幼き日の思い出
アリシア・エーデルハルトは、どこにでもいる、普通の少女であった。
日本人男性の父親と、ロシア人の母親の元に生まれた、極めて普通の少女。
少女は聡明だった。一を知れば勝手に十に辿り着ける才能を持っていた。
その才能は理解ある両親に温かく、ゆっくりと育てられた。一人で黙々と本を読んでいた少女は、近寄りがたい雰囲気を持っていた。幼少期のアリシアは、その瞳の奥に、同年代の子の遊ぶ姿を映しながら、ただ本を読み返していた。
アリシア・エーデルハルトはお姉ちゃんでもある。
下の妹――ガブリエル・エーデルハルトは、銀髪の碧眼と、姉とは対照的な特徴を持って生まれた子だった。
彼女は――能力者だった。
当時、ロシアでは能力者に対しての迫害が続いていた。これを機に、家族そろって父親の故郷である日本の、能力者だけの都市――『第三都市』に移住したのだ。
『
『お姉ちゃん、お姉ちゃん!』
ガブリエルは、常に姉であるアリシアの後ろにぴったり着いていた。
同年代と遊びたかったアリシアにとって、常に後ろに纏わりつくガブリエルは鬱陶しい他に無い。
しかし、ガブリエルは姉から無視されても、押されても、泣かされても、それでも後ろに着いていた。
『……んもう、困った妹ね』
アリシアも、次第にガブリエルに心を許していく。
誤解しないで欲しいのだが、彼女は決してガブリエルの事を嫌いだとかは思ってない。何なら、夜は常に一緒に眠るほど、
そんな二人を、両親は温かく見守っていた。
時は流れ、二人は幼女から少女へと成った。
アリシアは都内でも有数の私立小学校へ。第三都市では珍しい非能力者だが、彼女の天才的な頭脳を以て、イジメといった事は無かったそうだ。
因みに、小学一年生の彼女は、その時点で算数という名の数字遊びを卒業していた。
その当時、ガブリエルは能力育成に重きを置いた私立幼稚園へ。
その能力を緩やかに、しかし着実に伸ばしていった。
「彼女の親と、ボクの親は昔からの友人だったそうで。実は御幸君がこっちに来る前から、実はアリシアちゃんもこっちの方で預かろうかという話も、上がっていたんだ」
「……だが、アリシアはその後研究施設に引き取られた。それに、その口ぶりだと、まるでアリシアが最初から能力者では無いように聞こえるが……」
「そうだよ?彼女――アリシアちゃんは生まれ以ての能力者では無い」
澪のその発言に、御幸はまさかと、思わしげに言葉を紡ぐ。
「覚醒……非能力者が能力を発芽し、能力者ならば、その能力が進化する現象……まさか、あいつが覚醒者だったとは」
「そう。家族を殺されたストレスで――彼女は『
覚醒を果たした者は極稀だ。
そもそも覚醒の条件すらいまだ不明であり、だがこれだけは判明している。
覚醒した能力者は総じて、特異な能力に変貌あるいは目覚めると。
「『
カタカタとノートパソコンを弄り、画面の表示を御幸に見せる。
それはDAカードだった。そこにはまだ幼少期の頃だったアリシアの姿が画面に映っていた。
右には名前と、能力名とその詳細が。もしこのカードが無ければ無許可侵入として即警察に送り届けられる。失くしてはいけないカードだ。
そのデータが、彼女の
「……悪用はするなよ?僕だって、家族を逮捕はしたくない」
「そんな事するか……て、か、家族……うぅ、ボクは嬉しいよ。君がそんな事を――」
「恥ずかしいから止めろ。……問題は、アリシアの覚醒……火事と、お前は言っていたな。それと共に――事件とも言った。火事は、大きい物であれば災害とも言われるが、基本的には事件とは呼ばない……つまり」
御幸は、蝉の鳴く空を、窓ガラス越しに見た。
群青色をした空に、入道雲がある。太陽は輝きを増して、緑の青々しさが映える。
アリシアは、夏の時に親を亡くしていたと、そう言っていた。
「アリシアは、十年前の夏――コラドボムによる放火事件によって家族を殺された。それもかなり惨殺な手段で。恐らくは、目の前で殺されたのだろう。幼い少女にとっては、一生のトラウマ物だ」
御幸は、澪のパソコンの中に映るデータベースの、その中の一つをクリックする。
「犯人不明。推定は男性で、身長は推定百七十以上。発火能力を使用した形跡があり、だが、その能力に類する物が無い。都市のデータベースにない未発見の能力者……」
第三都市の防犯率は低い。
だが、その代わりに逮捕率は異常なくらいに高い。日本の犯罪率はその両天秤が平衡を保っているからこそ、世界トップレベルの低さを保てているのだ。
事件を起こす前に止めるのが公安。
だとするならば、圧倒的な逮捕率を誇るのは何故か。
……警察に、優秀な追跡班がいるからだ。
異能課が発足する前までは、警察が全て取り締まっていたのだ。それを折木真理が公安部異能課を設立。警察からしてみれば、いきなり自分の給料が少なくなったのだ。上層部に文句を言えども、弱みでも握られているのか、全く動こうともしない。
少し脱線。
要するにその警察が、十数年と掛けてもその外見くらいしか分からないという事だ。
「こっちは二年後の事件なんだけどね……これも放火事件だ。発火能力の痕が発見されたから、同様の犯人が起こした物だと見受けられている」
「あぁ。それと、見ていて気付いたんだが――」
御幸と澪は、互いにソファに座りながら、一つの画面を見ながら思い思いの事を話す。
その姿は、まるで数年共にした姉弟のようにも見えた。
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