そうだ、海に行こう 中編



 新都島にいとじま──第三都市が保有する人工島の名であり、人口は今現在百人にも満たない。

 未だ開発工事が行われている最中であり、島の中央には街などが出来てはいるが人はまだいない。島の面積は1545K㎡。暖かな気候と海流により、この九月の中頃といった時期でも安全に海に入れる。


 そして、数年前にここで行われた戦闘による影響で、半径三百メートルの海域には一切の生物がいない。故にクラゲによる心配もなく泳げてしまうのだ。


 そんな新都島へと新たな技──『零行動』によって、無事(?)にたどり着いた御幸は、今絶賛玄光による懸命な救助活動掘り出しによってなんとか生き埋めから脱することに成功した。


「ペッペ……迷惑を掛けたな玄光」


「ああいきなり頭から突っ込むから何事かと思ったぜ──つか、お前いつの間にそんな芸当身に付けたんだよ!?」


 口の中にある砂を吐き捨てて、泥と砂砂利まみれで地上に這い上がった御幸は、早速己の能力を活かしてそれらの汚れを落としていく。


「なに、やろうと思えばできただけだ。それに──ここには一度来たことがあるからな、一応地図を開いてやってはいたが、この分ならいらないな」


「いやいるだろどう見ても! 生き埋めになりかかってた奴の言うセリフじゃねえよ!」


 たまたまシャベルを持っていたから難なく掘り出せたが、もし近くに誰もいなかったと考えると冷や汗が出る。死にはしないだろうが、しかし周りから見れば十分、この通り冷や汗ものなのでやめてもらいたい。


