その少年の名は


 〇〇〇〇という人物に対して、何か知っていることは?

 以前、その問いを事件の当事者ではない生き残った生徒たちに聞き回ったことがある。


「えっと、生徒会長の名前でしょ? 聞いたことあるよ」


「イケメンだって話は」


「運動も出来るって先輩から」


「読書家だって聞いたことあるな」


「メガネを掛けてたっけ?」


「裸眼だったよ。切れ目のある目だった」


「長い髪だったよね。女の子かと思っちゃった」


「いや普通ぐらいだろ。似合ってたよ。頭髪検査いつも引っかかっていたけど」


「学校の規則をめちゃくちゃ変えたよね。おかげで早弁できるようになったし」


「誰に対しても優しいよね。さすが生徒会長って思う」


「先生にも信頼されてたよね。確か高校は偏差値70台のところ行くんだっけ?」


「いや本人は起業するとか言ってたような……」


「まあとにかく最高の人だよ。ああいう人が上に立つんだろうなと思ってた」





「──〇〇〇〇は最低な野郎だ」


「何を考えてるか分からない」


「常に人を見下しているような感じ。話してると心底バカにしてるんだろうなって思う」


「嫌い。ただ嫌い」


「顔も見たくない。〇〇のせいで私の友達が学校に行けなくなっちゃった」


「イケメンだけど性格が終わってる」


「嫌い」


「嫌い嫌い嫌い大っ嫌い!!!」


「先生にも少し避けられてたよね。ああ言えばこう言うの化身みたいなやつで、絶対に自分に非がないと思ってる」


「とにかく最低な野郎だった。顔が良くなければ生徒会長にすらなれてなかったよ。よかったね顔は良く産んでもらえて──これ、誰にも言わないでくださいね?」


 ◆


 急遽決まった水族館だったが、幸いにも当日チケットを確保し、最終的に閉園の時間まで栞とともに海の生物たちを眺め、ペンギンショーで心を躍らせ、お土産屋で普段は買わないものを買ったりと随分とエンジョイできた。


 ……まあ無論、これらの背景には創一が真理に連絡し、真理の方から水族館側へとアプローチを掛け成功させたという、親バカもバカらしくなるほどの真理の猛烈な可愛いぶりが発動した訳なのだが。


「ア、アリシアちゃん。ほら、せっかく僕たちも水族館に入ったんだし、少しはお魚さんたちを見た方が……」


「うっさいわね。良いのよアンタは一人でも見てれば!」


「さすがに大人になって一人で魚を見に水族館はなかなかハードルが高いよ!」


 御幸にはそんな気はないが、周囲から見れば付き合いたてのカップルかと錯覚するほどに距離が近い二人。

 どれだけ近いかというと、栞から御幸に手を繋いでほしいと言われ、手を繋いだり、水族館の中にあるアクアリウムレストランに行けば、人目も憚らず『あーん』を要求してきたりと。


