【回想】 世界最強との闘い
(長くなったので分割しました)
ジャンブル・E・ドットはアメリカ出身のアフリカ系アメリカ人である。
その能力は非常にシンプル、それ故に強力。
操作系SSSランク能力『
全ての自然を操る――そんなチートじみた能力を持つ彼の性格は、まさしく自然のごとく移り変わりが激しい
「俺より強いやつを寄越せ。そいつと戦って、俺が勝てば今度こそ自殺してやる」
そんな脅迫じみた自殺声明――それに各国の首相たちが応じなければいけなくなったのは、偏に彼の能力が原因である。
彼の能力はまさしく、世界を掌握し意のままにできる能力だ。
自然に勝てる近代兵器は存在しない。
どれだけ傷つけられても時間という概念が存在する限り、地球は、自然は元通りになってしまう。それだけでも、いかに彼が強力であるか分かるだろう。
そして言わずもがな、自然の脅威というのはとても恐ろしく抗えないものだ。
地震、津波、台風、噴火――いくら科学が発達した現代といえど、万策なして打つ手なしの状態だ。たった一度の大地震で国が崩壊し、一度の噴火で人類の一割が死亡した事例もある。無論、そういうほとんどは二次災害によるものなのだが、その
「初めてだよ、一人称に全ての人類の命が掛かるのは」
つまるところ、自殺というのは一個人の死だけではとどまらない。
人間は己の死を許容できはしない。
もしも彼が死ぬ間際に、自身の能力が暴走させてしまったら――その被害は未知数だ。
「という
何もない土の上、自然もなにもない平地の上には三人が立っていた。
真理と創一とそして御幸である。黒色の学ランに身を包んだ御幸は、そう溜息を吐いて空を仰いだ。
「つい数時間前まで栞と飯を食っていたのが、どうして世界の命運を賭けた戦いに身を投じているのか……我ながら信じがたいな。ドッキリ?」
「ドッキリでこんな何もない変哲な島には呼ばないよ……ここは第三都市が所有する人工島でね、さすがに規模が規模だから、上の連中はこの広大な島々を丸ごと戦場にすることにしたらしい」
「何せ相手は自然を司る能力者だからね。こんな何もない島を費やさないと話にならないのさ。それに、この分なら君も全力を出せるだろう?」
ここには何もない。
建物も自然も、そして人でさえも。
御幸を取り囲むしがらみは、奇しくも守るべき人たちなのだ。
そして御幸が全力で戦う以上、足手まといにならない
――島の中央、平べったい岩石に腰かけている一人の男がいた。
大男といっても差し支えない。
角刈りの髪、少し厚い唇。屈強な体躯からはそれだけで威圧感を感じる。
そして何より黒色のコート、白色のシャツ、黒色のネクタイを付けていた。
それはまるで『喪服』のようだった。
「お前らが――俺に敵う
ゆっくりと立ちあがる。
真理は彼の顔を見上げながら両腕を開いた。
「ああそうだ。すまないね、この通り全員日本人だ。君の望むタイトルマッチは叶いそうにない」
「別に人種はどうでもいい。平たく見れば、人なんて皮を削げば全員同じ見た目なのだからな」
ごつごつとした拳を前に突き出し、男は自己紹介をする。
「『
「『
「『
「……これ、俺も言わなきゃダメか?」
それが能力者同士の決闘のルールだというのか。
創一なんて乗り気でいる。
だが御幸の能力は――。
「ああ君は言わなくてもいい。――すまないねトッド君。彼の能力名は言ってはならない決まりなんだ」
「決まり――ね。一応なぜなのか教えてくれるか」
「簡単な話だ。その名前を聞いただけで君は終わる。その人生が、終わってしまうんだ」
「……そんなオカルトな話、信じるとも?」
「ああ信じないだろうね。何より実証がない。だが事実だ──貴方が彼に勝てたらその時は教えてもらうが良い。どちらにせよ後悔はするだろうけどね」
御幸君──と、続けて真理は言った。
「言ってあげなさい、あの台詞を。恥ずかしいかもしれないが、キチっとここで宣言すべきだ」
少しの戸惑いと葛藤、そして照れを見せた御幸は、その口を開けてボソッと呟くように言った。
「『世界最強の能力者』──神代御幸」
その言葉はまさに宣戦布告だ。
現世界最強、そしてその隣にはそれに近しい実力者。
