お姉ちゃんって呼んで?


 服を全部脱いだ御幸は、傍にある鏡へ視線を向ける。

 ――その体は、とても造り込まれていた。長年の激しい筋トレの成果か、腹筋は六つに割れている。服の上から見る御幸の恰好は、いわゆる瘦せ型であり、筋肉量も少なく見える。しかし、実際は違う。ボディービルダー並みの筋力を持ち合わせているのだ。


 いわゆる、脱げば凄い奴なのである。風呂場の扉を開けて中に入った

 。

 シャワーを浴びながら、御幸は考える。

 今回の件――コラドボムに関しての事だ。


「……電波塔の爆破予告か」


 第三都市には、とてつもない高さを誇るタワーがある。

 それは最初塔だったものを改修して電波塔にしたもので、今では頂上まで行ける、一種の観光スポットと化している物だ。


 そこを爆破する――数日前、裏サイトにある匿名掲示板に、その情報は寄せられていた。そして、その次の日には、声明発表があった。裏の動画サイトに、一分弱の音声のみの動画が確認されたのだ。


 前例がある以上、警察は電波塔の周辺を厳重警備する流れになっている。


 そして、公安にもその流れが来ていた。公安に来た仕事は、電波塔に来るコラドボムの迎撃だ。それと異能課ではその他にコラドボムの本拠地の特定という仕事もある。


『いくら過激組織と言っても、ドンパチ出来る戦力は持ち合わせていないはずだ。武器を大量に集めているのは、その事を明示させている。ならば、さっさと本拠地を叩いた方が早いし、何よりその方が俺たちには合っている』


 それがリースの見解だった。


「……あと、九日後」


 御幸は以前『コラドボム』の拠点として使われていた住所を探せとリースに言われた。


 それで、御幸は数か月ぶりに彼女の元へと訪れたのだ。ネットに強い彼女の事だ。きっと有益な情報を貰えるかも知れないと。


 ――その時、微かに外で物音がした。


「……何やってるんだ、澪」


 風呂の仕切りに映る、摺りガラス越しに見える人影は、澪だった。

 御幸はシャワーを止めて、ガサゴソと動く澪に対し口を開けた。


「えぇ~と、ボクも一緒に入ろうかと思って」


「……待て、本当に待て」


 彼女の気楽そうな返答に、御幸は頭を抑えながら、そう懇願するように呟く。

 するすると、彼女が腰を下ろしながら、スカートを脱ごうとしている。


「おいやめろ。それに、それはどういう経緯での発言だ!?」


「む~。前は一緒に入ってくれたのに……」


「それは、子供の時の話だろ!」


「前みたいに、お姉ちゃんって呼んでもいいんだよ?」


「呼ぶか!」


 御幸は叫びながら、思考を加速させる。

 今自分は全裸で、仕切り一枚隔てた先には、全裸になろうとしている少女がいる。

 何故だ、何故こうなったのだ?


「……なーんて。冗談だよ冗談。お姉ちゃんジョークなのでした」


「し、心臓に悪い……」


 危うく、能力を使う羽目になる所だった。

 御幸は空に差した右手を下げ、ホッとする。

 澪は出ていったのか、バタンと扉が閉まる音がした。


 今の内にと、御幸は風呂から出て急いで服を着る。先ほど、能力を用いて体を乾かしていたのだ。


 風呂場から出た御幸は、リビングのソファに座る澪に視線を向かわせる。

 澪は、くつろぎながらテレビを見ていた。ニュース番組は明日の天気予報が映っていた。


 それに目もくれずノートパソコンを弄りながら、澪は御幸の方へと視線を向けて言った。


「本当はさ、アリシア・エーデルハルト――彼女の事を聞きにボクを訪ねて来たんでしょ?」


 その言葉に、御幸は目を丸くさせる。実のところ、本当の目的はそれだったのだ。

 御幸はフッと笑いながら。


「澪にはお見通しだな」


「ふふん、お姉ちゃんには全てお見通しなのです」


 澪はそう屈託のない笑みを浮かべながら、そして、次には少し冷静な表情を浮かべていた。御幸は、それに察すると、胸の内に秘めていた悩みを明かした。


「あいつが、妙にせわしない。コラドボムの拠点を襲撃した以来か……何かに焦っている様に見えた」


 アリシアと最後に会ったのは――つい昨日。

 手術後の、御幸しかいない入院室での事。


「……? どうしたんだい?」


「いや、な、何でもない」


 あの夜の出来事を思い出し、御幸は頬を僅かに赤くさせる。

 だが、同時に、覚悟を決めたような顔つきになる。あの一夜で、御幸は決めたのだ。


「アリシアは、過去にコラドボムに関する事件に巻き込まれた可能性がある。本来ならば、彼女自身に聞かなければならない事だが、時間が時間だ」


 御幸は綺麗に整頓されたキッチンへと赴き、冷蔵庫を開ける。

 だが、そこにあるのは水と炭酸水だけだった。

 唖然とする御幸。ふと視線を下にやると、そこには大量のカップ麺が入っている箱と、レーションの箱が二つ。


(普段どんな生活を送っているんだ……)


 莫大な遺産を切り崩して生活していると聞いたが……。

 御幸は驚愕の目を澪に向ける。 澪は気づかないのか、少し黙り込んだ後。


「……アリシアちゃんは孤児だったんでしょう?」


「あぁ……俺と同じく、な」


 その事については知っていた。と、言うよりもアリシアと御幸は同じ孤児院にいたのだ。


 しかし、とある事故により孤児院は焼失。御幸は、以前から可愛がって貰っていた澪の父親――高屋敷康作に引き取られた。アリシアは、その後どうなったかは知らない。


 だが、話によれば研究機関に預けられたとかなんとか。

 御幸は手を顎に乗せ、考えながら言った。

 今晩の献立を考えているのだ。澪は好き嫌いが激しい。

 そんな澪も喜ぶ、栄養満点の物を――。


「アリシアちゃんはね、親と妹を殺されたんだよ……火事で家は全焼。死体は跡形もなく無くなり、ただ一人、アリシアちゃんだけが生き残った。とても悲惨なだった」


「え……」


 澪の発言に、御幸の思考が停止する。

 孤児院には、御幸含め『親から捨てられた子』が多かった。

 その中で、ただ一人で本を読むアリシアは異端だった。能力も含め、彼女の周りは常に超えてはならない一線があった。だが、まさか家族を殺されていたとは……。


「その反応だと、まだアリシアちゃんは御幸君には言ってないんだね。ボク含め、みんな知っている事だよ」


 澪は、その後御幸に語った。


 アリシア・エーデルハルトという一人の少女の事を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る