ツンデレ美少女と映画鑑賞

 澪の家に赴いた、その次の日。


 御幸は久々に休暇を貰った。こんな日に――とも思うが真理曰く、これが最後になるだろうとの事。


 いくらバケモノ染みた体力を持つ御幸でも、ずっと戦い続けるという事は難しい。休みも確かに必要なのだが――


「何も、こんな平日に……」


 午前十一時半、御幸は新宿区に来ていた。ここに来た理由は特にない。ただ池袋は本部が近くにあるから、あそこだとどうしても仕事モードになってしまう。


 家からも近い都心といえば、ここぐらいしか無いのだ。しかし生憎の平日、街行く人達は外回り勤めのサラリーマンか、学校をサボった学生ぐらいしかいない。暫くゲームセンターで時間を潰していたのだが、虚しさだけが残るだけだった。


「これなら、玄光辺りでも誘えば良かったかな」


 湧いて降って来た突然の休日。時間はなるべく有意義に使いたい。

 本当ならば玄光や創一など誘うのも考えたのだが、創一は来月締め切りの原稿に明け暮れていて、玄光はこの日、入院中の幼馴染の見舞いに行っているらしい。流石にそんな状況で誘える訳にもいかず。


『今現在、この国には三つの都市がある――』


 その時、駅前の大型ウィンドウから声が響き渡った。

 視線を向ければ、どうやらニュースの速報でもやっているのか、ウィンドウからは小太りの男性が出てきた。


『第一都市を始め、第三都市まで。この国には能力者だけの都市がある。これは世界でも大変珍しく、しかしこれは隔離なのでは――』


 今時の能力者問題という奴なのだろうか。

 ウィンドウに映る男は熱弁に能力者の処遇について語っていた。


『以上が朝戸総理大臣の声明であり、今後も能力者が発見され次第、各都市の――』


 アナウンサーが説明を行いながら、速報という形でニュースアプリがトピックを表示する。何でも、各都市における生活保護の水準を上げる――とのこと。


「……タヌキジジィめ」


 具体的にどうするのか、それらはアプリを立ち上げないといけないのだが、御幸はその通知を切りながら、街中を歩く。


 昼飯はどこが良いかなとスマホ片手に探しながら、ふと、あるものを見つけた。


「あれは……アリシアか?」


 そこには学生服なのか、白色のセーラー服を着ているアリシアがいた。周りには複数人の同じ学生服を着た少女がおり、友達なのだろうか、親しげに会話している。


「それじゃあ、アリシアちゃん! またね~!」


「えぇ、それじゃあまた」


 アリシアは途中で友達と離れて、一人でどこかに歩み始めた。


「アリシア――」


「み、御幸っ!? どうしてここに!?」


 その後ろ姿に声を掛けると、アリシアは酷く驚いた顔をしていた。

 周囲にいた人物が一斉にこちらの方を振り向く。

 御幸は小さくため息を吐きながら説明した。


「今日は休みだから……ん? 映画のチケット?」


 アリシアの手には二枚の映画のチケットが握られていた。

 良く見てみると、最近人気を博しているアクション映画だった。


「あ、その……これは……」


「彼氏と見に行くのか?」


「違うわよ! ……一人で見に行くの! 何か悪い!?」


「別に……悪くは無いが誰かいなかったのか……?」


 御幸の言葉に、アリシアはだってだってと言う。

 話を聞くところ、どうやらチケットは福引の景品で貰ったらしく、だが友達もアクション映画は好きではなく、そうこうしている間に期日まで来てしまったという所だ。


「そうだ……アンタどうせ暇よね?」


「いや、暇では無いな。これから持て余した時間を潰すという――」


「一秒でバレる嘘吐くんじゃないわよ」


 アリシアは御幸の手を掴むと、ずんずんと奥に向かって行った。

 やがて映画館に辿り着いた御幸、もうここまで来たら見るしかないだろう。

 それに、自分も退屈していた所だ。たまには映画も良いだろう。


 映画館に辿り着いた御幸達は、早速近くのポップコーン売り場の方に行く。


「……しまった、小銭切らしていたか」


 映画と言えばポップコーンにジュース。アリシアの分も払おうとしたのだが、丁度小銭が足りない。お札はあるがそれも一万円という、千円未満の商品で使うのは少し出しづらい金額だ。そうこうしている間にも後ろに並んでいる人は徐々に増えてきて――