その上で御幸はそのセリフを吐いた。新時代に台頭するのは自分だと、言ってのけた。
その台詞にジャンブルは──何も怒ることはせず、されどその顔を大きく歪めた。
「その台詞は俺に勝ってから言うんだな」
そうして戦いが始まった。
◆
「──最初は創一君が先陣を切ってくれたね」
「はは。あの頃は僕も子供でしたからね。ええ……バカなことをしましたよ」
「バカにしたもんじゃない。私の能力は戦闘向きじゃないからね、いきなり御幸君だと戦闘経験の差で押されてしまう可能性があった。君もそう思っての行動だろう?」
日差しが照りつける砂浜は、そこにいるだけでも暑い。
真理は耐えきれなくなったのか、創一の答えも聞かずに海の方へと歩いてしまった。
「御幸君は行かないのかい? 真理さんの言うとおり海に行ける機会は少なくない。たった一度の青春なんだ──泳げなくとも、海水の冷たさは感じられるだろう?」
「いやいいよ。見てるだけで良い──」
御幸はぼーっと玄光やアリシアたちを見守っている。
それはまるでみんなと遊びたいけど、自分はその資格がないと思い込んでいる幼子のようだった。思えば、彼が積極的に楽しもうとすることはあまりなかった。
常に一歩退いて、周囲と距離を置いている。
自分はこれ以上幸せになってはいけないんだ。
そんな風にさえ思っているかも知れない。
「そう……」
だが今の創一にとってはもはやどうでもいい事だった。
自身の白い手を眺めながら、それを握りしめる。
先ほどの真理の言葉を思い出して、創一は、誰にも聞こえない声量でつぶやいた。
「勝つつもりでいたんだけどね」
◆
『
創造具現化系の能力には特徴があり、その出力は己の『想像力』に委ねられると言うところ。
創造には想像が不可欠であり、そして言葉通りの意味ならば──『想像』と『現実』は相反する対義語だ。
故に──。
「どうして……!? どうして僕の『
自身の出力の低下に驚く創一。その隙に地面から生えた無数の木の枝が彼を襲った。
容赦のない串刺しによる攻撃──だがそんなもの創一の異能で直ぐに回復できる。
だが今やその回復速度も低下している。戦闘を開始してから早一時間が経過した。
息は弾んでいるが精神的にはまだ大丈夫だ。気力はまだある。
そしていざとなれば真理の『
──しかし、今の創一にはその考えはない。
(ここで倒す! 絶対に!)
自身を奮起して能力を発動しようとする。
ここで倒さなければ意味がない。
ここで倒さなければならない。
何故か? それは自分が『主人公』だからだ。
物語の主人公は格好良くて、そして決める時は決める存在だ。
もしも僕が主人公ならば──この戦いは勝つだろう、いや、勝たなければいけない。
そうしなければお前は『何者』すらなれない。
「う、おおおおおおおお……!」
今しかない。
創一は自身の出力を最大にした。
能力を発動させ、周囲にある『生えてきた』植物たちを黒色の
さらに──。
身体能力を向上させるスキル【
……そう──白馬創一の能力『
故に彼に必要なものは自身に対する絶対的な自信。何故ならもし弱々しい自分を想像してしまえば、それが現実に
あまりにも異端。
だが、しかし──。
「お前がどんなに強い能力者でも、俺の能力は現実を突きつける能力だ。創造具現化系とは相性が悪いんだよ」
創造具現化系能力の弱点──それはあまりにも強烈な『現実』に直面するとその効力を失うこと。
ここがもしも建造物がある場所であれば、幾分かマシだったが、ここは自然しかない。ここに来て
ジャンブルの強烈な一撃に、創一の体はなす術もなく吹っ飛ばされ、地面に二、三転しながら倒れ伏した。
「だがそうするまでもなく、お前は自分で出力を低下させている。その時点であまりにも
空は黒雲が立ち込め、ポツポツと雨が降り出した。
次第にそれは雷雨となり、雷が落ち始める。
ジャンブルの能力は天候にさえ影響を及ぼすのか──そして、彼はまだ本気を出していない。
今までやっていたのは木を生やしたり、地震を起こして立てなくすることくらいだ。
もっと出力を出せば、竜巻やトルネード、今落ちている雷も操れるかもしれない。
「大丈夫かい? 創一君」
どこからともなく現れた真理が泥と血にまみれた創一を