「でも本当に助かったぜ。見ての通り、バカでかい大樹とかもあってよ、キリがねえんだ」


「アリシアは? この現状を見て言うのもなんだが、てっきり付き合ってくれてるのかと思ったんだが……」


「アリシアは今、少し用があってな。オレはそこに顔出せねえから、真理さんや澪にも頼んで離れの岸辺の方に行ってもらってる。あそこは自然の猛威が少ねえからな」


 今更ながら、異能課のメンバー大集結である。

 しかもあの澪でさえ来ているというのだから、驚きだ。


「良く澪が、部屋から連れ出すの大変だっただろう」


「いんや? なんかお前も行くもんだと思っていたそうで、意外と乗り気だったぞ」


 ノリノリで支度準備をする澪の姿を想像して少し胸が痛くなった。

 いや、こうして御幸もここにいるのだから結果オーライだろう。

 なら今、御幸がやることは──一刻も早くこの現状を解決して、早く皆の元に戻ることだろう。


「少し下がってろ玄光。早く終わらせるから──俺の前に立つな」


「逆ゴルゴかよ」


 そんなツッコミと共に玄光は言われるがままに後ろへと下がる。


 前方──木や蔦が生い茂る森に向かって、御幸は前に手を差し伸べた。

 その時、何か異質なものが有体にいうならば──何か巨大な質量を持った透明なが、玄光の目の前を通り過ぎ、森中の根ごとを持っていって吹き飛ばしたのだ。


「う、おおおお……おいおいマジかよ。誰が弱体化だって? えぇ?」


「言ってくれるな。こう見えても緻密な計算が必要なんだ。あと十数秒しかない。纏めてやるぞ」


 御幸は続けて能力を使う。周囲に猛風が吹き荒れ、上空にある雲の動きが早くなる。


「ま、纏めてやるって言うけどよ御幸! お前ここの地形分かってるのか!?」


 既に簡単な整備などという言葉さえ忘れている。

 木々に隠れて、そして巨大な根を張っているから分かりにくいが、ここは傾斜もあり、そしてその地に何故か出鱈目に木が生えているのだ。


 無理にやろうとすれば整備どころではない。

 むしろ補修や埋め立てをしたりと、そういうこともある。


 しかし御幸は案ずるなと、玄光に言った。


「言っただろう。俺は前に一度ここにきている。ここの地形なら存分に理解しているさ──なんせ、


「三日三晩ってどこの戦闘民族だ!」


 もうツッコミをしている暇はない。

 風に飛ばされないように必死になる玄光だった。


 ◆


 半径一キロメートルにも及ぶ大規模な『整地』。

 予め御幸は能力を発動する前に『無生物だけ』を対象とする──という条件を課して能力を使用していた。そのため森に住まう生き物は全員無事である。


 しかしまあ、勝手に棲家を奪われたという暴挙はやはり、知能が低い動物や虫にも通ずるところがあるのか。


「どうする? 玄光」


「どうもこうもねえよ! 逃げるんだよぉぉぉぉぉ! 御幸ぃぃ!」


「さてはお前、最近ジャンプにハマったな?」


「うるせえ! 『境界線』だ! 境界線を越えればあいつら追ってこれねえ!」


 絶賛追いかけられ中である。

 しかしながら相手は動物だ。人間の足ではいずれ捕まってしまう。

 玄光は御幸の襟を掴んで『逃飛行エアロ・バイカー』を発動させた。


「『境界線』……?」


「ああ。なんでもこの地には虫や他の動物が一切入ってこれねえ、不可侵っつーかなんつーかきな臭い境界線ボーダーがあるんだよ。中央にある街も、その境界線を利用して建造しているわけだし」


