、少し厄介なことになった。そのために私が派遣されたんだよ。全く人気者は参ってしまう」


真理の言う厄介なこととは実にハードルが高い。

希少種であるSSSランク能力者である真理もまた、幼い時から様々な厄介ごとに出会してきた。


危うく第三次世界大戦を引き起こしかねなかった事件。

世界の命運を懸けた戦い。

世界第二位の実力をもつ能力者との一騎打ち──まあ、その件に関しては御幸が関与しているのだが。


とまあ彼女もまた御幸なりに、否、御幸以上の厄介ごとに巻き込まれた女性である。

その経緯を知っている御幸はその表情を固くさせるが──。


「まあまあ。安心したまえよ。私がここに帰ってきた時点で分かるだろう? 、長引く前に無理やり……ね」


「……ちなみに、その厄介ごとの詳細は」


「大阪に根強くある指定異能暴力団から『能力を暴走させる薬』が出回ったんだ。出元は潰したんだが、その頃には既に何百本か出回ってね。その薬を使えば例え低ランク能力者でも手が付けられなくなるほど強化……いや『狂化』か。とにかく、流石にそれをされたらたまったもんじゃない。だから私が派遣されたわけさ」


「十分厄ネタじゃないか! そんなこと一度も報道されていなかったぞ」


いくら世間とは隔離されたこの第三都市でも、ニュース番組はどこも同じものだ。

割合が多いのは都市間で起こった犯罪や事件だが、それも最近は少なくなりつつある。


「報道規制をかけているわけだから、そりゃあ当然だろう。いいかい、この国での報道は国益にならないものは基本的に流れないのだよ。あとはスポンサーの不祥事。ただ、前回みたいに既に多くの人たちが目に付いてしまった事態に対しては、オブラートを何重にもして報道しなければならない。まあ──そもそも私たち公安のモットーは『犯罪が起こる前に食い止める』ことだ。そんな終わった出来事を一々報告はしないよ」


確かに所詮『言ったところで』だろう。

不用意に不安を煽るのは得策ではない。

それが国と為──そんな大義名分みたく押し付けられるのは嫌いだが、確かに今回はその方が良いのかもしれない。


「それにね──罰ゲームとは失礼なことを。これは君を守るためでもあるのだよ」


「なに……?」


 真理は夜景を――明確には、遠くに位置する電波塔を眺めながら口を開いた。


「一応聞くが、君はもう自身の体に付いてもうある程度は把握しているね?」


「……なんとなく」


「もう既に知っていると思うが、君の肉体はされている。見た目は普通に見えるが、以前より筋肉量が減っている。君の体はあの時既に、全身の骨が粉砕され、脳細胞が死滅して――そして初期化リプログラミングされた」


 常人であれば死に至る所を、しかし御幸は現に生きている。

 能力の核となる脳を破壊されても、神代御幸の死は許されなかった。

 一体誰が――? それは分からない。能力なのかもしれないし、生存本能かもしれないし――或いは、本当に神様なのかもしれない。


「電波塔の初期化……確かに、俺は己の能力を用いてをしようとした」


 あの時、アリシアと共に炎に包まれそうになった御幸が真っ先に思いついたのはそれだった。しかしながらまだ本調子では無く、寧ろ絶不調だった彼のポテンシャルは著しく低くなり、結果的に時空への干渉は受け付けられなかった。


「時空間への干渉――簡単そうに言ってくれるじゃないか。その類の能力者は全世界を探しても十人と満たないぞ」


「アンタだってその内の一人だろう」


 その言葉にぺろりと舌を出す真理。

 SSSランク能力者としての顔はまだまだ健在で、実際、御幸は真理の戦闘を見た事は無いにしろ、その能力の概要は既に掴んでいる。


 絶対に戦ってはいけない――そう思わす程に。


「……続きだ。それで俺は考え方を変え、電波塔の破損部分を『仮想物質』で補った。ここら辺は俺も朦朧としててな……何を代償としたか分からない」


『仮想物質』とは御幸が作り出した造語だ。

 骨子を作る際、そこから展開するものに必要な物質を全てで補う。

 念動力の応用なのか、それとも残っている材料から『偽物』を作り上げたのか。


 とにかく、そんな無茶苦茶な方法で電波塔を修復したのだ。

 その代償は未だに分からない。ただ、死んでもおかしくはない状況だった。

 いや、死ななければおかしい状況だった。

 アリシアの能力を用いても、御幸はあの時死ぬはずだった。


「……能力における脳の役割は大きい。最悪、心臓が止まろうが呼吸が停止しようが、脳細胞さえ生きていれば能力は使用できるんだ」


 能力についての研究は今も尚行われているが、そこにはどうしても『倫理』が求められる。能力に置ける最大の謎は脳みそにあり、しかしそこは完全なブラックボックスとなっている。脳みそのどの回路が能力に起因しているのか、そもそも能力はどこに宿るのか――まだまだ能力の研究における課題は山積みだ。