目立った傷はないが、しかし心はどうだ。
「僕は、勝たなければいけない……! まだ、いけます!」
震える足で立ち上がろうとする。
ここで勝たなければ主人公ではない。
脇役なんて嫌だ。主人公ではない人生なんて意味がない。
「いやもういい。君はよく頑張ってくれた」
震える足と荒い呼吸。とても、万全に闘える状態ではないと判断した真理が指示を出した。
「私の能力で――」
「――俺がそれを許すと思うか?」
地面が脈動する。地面を滑るように駆けるジャンブルは、あっという間に距離を縮め、そのままその右手を真理の頭をつかむ。
「女だからな。殴りはしねえよ」
――が、串刺しにはなってもらう。
そう言わんばかりに、地面に叩きつけようとする。
その地面から固い木が生えた。
この勢いならば、人間の頭部を貫くには容易いだろう。
「む──」
だが突如として真理の姿が消え失せた。
あまりにも一瞬の出来事──能力を発動する予兆すらも見せない真理の技量に、どこに行ったと、ジャンブルは自衛も兼ねて自身の周囲を茨で囲う。
「私には戦う力がないからね。だから能力の展開の速さだけは極めているつもりなんだよ──『
真理は創一の背後に立っていた。
そしてそう言うや否や、肩に触れていた創一の姿が突如として消えた。
茨越しにジャンブルは真理を睨む。
(流石はSSSランク能力者といったところか)
彼女の言うとおり、能力の展開速度は他の能力者を圧倒している。
今こうしてみても、彼がどのようにして消えたのか検討が付かない。
創一の能力を『異能』だとするならば、真理の能力はまさしく『
だがそれがどうしたと言うのだ──。
「誰もが……そう、誰もが自然の力に淘汰される! この世界に存在する限り! 俺の能力には決して抗えない!」
「そうかもしれない。どうやら創一君もダメとなると、もはや彼しかいなくなる。だがこれで良い──元々私はそのためだけにここに来たのだから。彼の能力の影響を受けないただ唯一の能力者として、私はここにいるのだから」
周囲を渦っていた茨が、意思を持ったかのように真里へと襲いかかった。
完全な奇襲。だが彼女の薄笑いは止まらない。
やがて茨の棘が彼女の胸を突き刺したかと思った、まさにその時だった。
(何──?)
目眩と似たような現象がジャンブルを襲った。
足を前に出して、なんとか耐える。
嫌な予感がして再度前を向いた時、そこには一人の少年が立っていた。
先ほどの空気とは比較にならないほど、纏う圧は異常だ。
(何故だ──茨が、奴の身体を貫かない?)
入れ替わりについては予測できていた。
ただ予想外だったのは、その入れ替わりの位置が固定だったことと、そして目の前の少年の前から微動だにしない茨たちだ。
明らかに異なる違和感に、ジャンブルの顔が楽しそうに歪んだ。
「さあ来い! 俺を負かせてみろ自称最強!」
ようやく自分と対等に渡り合える奴が来た──と、表情が語る。
御幸はそんなジャンブルの表情を一瞥しながら、自身の能力を使って、彼に肉薄し始めた──。
「お前の能力は創一さんのおかげで十分知ることが出来た」
拳を突き出す御幸と、それらを見越して防御するジャンブル。
両者の視線をかち合ったと思えば、そこからは他の追随を許さぬ接近戦が始まった。
逮捕術を旨とする御幸の戦闘スタイルと、スラムで培ったジャンブルの荒々しいまでの戦闘技術は思いの外強く、御幸が背後にまわり込もうとすると『
「制圧は難しそうだな。これが最後のチャンスだ。自殺なんてやめて真っ当に生きろ。その力はこうやって世界のためになれるのだから」
「世界のため? おいおいそんなガキっぽいこと言うなよ。今更社会貢献か?」
「社会貢献に遅いはない。(それと俺はまだガキだ)……それにお前の力があれば地球温暖化も案外救えるかもしれないぞ? 不毛の土地を肥やすことだってお前なら造作もないだろう」
この人工島は──土地が死んでいるという訳ではないが、まだ虫も生き物すらいないこの大地に、これだけの植物を無理やりにとはいえ生やすにはそれだけの練度や技量がいると言うことだ。
「誰だって一度は夢見る『世界平和』。お前はそれに一番近い能力を持っている。それでどうして夢を見ずに絶望するのか俺にはわからない」