「あの、これってカップル割出来ますか?」


 その時、アリシアがレジ係の店員にそんな事を聞き出した。


「はい、可能ですが……」


 確認とでも言うかの様に、店員の女性は御幸とアリシアを見る。先ほどまで口喧嘩していたこの二人、御幸が何かを言う前に、アリシアは御幸の腕に抱きついて言った。


「わ、私たち――カップルです」




 ……それから少しの時間が経って。


「なあ」


「うるさい」


「本当に良かったのか?」


「本当に最悪だったわ! あーやだやだ」


 割り当てられたスクリーンに向かう際、御幸はアリシアの分の食べ物も持ちながら、先頭を行くアリシアに声を掛けた。アリシアはこちらに一向に振り返る事も無く、そんな事を言いながらずんずんと前に行く。


「お似合いのカップルですよ」


 なんて店員は言っていたが、あれはお世辞なのだろうか。

 最悪だとアリシアは言っていたが――どこか嬉しそうに見えて、小さく「お似合いか……ふふっ」と微笑んでいたのは、きっと御幸の見間違いだろう。





「はぁ~、あの映画ストーリーは良かったけどアクションシーンはいまいちだったわね」


 映画も見終わり、アリシアと御幸は街道を歩いていた。時刻は既に午後五時を回っていたが、夏が近いからか、夕暮れの気配を一切感じさせない。


 確かに映画は面白かった。だが確かに、アクションシーンだけは少し残念だった。


「そう評論家ぶるが、最後のキスシーンの所で顔赤くしながら手で隠していたのを、俺は見逃していないからな」


「なっ……!」


「しかも完全に隠していないし、指の間からチラチラ見えているの、バレバレだったぞ」


 御幸のはははと言う声にアリシアはぽかぽかと肩をグーで殴る。

 それらを受けながら、ふと、通り過ぎた男子高生達の姿を見る。

 学校が終わる頃なので、周りには制服姿のカップルや男子たちがちらほらと見受けられる。


「学校……か」


 御幸の呟きにアリシアが反応した。


「ねぇ、アンタは行かないの?」


「俺は――どうだろうな。今までは異能課の事で頭が一杯だったけど」


 以前にも似たような質問をされたことがある。あの時は否定的だった。それは今も同じなのだが――


「誰かと共に勉学に励んだり、帰りはこうして遊ぶのも悪くはない」


「――――」


 周囲にいる様々な制服の学生達。その皆がどれも生き生きとしていて、それが何だが――少しだけ、羨ましくなってしまった。


「というか、今思ったんだが……そもそも、俺達のやってる事が十分アクション映画並みだからつまらなくなったのかもな……ほら、あのビルからビルへと飛び移る奴なんか、何回もやってるだろ」


「そ、そう言えばそうね……そう考えると大半のアクションシーンはやった事あるわ」


 そもそも、御幸達の日常も誰かから見れば非日常と大差ないのだろう。アクション映画とは非日常なあのスリリングさを楽しむものだ。確かに、常日頃からアクション映画の様な世界で生きているアリシアには、合わないジャンルなのかもしれない。


「次はアニメも良さそうね。ほら、最近のアニメーションって凄く進化しているって話だし」


 アリシアが話題を変えるかの様に、そんな事を呟いた。


「なんだ、次も俺と行くのか?」


 冗談ばかしにそう揶揄からかう御幸に、アリシアは「ダメ?」と小首を傾げた。


「いや……ダメじゃないが……まぁ俺ももう一度見に行っても良い……と、思う」


「そか。えへへ、そっか~! 御幸は私と行きたいんだぁ」


「おい待て、誰がそんな事言った」


「確かに御幸って友達少なさそうだもんね~」


 アリシアは嬉しそうに、笑いながら御幸の前を歩き続ける。そんな彼女にぽりぽりと頭を掻きながら着いて行く御幸。


「次はどこに行こっか――」


 アリシアは周囲の建物を見回しながら、どうしようかと提案する。

 ――その時、アリシアは見てしまった

 少し遠くにあるスクランブル交差点。

 その巨躯は、この距離からも存在を分からせられる程に大きい。

 筋骨隆々のその身体は、全身が武器とも言えそうだ。


 だが、彼女が見たのは、その男の――目だった。

 今にも暴れ出しそうな、そんな狂乱性を秘めた瞳。


 その目をアリシアはよく知っている。いつもそんな目を持っている犯罪者を相手しているから。その時――その男の視線が、アリシアの方に向けられた。


「見つけた――」


 ――その男の近くにいた青年の体が、上空へと上がった。

 男の体はバタンと倒れて、瞬間、あいつが殴ったのだと、皆がそう思った。


「きゃああああぁぁぁぁ!!」


 誰かの悲鳴が木霊した。

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