 その境界線の印は、この島に建てられた四つの塔だ。

 白い展望塔にも見えるその塔を超えた玄光と御幸は地面に着地し、後方に迫る虫や動物たちの様子を伺う。


「どうやら確かに。本当らしいな」


 明らかに何かを怖がる様子で、動物たちや虫までもが退いていった。

 申し訳ないが、しかしこれも仕方のないことだ。

 このままでは明らかに土地が壊れる。自然の摂理に反しているほど、異常に森が、自然があるのだ。


「あの大樹が原因だ」


 汗を拭って玄光は森の中央にある一際大きな木──大樹を指差した。

 確かに、大きい。異常なほどに巨大だ。

 それを見た御幸はふむと、何かを思い出したかのように口元に手を当てた。


「ああ、まだ残っていたのかアレ」


「何か知っているのか?」


「知っているも何も、あれは俺のせいでああなってしまったものだ」


「はああ!?」


 とんでもない御幸の発言に、玄光は先ほどの言葉を思い出す。


「そーいやお前、ここで三日三晩戦い続けたって──」


「その話はまた今度だ。戻ろう、皆待ってるはずだ」


 確かにもうそろそろ良い時間だ。夕暮れになる前に戻らなければ、玄光の本懐も果たせない。皆がいるであろう岸辺の方へと向かう途中、玄光は今更ながらに御幸に訊いた。


「お前さ、水着は?」


「……忘れてた」


 ◆


「夏だ! 海だ! 青春だ!!!」


「もう秋だし、海といっても人の手が入っていない方の海だし、そしてあんたの青春はもう終わってるわよ」



 海パンと灰色のラッシュガードを着こなし、燦々と照りつく太陽に両手を伸ばし豪語する玄光の背後で、白色のワンピースタイプの水着を着たアリシアが言う。


「グハァ!」


「創一さんが血を吐いて倒れたぞ!」


「いつものことだろ」


 そしてそれらを見守っていた御幸の隣にいる創一がダメージを負った。

 いや、どうしてだよ。


 水着を忘れた御幸と創一は、近くの木の下でそれぞれ休んでいる。

 創一に飲み物を渡しながら御幸も汗を拭っていると、澪とアリシアがやってきた。


「ふふん、どうだい御幸くん」


 第三学園で売られている紺色の水着ブルマ。それを着ている澪が腕組みをし、胸を逸らしながら御幸に感想を聞いてきた。


「お姉ちゃんの魅惑ボディに悩殺されたかい?」


 自身のボディラインに指を這わせる澪。

 しかし御幸はもはや哀れみの瞳で見つめていた。


「永遠のゼロに涙が出そうだ」


 幼い時から見ているが、身長も胸も大して成長しない澪にそろそろ本気で心配を覚える。もっと日差しの下にいれば、成長するはずだ。多分。メイビー。


「んな……っ。ふ、ふふふ……っ私はこれから成長するのさ。今に見ていなさい、きっとアリシアちゃんより大きく実るはずだから」


「はず」


「ぜ、絶対だから!」


 ぷんぷんと顔を赤くさせて憤慨する澪に、御幸は敢えて触れなかった部分について言及することにした。


「髪……切ったんだな」


「わ、分かる?」


「腰まで伸びた髪が、綺麗さっぱり無くなってるのを見て気づかない奴がどこにいる」


 夏の際に出会った時は、髪がボサボサに伸びていたが、今はそれが無い。

 ショートヘアーになっている。以前のような澪に戻ったというべきか。

 澪はその髪に触れながら、どうかなと、御幸に再度問いかけた。


「ああ、やっぱりそっちの方が澪らしくて俺は好きだ」


「……そ、そう。ふへへ」


 照れながら澪はそそくさと海の方へと行く。

 入れ替わるようにむすっとアリシアが前に出た。

 彼女は彼女で大胆な黒色のビキニを着ていた。スタイルの良さと合わさって何とも艶めかしい印象を覚える。


「何かあるなら今のうちに言っておきなさい」


「日焼けクリームは塗ったのか? 夏ほどは無いにしろ、日焼けは痛いからな」


「〜〜〜〜っ、もう一度言うわね? 私の! この! 水着姿を見て何か思うことがないわけ?」


「……? アリシアは何着たって綺麗だ。なぜそんな当たり前のこと言わなければいけない。会うたびに言ってたらその内俺の保有する数少ない語彙が無くなるぞ」


 そんな自虐にも似たことを言う。嘘ではない。というより御幸が嘘を言ったことなど数えるほどしかない。

 アリシアは美少女だ──それは御幸も含め周知の事実だろう。

 白く美しい滑らかな肌と、絹のような金色の髪。

 赤色の瞳は苛烈ながらも、その奥にある優しさは拭いきれない。

 血のようで、炎のようで、暖かい眼だ。


「……あそ」


 ぷいとつまらなさそうに顔を逸らすアリシア。

 しかし耳まで赤くなっているのは隠せない。


「大丈夫ですよ姉さん、姉さんはかわいいです」


 ようやく身支度が終わったのか、奥にある簡易的な脱衣所からガブリエルが出てきた。そこでようやくガブリエルも来ていることを知った御幸は、驚きと共に彼女の方へとガン見する。


「何よ、私じゃなくて妹の方が良いってこと?」


「いやそう言うわけじゃないが……驚いただけだ」


「そうね、あの子可愛いものね」


 微妙にすれ違う両者、だがそんなことはつゆ知らず、ガブリエルはぱたぱたとアリシアの方へと駆け出す。彼女の黒色とは違う、イメージカラーとも呼べる白色のフリルデザインの水着だった。


 太陽光が彼女の白銀の髪を反射する。

 蒼い瞳は海よりも青々しく、その瞳にはアリシアしか映っていない。


「綺麗ですよ姉さん。かわいい過ぎます」


「やだ……ウチの妹可愛すぎ……」


 にこりと笑いかけるガブリエルに、アリシアは目元を押さえる。

 御幸もそれに同調するように声をかける。


「ああ、アリシアは綺麗だ」


「ふん! 今更言っても遅いのよバカ御幸! さ、行きましょガブリエル」


「はい。……あ、でもごめんなさい姉さん。私、一度も海に入ったことがないのでその、上手く泳げるかどうか……」


「それなら私が付いているわ。一緒に練習しましょう」


 アリシアとガブリエルはそれぞれ並んで、海へと臨んだ。

 その仲睦ましい彼女らの後ろ姿を見て、今更ながら御幸は、あの時の電波塔のことを思い出す。アリシアは、こんな事がしたくて今まで戦っていたのだと、幼い時から見てきた御幸は、その胸に何か暖かなものが通る気がして。


「うん。良かったな──アリシア」


 誰にも聞こえないように言葉を掛けた。

 少なくとも、彼女たちのその笑顔を見れただけで、それだけでも御幸は救われた気になれた。あの時の無茶な選択は、決して、間違いではないのだと。そう言われたような気がして──。