「……生憎、夢なんか無かったね。強いて言えば明日食えるモンがあって、温かい所で寝れて、安心できる居場所が欲しかった。そんだけだ」
「その程度で満足するのか。世界最強。俺の知る実力者は全員傲慢で、野心があって、それでいて格好良かった」
「あいにく俺はおじさんでねぇ。たいていの事はやったのさ。金も女も遊びも、もうたらふくやったさ。その上で満足した。いや絶望した」
人間というものは業深く、罪深い生き物だと悟った。
それは最底辺から成り上がったジャンブルだからこそ言える言葉だった。
日に日に自身の中で膨れ上がる欲望という名の悪魔。なんでも出来る能力。
事実半年前からは、ジャンブルは毎夜のごとく酒や女、ギャンブルに金を注ぎ込む男だったし、その金も無くなれば適当な銀行を襲って調達していた。
『へえ。面白いね。遊び人が賢者になれるとはよく言ったもんだ。人が悪業だけで生きられないのと同じように、人は善だけで生きてはいられないのさ』
その少年は一年前、たまたま日本にやってきた時に出会った。
黒色の学ランを着ていた彼は、なんでも能力者探しをやっていたそうで、そこでジャンブルは目を付けられた。
自身に歯向かうものを知らなかったジャンブルは応戦し、そして結果敗北。
自分の無力さを思い知ったジャンブルに、その少年はいとも容易く懐に入り込んだ。
まるで長年の親友かのように、友人かのように、家族かのように、同志かのように、彼はジャンブルを気に入った。
『君は生まれながらの敗北者だ。その能力がなければ炉端に倒れても誰も見向きもされないような──弱者だ。だが君は幸運なことにその能力がある。君はそれを自分の為に使うべきだ。何をしたって構わない。『この国を変えたい』が為にテロを引き起こし、生まれでの『差を無くしたい』が為に戦い抜いた君は間違っていない』
『だけど結局どうだった? いつだってその行為は誰かによって改竄され、思い出も意気込みも改変させられた。今じゃ君は理不尽と戦った英雄よりもいつ世界を滅ぼすか分からない爆弾扱い』
『お疲れ様ジャンブル君。君の戦いはこれで終わりだ。どうせ君が何やったって無駄、それが君の得た答えだよ』
それ以来、ジャンブルは自分を守るために、自分を癒すかのように、強欲の限りを尽くすようになった。
壊れていきそうだから、これ以上認めたくない。
「俺の異能は世界を操る。だが俺は世界を変えられなかった……! 人を変えることもできやしなかった!」
強大な力を持つがゆえに、ジャンブルはそれを変革に利用した。
スラム街からの革命、しかしながら人間というものは卑劣で下劣だった。
国はジャンブルを敵視し、和解こそしたものの彼を一度たりとも民衆の中の一人だとも、ましてや人間だとも思わなかった。
「俺の故郷は焼き払われた。俺が世界最強になったからだ! 俺の友人は、家族は、同志たちは殺された! 焼殺だ暗殺だ謀殺だ! だが世間はマスコミどもは! よってたかって彼らを悪者に仕立て上げ! 『しょうがない』からという理由で彼らの死をまるで価値なきものにすり替えた! ふざけるな、これが憤怒せずしてなんとする! 俺は怒ってる! 国に! 社会に! 世界にだ!」
ジャンブルの怒りに応えるかのように、植物が、大地が、海すらもが──彼の思うがままに荒れ狂う。
四方八方から迫り来る大波──この島ごと沈没してしまいそうなくらいの勢いだ。
「……それで自殺を図ろうとするのは、間違っている」
「『生きる事は絶対的な善じゃない』──以前、俺の知り合いが言っていた事だ」
「そうか、随分と、アイツと同じことをいうやつがいたもんだ。きっと人生がつまらないものだと思い込んでいるのだろう」
荒れ狂う荒波が押し寄せ、大地が陥没し始め、植物が狂ったように伸びる地獄としか言いようがないほどの最中で。
「なら、俺が世界最強になってやる」
その時、御幸を中心とした長方形の薄い膜が浮かび上がった。
光の線が地面をなぞり、それらは波を堰き止め、大地を均し、植物を封じた。
それは聖なる結界だった。
(これが御幸の能力──異能も自然も通さない、奴の前では全てが無力!)