「楽しいのか? これって」


「はい!」


 御幸はされるがままにやっているが、無論栞の真意を理解していなかった。

 それを遠くの壁際から監視するアリシアの目は燃えている。


「は、破廉恥だわ……あの子、控え目かと思ったらラスボスじゃない」


 思わぬ強敵の出現に焦り始めるアリシア。

 彼女の周囲から氷の膜が出来始めていることに創一はキョドりつつも──。


「……あ、クジラだクジラ。わ〜すごい」


 こちらはこちらで楽しんでいる様子で。

 とにかく、そんなこんなで筒がねなく終わったのだった。


 ◆


「今日は楽しかったです。ありがとうございます先輩」


「俺も楽しかったよ。水族館だなんて初めて行った」


 互いにお土産を買って、午後十時には帰宅した御幸たち。

 当然周囲は暗闇に包まれている。

 風呂に入ってもう寝なければいけない。


 互いに交代でシャワーを浴び、御幸は敷き布団を出す手間を惜しみリビングのソファで寝ることを彼女に伝えると。


「だ、ダメですよ先輩! ちゃんとした布団で寝なきゃ、体だってまだ治り掛けなんですし……」


 そう、淡い水色のネグリジェを着た栞がそう言う。

 ネグリジェは思いの外薄い素材で作られており、目を凝らせば栞の胸を支えているブラが見えてしまうほどだった。

 悟られないよう、自然な形で上の方を向く。


「しかしだな。栞もあとで布団を洗濯して取り込むのも大変だろう」


 一人大変そうに衣服を取り込む栞の姿を想像する。

 さすがにそれは申し訳ないというか、居た堪れない気持ちになる。

 御幸の意志は固く、だがしかしそれならばソファで寝るのは自分だと、譲らない栞。


「な、なら──」


 折衷案として栞は、勤めて明るい声で、なんとでもなさそうに言った。


「わ、私のベッドで一緒に眠りましょう!」


 顔が燃え上がるように赤くなっていることに、御幸は特に何も言及しなかった。


 ◆


「どうやら御幸君はこのまま夜を過ごすようだね」


「そう……」


 場所は変わり、近くのビルの屋上を陣取った創一とアリシアは、依然として御幸の観察を続けていた。暗視スコープ付きの双眼鏡で自宅を眺める創一は、傍に置いてあったアンパンを頬張る。


 張り込みにアンパンは必須だろう──と、まるでどこぞの新入りのような事を言う創一。


 バカらしいと一蹴するが、アリシアもまた現場をなるべく離れたくないためか、彼女は栄養補給ゼリーのスパウトパウチをベコベコと口で膨らませたり萎めたりしている。


「僕は一応、真理さんに言われたから監視を続けるけど、アリシアちゃんは寝ててもいいよ。この時間ならまだホテルは取れると思うし」


「そう? それじゃあ少し疲れたから眠ろうかしら……」


 夜空には星々が瞬いている。あと二時間もすれば日を越すだろう。

 これ以上の進展は流石にないと判断したアリシアは、お言葉に甘えて少し休もうと、屋上の扉へと歩み寄る。今日は中々に精神をモヤモヤさせる出来事が多かった。


(しかし──結局折木さんの危惧していた事態にはならなかったな。いや、その方がもちろん良いんだろうけれども)


 もとより、今日御幸が栞の元を訪れるのは秘匿事項なのだ。

 何故かは分からないが、この監視じみた行動も実は他のメンバーには伝えられていない。


 それほどまでに緊急性の高く、そして秘密裏に行われる行動──その適任者が元『十傑』である創一に頼まれるなど、その異常とも呼べる真理の行動に、創一は密かに今回の作戦が大惨事に繋がるのではないかと危惧していた。


 だが結果は何事もなく、恐らくここだろうと最悪の予想をしていた水族館でさえも、怪しい人物は誰一人として見当たらず、拍子抜けもいいところだった。


 しかしこれで良いのだ。そもそも一人の少年が、可愛い後輩の元に訪ねるだけでここまで警戒する方がおかしい。アリシアには少し申し訳なく感じるが、創一は友人として御幸の幸福を願っている。取り敢えず、結婚の際には呼んでほしいとは、思っている。


「──だ、誰よアンタ!」


 そんな声が響いた、その時。

 屋上から巨大な氷塊が誕生した。

 アリシアの新たなる能力──『燃え盛る永劫たる氷華イグニッション・エターナル・ガーデンフラワー』が発動したのだ。


 アリシアの能力はガブリエルとの一線から更なる成長を経た。


 あらゆる物質にエネルギーを与える氷を創造する。

 ただしそれはあくまでも任意のものにだ。

 通常の氷でも、相手を封殺できるくらいのことは出来る。


 ──故に、アリシアは目の前で四肢を氷漬けにした少年に向かって、強気に出た。


「へえ、いきなりの事とはいえ流石だなぁ。やっぱりガブリエルちゃんとの戦いが強く影響しちゃったか」


 その少年の顔立ちは整っており、可愛らしさと格好良さを両立させたものだった。

 身長はほどほどに高く、恐らく御幸と同じ170cmくらいだろう。

 紺色のシャツと黒色のズボンを身に纏っており、シャツのボタンは襟元まで留められていた。


(なんだこの少年は。というか──?)


 異能課所属である創一とアリシアにはそれぞれリース直伝の体術を仕込まれている。

 その他にも察知能力などの、ある程度の技術は御幸には遠く及ばないものの二人も有しているのだ。


 だが今に至るまで、創一とアリシアはこの少年の存在に気づけなかった。

 恐らく先ほどまで背後の、扉の影に隠れていたのだろう。

 そしてアリシアと鉢合わせて、能力発動はアリシアの方が速かったのか、なんとか事なきを得たわけなのだが──。


(恐ろしい……もしもこれが暗部の人間だったら一瞬のうちに殺されていた)