「しかし君もつくづく間の悪い……最初から着いていけば良かったのにねぇ」


「真理……」


 くつくつと笑いながら御幸たちのいる大きな木の下まで来たのは、我らが異能課の上司ボス・折木真理であった。

 彼女もまた例にもれず水着を着用しており、その胸を強調するような赤色のビキニが目に痛い。


「凄いな」


「おや、私も褒めてくれるのかい? 嬉しいねえ」


 自身の胸にそっと手を寄せる真理。

 だが御幸は続けて言った。


「いや、もうすぐ三十代になる女性が、まだそんな水着を着る勇気があったのかと、純粋に感心しただけだ」


「……はっはー。君はどうやら私が払った焼肉代を返上したいと言っているのかな?」


「ヤキニクゴチソウサマデシタ、マリサンハステキデス」


「よろしい……とまあ、そもそも水着を持っていない御幸君はともかくとしてだ。創一君も、海に行く機会なんて人生でそう何度もないものなのだから、君もこう言う時ぐらいは遊んでしまえ。今なら眉目麗しい女性陣たちと遊べるぞ」


「いやぁ……僕が出る枠はないですよ。僕はもう立派な大人ですから。そんな──子供みたいにはなれません」


 日陰で涼んでいる創一が、そんな諦観とした視線で言う。

 いつの日からか、何かあったのか創一は、一歩身を引いた態度でいることが多くなっていた。それはまるで自分が大人であると言うことを再確認するかのように。


「君らしくもない──が、まあその言葉はぜひ、あそこではしゃいでいる玄光君にも聞かせてほしいものだよ。仕事さえ出来ていれば何も文句は言わないがね」


 何かを察したのか、空気を変えるように真理は波打ち際で遊んでいる玄光の方へと視線を投げた。

 玄光の隣には一人の女性がおり、その薄い白色のワンピースと麦わら帽子を被った女性は、まるで雪のように消え去ってしまう存在であることを示唆してしまうほどに、儚げだった。


「ずっと黙っていたがあの人は誰なんだ? アンタの知り合い……てわけでも無さそうだ」


「彼女は玄光君の奥さんだよ。私に無理を言って海に行きたいと喚いていたのは、どうやら彼女のためらしい。全く、奥さん想いな人だねえ」


「ああ、あの人が……」


 話には聞いていた。年下の幼馴染であり、重い病気を患っているのだとか。

 水を掛け合っている玄光の顔は清々しいまでの笑顔であり、女性の方も顔はワンピースで隠れて見えないが、嬉しそうということだけは伝わってくる。


「懐かしいね。ここにいると、あの時の出来事を思い出すよ」


「……丁度、当事者が三人集まっているからな」


 真理の言葉に御幸が頷く。御幸も同じことを思っていたからだ。

 新都島には少し思い出がある。

 しかしそれは夏の甘酸っぱい青春の思い出ではなく、血と泥と汗に塗れたものなのだが。


 ──SSSランク能力者二人、そして世界最強の能力者。

 この三人が関わった、とある戦いがあった。

 それはどこのニュースにも載っていない、だが負ければ世界が危機に陥されるというものであり、人知れずにその戦いは行われていた。


 御幸は寄りかかる木に触れて、空を見上げる。

 思えばあの時も、こんな晴れやかな空から始まった。


「元世界一の能力者──ジャンブル・E・トッド。彼との戦いから実に二年か」


 それは世界最悪の犯罪者の名前でもあり、そして今や世界をまたに掛ける英雄の名であった。だが彼が英雄になれたのは御幸との一戦があったからだ。

 そしてその一戦の舞台がここ──新都島だった。


「ジェットか……懐かしい名前だ。彼はまだ元気ですか?」


 創一がわずかに反応した。

 ジェットとは彼の愛称である──ジャンブルJ・E・トッドTで『JETジェット』だ。


「ああ。また君たちに会いたいと言っていたよ。もしかしたら今度の選伐祭で来るかもしれない」


 くつくつと笑う真理に、御幸はそうかと言って、少しだけ思い返していた。

 あの蒼い空と青い海がよく映える日、まだこの島に自然なんてものが存在しなかった、手付かずの土壌だけが広がるあの地にて。


 ──あの、世界の命運を分つ戦いのことを。



(そうだ、海に行こう 後編に続く)


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