「……ッはあ、はあ、はあ!」
久しぶりに本気を出したからか、ジャンブルは耐えきれず地面に倒れ、息を整えようとしていた。視界が点滅し、耳鳴りが酷い。能力の過剰使用に脳が沸騰する。
すぐに使うとこれだ。ジャンブルの異能は世界でも有数の殲滅能力を有しているが、一度ギアを上げると直ぐにガス欠してしまう。
やがてそんなジャンブルの目の前に、御幸がやってきた。
「さっき……お前、なんて言った」
「何度でも言ってやるよ。俺が世界最強になる。そうすればアンタはもう傷つく必要はないだろ?」
「分かってんのか? 最強を、異能の頂点に君臨するってことは、お前はもう──誰にも頼れなくなるぞ」
『お前がやれよ』『なんで私たちが傷つかないといけないわけ?』
『最強なんだろ? ほらさっさとやってくれ』『どうしてできない。最強だろお前は』『最強のくせに一々面倒くせえ男だな』『最強だろ取りこぼすなよ』『言い訳するな最強だろ』────────。
無数に言われた言葉。
力ある者は頼ってはいけない。
それが世界最強の看板の重みだ。
「いい、みなまで言わなくても。そうか──アンタも苦労してんだな」
「お前……俺の心が読めるのか?」
「副次的なものだ。どうも大技を使うと能力の出力が上がったままになるらしい……なあジャンブル。俺はアンタよりも
御幸は一度、深く深呼吸を挟んでから、再びジャンブルに向かって言った。
「ジャンブル、これはまだ政府にも伝えていない極秘情報だ。俺の能力は────」
自身の能力の真意──それを余す事なく説明した。
とは言ってもそれは秒数に換算して優に三十秒弱。シンプルなものだった。
「……お前、いいのかよ。俺に言っちまって。つーかなんで言ったんだよ」
ジャンブルは御幸を見上げながら、乾いた舌を動かす。
「確かにお前の異能を最強だ! 負けだよ! 俺も勝てねえ誰にも負けねえ! 文句なしのチート野郎だお前は! ……じゃあよ」
御幸は自身の思いを、全てジャンブルに届けることにした。
その結果──ジャンブルは間接的ながら、御幸のこれまでの生い立ちを知った。
知ってしまった──だからこそ、止められない。
この溢れくる悲しみの涙を止めることは出来ない。
「どうしてその力を──お前は、自分の為に使わないんだよぉ……」
『共感』──御幸の異能の一部。
それでジャンブルは間接的に御幸の生い立ちを知ってしまった。
だからこそ叫ぶ。いな、ここで叫ばなければなるまいとジャンブルは思った。
「生まれたときから命を狙われて! 生きるために国に忠誠を誓い! 生き延びるために見知らぬ誰かに尽くす! ……なんだよそりゃ、そんなのあんまりじゃねえか!」
ジャンブルは御幸を見上げ、乾いた舌を動かす。
「善で在れ、秩序を守れ、人を慮れ、悪しき心を抱くな、巨悪を討て、人々を救え――お前ずっとそんなこと思っていたのかよ! ずっとそんな思いを背負ったまま、生きていたのかよ!」
「それが力ある者の責務だ。せっかく人より秀でた能力を、世界のために使わなくてどうする」
「ふざけんな、人はそんな
「知ってる。だから強要はしないさ。せめて俺だけが……俺だけがそうであれば問題ない」
御幸は続けて言った。
「なんでアンタに言ったのか……それは俺のことを知ってほしかったからだ。世界最強のアンタに、俺の余すところなく全てを。だからさ――」
ジャンブルの正面に腰を下ろす。
朝日が島を照らす。夜の終焉、朝の始まりを予感させる朝焼けの色は美しく、そよ風が御幸の黒髪を撫でた。
「だからアンタの後は俺が継ぐよ。これからは俺がその責務を、重荷を背負う」
任せてくれないか? ――と御幸はジャンブルを見つめて言った。
完敗――既にジャンブルは敗北していた。
実力も、その心意気でさえも。だけどそれを認めるにはなんだか癪なので。
「……言っておくが、俺は負けを認めたわけじゃねえぞ」
そんな御幸に、ジャンブルはため息混じりにそう言った。
◆
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