「しかし御幸君――君の場合は違う。君の脳細胞は完全に死滅していた。なら――使?」


「……禊の様に他人の能力をどうこうする能力者でもいたのだろう」


 確かに、他人の能力を用いるというのは、白紙楼禊の『交換義手スキル・トレーダー』という前例があるが。


「……彼の『交換義手スキル・トレーダー』はそもそもを重きに置いている。その発展が『能力の交換』だったと言う訳だ。だから本来『他人の能力』を起因とする能力は無いんだよ」


「それに、仮に君の能力が使われたとして──いやしかしそれは


 言いかけた真理は、直ぐにその言葉を否定する。


「この話はやめておこう。結論が分からない以上、全てが憶測の域を出ない」


 そう言って打ち切った真理は、暫くパソコンを見つめる。

 どうやら貯まった書類を整理したいらしい。

 それを察した御幸が鞄を持ち上げ、部屋を出ようとする──正にその時だった。


「……喧嘩した」


「は?」


「朝戸首相に喧嘩吹っ掛けた。彼の狙いは君だ。だから君を匿う為に第三学園へと送り出した」


 淡々と語られる驚くべき事実。御幸は慌ててどういう事だと訊く。

 そうして語られるのは、御幸が昏睡していた間に起こった一つのドラマだった。


 つまるところ、今まで干渉してこなかった朝戸総理大臣が今度こそ御幸の能力を狙いに来ているとのこと。


 朝戸の狙いは分からない。世界征服でもするつもりなのか、それとも兵器として見ているだけなのか。どちらにせよ、御幸の能力を利用するということは、世界情勢が変わると言っても過言ではないのだ。


 そもそもとして、何故御幸がそんな政府の膝元にいるのかというと、そこには勿論真理が関わっている。


「『神代御幸を管理すること』――君という武器を用いることでこの都市の平和は保たれている。朝戸も、自分の下につく事で何とか体裁を保とうとしたのだろう。外国からの抑止力にもなるからね」


 最強のいる国――もとより、日本は強力な能力者を多く保有する大国だ。

 能力者だけの都市をつくる事で『能力者狩り』から守り、尚且つ外国からの誘拐を避ける……悔しいことに、朝戸の政治としての手腕は大したものだった。


「すまない。これは完全に私の落ち度だ。――だが第三学園にいる限りは、襲われる心配も少ないし、君の弱体化を改善できるかもしれない」


 いずれこうなる未来だった――と、真理はそう付け加えながら、手に持った紙屑を御幸に投げる。


 くしゃくしゃの丸型になった紙は御幸の胸元に当たり、ぽとりと地面に落ちた。


「なにを……」


 いや、分かっている。

 御幸は己の右手を見ながら、紙を拾い上げて近くのゴミ箱に投げる。

 紙はくるくると放物線を描いて見事に入った。

 御幸はそれを見届けながらため息を吐きながら呟いた。


使――もう以前の様にはいかないな」


 御幸はそれ以前まで、常に能力を展開し続けていた。

 周囲に能力を張り巡らせ、有事の際にも迅速に対応できる様にしていた。

 特に接近戦では周囲の空気を固めて造る『不可視の壁』――これが無ければ危うかった場面が幾つもある。


「普通、能力を長時間併用し続けることなんて出来ないんだけどね……最大でどのくらい保つかい?」


 永続的に効果を発動する能力は稀だ。

 そして御幸の能力の系統はそれではない。

 通常、能力を使い続けると言うのはとても危険が伴う行為だ。能力を使い続ける――それは、常に脳を回転し続けるということ。


「……三分。インターバルが約一分。合計で一日一時間だ、それ以上はどんなに使いたくとも使えなかった」


 その言葉が指すのは――文字通り最強の弱体化。


「......それを人は『普通』と言うんだがね。まあ、君にとっては異常事態、なのだろうけども」


「ああ、お陰で最近はぐっすり眠れるようになった」


 以前までは気絶こそ睡眠という感じだった御幸にとって、深い睡眠というのは本当に久しぶりのものだった。お陰で慢性的に続いていた頭痛がものの見事に消え去り、陰鬱な雰囲気が少し改善された。