 その事自体はアリシアも理解しているのだろう、嫌な汗を流しながら、アリシアはその少年に詰め寄る。


「嫌だな、怖いな。捕まったらボク、また解剖されちゃうのかな」


「そんなことはしないさ。ただ、どういう理由があって僕たちのところに、こんな隠れてまで来たのか、そのことを教えてもらいたい」


 決して怪しいものではないと、創一は宥めるように少年に言う。

 しかし、少年は思いもよらぬ事を口にした。


「そうやって自分が有利に立っている事を理解しないと気が済まないタチなんだね、君は」


「──はは、どうも」


 予想外の言葉に驚きつつも、創一は冷静に受け流した。

 ただの子供の戯言だと──少し、嫌な感情が胸中に過ぎるが、それらを無視してこその大人だ。


 しかし少年は、その口元を三日月のように歪めて。


「でもしょうがないよね。だってそうしないと君は君じゃなくなってしまうから。出来るだけ格好つけたいよね、出来るだけ『理想の自分』に近づけたいよね。普段は控えめで、何をやってもダメで、常に主人公に恋焦がれている理想の君に、自分自身が納得できる人物になりたいよね──それが君の『憧憬姿望ハイエンド・スペース』の正体だと言うことを、ボクはちゃぁんと理解しているよ。君がどれだけダメで、どれだけ身の程知らずな幻想を持っているかを。よかったね、ずっと欲しかった理解者分かってくれる人が現れて──ね、白馬創一ちゃん」


「な……っ」


 その少年の言う台詞に、創一の顔が引き攣る。

 どうして、自分の能力名が分かった?

 どうして、自分の本名を知っている?

 どうして──今まで誰にも打ち上げられなかった悩みを知っている?


 そうだ。白馬創一という人物という愚かさについては、能力の低さに関しては、自分が一番理解している。二十歳になる前には──大人になる前までは、それこそSSSランク能力者として活躍できて、立派で素敵で、何よりもカッコいい主人公になれると、そう思い込んでいたのに。


 だけど気づけば今のダメな自分がいる。

 大人になって分かった──もう自分が子供の時のように夢は見られないのだと。

 自分の限界値を悟り、いつしか努力する事を斜に構えた見方で見てしまう自分がいる事を。だけどそれでも子供達の前では虚勢を張り続け、世間には多くの者に夢と希望を、そして楽しみを与える小説家として仮面を被り続けている。


 だけど心はちっとも晴れない。

 どれだけ成功しても、もう自分には夢は追えないのだと。

 あのなんでも出来た自分には戻れないのだと、そう悟ってしまったから──。


(いや待て、おかしい──)


 今まで抱えて見ないふりをし続けた思いを、悩みを、傷口をナイフで突き立てられ中身を掻き出されている様な感覚。

 この少年の話を聞いただけで、強制的に過去のトラウマが蘇った。


(彼が――折木さんが危惧していた人?)


「君、名前は?」


「どうせ誰も覚えられないと思うけど――いいよ」


 少年の右手が赤く煌めき、瞬間、氷は音を立てて崩れ落ちる。

 どうやら炎熱系の能力者なのか、しかしどこかおかしい。

 アリシアは静かに息を呑み、創一が前に出た。


「なに、別に何もしないよ。ただ君たちを称えに来ただけ」


「称えに?」


「そうだよ。――コラドボム編完結おめでとう。いや見ていて楽しかったよ。文字に起こせば十万文字はくだらない、長編だった」


 少年は言う。


「でもその後の展開は少し早すぎかな。ボクとしては、ちゃんと説明が欲しいところだよ。山田玄光はその後第二都市でリース・エリックとともに修行していて、心臓を突き刺された白紙楼禊はいまだ目が覚めなく、一週間に一度以上、ガブリエル・エーデルハルトがお見舞いに来ていることとか。高屋敷澪が折木真理に頼まれて、必死にボクのことを捜査していることとかさ――」


 少年は語る。あの物語で起こった、その後のことを。

 まるで全ての事象を知っているかのように、少年は嗤う。


「神代御幸が大きく弱体化され、今が倒すには絶好のチャンスだということとかさ」


 緊張が走る。

 曇り空の切れ目から月光が降り注ぐ。

 少年の黒い目がわずかに輝き、口元をさらに歪めながら言った。


「――ま、どうでもいいんだけどさ。ああ、ボクの名前だっけ?」


「ボクの名前は○○〇〇。御幸ちゃんの先輩にして、友達だった男だよ」


 災厄がいた。

 混沌とした笑みを浮かべて。

 ――












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