 しかし、そうなると――。


「やはり、俺はしばらくここに来ない方が良いのか?」


「そうだね。最近は創一君も――特に玄光君、彼が一番頑張ってくれててね、澪君と同じ内職につかせようかと思ってたんだけど、嬉しい誤算だったよ」


「玄光が……そうか」


 脳裏に金髪のやかましい男の姿を思い出す。

 かれこれもう一カ月以上会っていない。同じ都市に住んでいるものだから、いずれかは出会えると思っているのだが。


「アイツが元気であれば、ひとまずはそれでいい」


 御幸は鞄を持って今度こそ部屋から出ようとする。


「――そう言えば、君、あの玲福寺零夜と決闘をしたそうだね」


 本当にどこから仕入れたのか。

 その情報通ぶりに御幸は御幸はゆるりと振り向いて申し訳なさそうに言った。


「や、やはりダメだったか……? あの後アリシアにも物凄く怒られたんだんだ」


 あのあと、御幸は玲央と斎に心配され、謎に励まされ、そしてアリシアに軽く三十分くらいは説教を喰らった。

 今回ばかりは向こうが吹っかけたとはいえ、それに乗った御幸も御幸だ。


 もう思い出したくないと、御幸のその反応にクツクツと真理は笑う。


「まあやはり、玲福寺家は違うからね……学園はおろか、この第三都市設立に大きく関わっている、所謂お貴族様の一人だから」


「――もしかして、俺はやってしまったのか?」


「その内アリシアから教わる頃だと思ったし、いずれやらかすなと思っていたけれど、まさか早々にやらかすとは思わなかったよ」


 あっはっはと他人事の様に笑う真理に、御幸はやや引き攣った顔で自らの行動を反省する。流石に少し調子に乗り過ぎてしまった。幾ら自分の体が弱っているとはいえ、まさか学園内で手の内を見せてしまうことになるとは。


「しかもそれで敗けるとはな……」


「まあこれで学園に置ける、君の立ち位置というものがハッキリ分かっただろう?」


「出来れば……もう少し時間を置いてからにしたかったのだがな」


 しかしやってしまったことはしょうがない。

 次のことを考えなければ。


「明日も学校だ。しばらくは『異能課』には顔を出さない事にする」


 変な噂はもうこりごりだ。

 これからはマンションと学園の行き来だろうと思い、『異能課』の事務所に置いてあった私物を持ち運んでいると。


「そうだ。時間があるなら久しぶりに君の実家に帰りたまえよ。ずっと待っているが可哀そうだ」


「…………」


 真理の言葉に御幸は少し苦い顔を浮かべる。

 そう、御幸には二つ家がある。

 それは故郷的なものではなく、物理的に、現実的に持ち家が二つ存在しているのだ。


 一つは新宿に拠点を置く、主に寝床として利用しているマンションの一室。

 そしてもう一つは――今現在、同居人が暮らしている家だ。


「君があの子に負い目を感じていることは分かっている。だけどずっと逃げるのも、君らしくないんじゃないのかな?」


 真理の発言は、いちいち人を逆なでするようなものばかりだ。

 否、そう聞こえてしまうほど、御幸に余裕がないのは自分自身で分かる。


「……近いうちに会ってくる」


 そう言って今度こそ部屋を出た御幸の背を見送りながら、真理は自分の席に戻って仕事を続ける。


「――随分と貴女らしくない。どうかされましたか? 真理さん」


 そう言ってどこからともなく現れた金髪の青年に、真理は驚くことなく、反応もせずに目の前の仕事タスクをこなしていく。

 そんな彼女を一瞥して、青年――白馬創一はため息を吐きながら、真理の前に紙束を置いた。


「まさかこの歳にもなって可憐な少女の身の周りを保護するなんて、思いませんでしたよ」


 まあ今時の女子中学生を観察できてよかっただけど――とは口に出さなかった創一。


 紙の資料には、とある少女の顔写真が掲載されていた。

 特段、普通と言えば普通の少女。出自も出生も家柄も、なんてことはないただの一般人。おまけに能力でさえも、この都市から見れば中の下にあたる程の能力。


 とてもではないが、元とは言え『十傑』が身辺保護ボディーガードをするような相手にはとても思えない。しかも誰かに狙われていると言う訳でもないのにだ。


「一体誰なんですか? この子は」


 創一も訝しむのも無理はない。あまりにも平凡――少し言うならば、あまり外出しないと言うことを、と言う事を除けば、ごくごく普通の少女なのだ。


 真理はキーボードを打つ手を止めて、背にあるガラス窓から夜景を眺める。


「彼女の名前は深燈栞しんとうしおり。中学生時代の御幸君の後輩だよ」


「御幸君の……? そう言えば彼は中学は都市外の県立に通っていましたね」


 神代御幸の能力を管理する為に、御幸は幼い時から過酷な修練を積んでいた。

 その最終試験と関して、彼を一般人と偽り、中学校に送ったのだ。

 そこで何事もなく、彼が能力者であると知られない様であるならば合格――と言う試験だったのだが。


「でも彼女は能力者だった。能力を隠して生きていた彼女と、能力を隠して学校に通った御幸君。両者は引かれるように出会ってしまったのだよ」


 それはまるで磁石の様に。それが運命だと言うように、それが『試練』だとでも言うように。深燈栞と神代御幸は


「最後の試験は失敗でね、最終的に彼は人前で能力を見せてしまった。そしてあろうことか、彼は能力を使って生徒を。非能力者を――」


「…………冗談ですよね」


 真理の発言の最後は伏せられており、しかし創一はそれに気づいてしまった。

 あまりの動揺に、歪んだ顔を手で隠す。

 真理は重苦しく息を吐いて、難儀なものだと語った。


「彼女はね――彼が唯一なんだよ」











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