最後の戦い
「笑えるだろ? あの十年前の大事件の時も、エーデルハルト家殺害事件も、いやコラドボムが犯した事件全部――国が首謀者なんだぜ? だから一向に捕まらない。アイツらは、架空の犯罪組織をでっち上げて、全部そのせいにして今後自分の地位を脅かそうとする奴をぶっ殺している。そのためだけに、ただ甘い汁が吸いたいだけの奴の為に! ……俺達の幸せは崩されたんだ」
禊は拳を固く握りしめる。激情が彼の瞳に渦巻く。だが彼はそれを他人にぶつける事無く、自分にぶつけた。ポタリと、握りこぶしの指の隙間から、赤いものが流れる。
「何で俺達がこうなってしまったかって、聞いた事もあったよ。そしたらさ、何て言ったと思う? ――『強い能力を持っているから』だってよ……ふざけるな! 俺達は望んで得た力じゃ無いのに、それを、人を実験動物みたいに扱いやがって! アイツらは……人の皮を被ったバケモノだ」
そこまで言い切って、顔を熱くさせた禊は荒くなった呼吸を落ち着かせた。
それは、静かな――嵐の前振りかと思う程の、静かな怒りだった。だが確かな怒りだった。当然だろう。何も悪い事をしていないのに、いきなり全部壊された。親も、兄弟も、思い出すらも。その首謀者が国だと知った時、禊は激しく嫌悪したのを憶えている。
「話はここまでだ」
キッと鋭い眼光を飛ばした。
御幸は立ち上がると、するりとナイフを引き抜いた。
それに合わせて禊も立ち上がった。黒色の外套の切れ端が風ではためく。
「既に爆弾は取り付けてある。本当は能力でやりたかったが、生憎と俺の知る中じゃ爆弾の能力者は一人しか思い当たらないし、そしてそいつは俺の能力で奪えない……」
「――――」
御幸の視線が禊の右手に向かう。この右手が能力の根幹に関わっている事は、既に気づいている。禊は右手を前に出しながら「答え合わせといこうか」と、ニヤリと笑った。
「特異系SSSランク能力――『
なるほど……流石はSSSランク能力だ、一癖も二癖もある。
「能力のストックは合計百個。内訳はS以下が八十で、Sは十七。貴重なSSランクは、三つしか持っていない」
禊の右手にはいつのまにか黒い棒状の機械があった。その上には赤いスイッチがある。
少しでも押せば一秒弱で酸化し、全てを焼き払う焼夷弾のスイッチ――ちょっとした衝撃でも、発動する恐れもある。
焼夷弾はただの爆弾では無い。全てを燃やし尽くす爆弾だ。
「……本当に、お前はそれで良いんだな?」
「俺は良いんだ。傷つくのは――俺だけで良い。だけどガブリエルは違う。彼女には、帰るべき場所がある」
互いに距離を取る。御幸は自前のナイフで、対する禊は無手だ。
何が開始の合図かは分からなかった。ただ、御幸のナイフが揺らめいたその瞬間――両者の間で、激しい火花が散ったのは分かった。
「フッ――!」
「ハァァッ!!」
ナイフの刃が禊の右腕を穿とうとした。しかしその時激しい金属音が鳴り響き、御幸の体が前のめりになる。すかさず、ホルダーから銃を抜くとノールックで発砲。
弾丸は禊の頬を霞めて支柱に埋まった。直ぐに禊から離れて、慎重に相手の動向を探る。
禊の『
初見殺しの様な能力が飛んでこない事を祈りつつ、御幸は捨て身の覚悟で肉薄した。
空気をなぞりながら、黒色のナイフが禊の方へと向ける。禊はそれを間一髪で避け、その長い脚を振おうとした。だが、そのナイフによる攻撃は別の形として禊を襲った。
ナイフによる攻撃は、空間そのものを削ったかの様に、見えない力が禊の左肩を穿った。
「空間すらも思うがままか……覚醒ではなさそうだ。それが本来の力。今まで隠していたのか」
「隠していたわけではない。だが、お前とやるのにこうでもしなければならなくなった」
御幸が禊との戦闘を繰り広げてから早二分。戦場は刻々と変化していった。
禊はまず御幸の持つ拳銃に狙いを定めた。手を床に付け、その長脚で御幸の銃を弾き飛ばした。
「……っ!」
しかしただでは転ばない。御幸はその隙にナイフを振るおうとした――その瞬間。
どこかに、ヒビが入る音がした。
それが何の音かは分からない。何が壊れようとしているのかも分からない。
だが――これだけは確実に言える。
――このまま長引けば、自分は確実に死ぬだろう。
「うっ……ぷ」
その直後、強烈な吐き気に襲われて、御幸は膝を折り床に吐しゃ物をまき散らす。
朝から何も食べていない。黄色と赤が混ざった液体が、ただ口から零れ落ちる。
「既に君の体はボロボロだ。こうして今立っている事自体、相当な苦痛を伴うものだろう」
傷口を抑えながら、禊はやがて苦笑いと共にその手を離した。
傷はもう埋まってあり、白い肌が露出している。
「――――」
ツーッと、頬から垂れる血を、禊の指が拭う。
今しがた御幸がナイフを投擲したのだ。それは唯一の武器を捨てる愚策としか言えない行為だった。
「俺は……まだ、やれる」
御幸の眼差しは死んでいなかった。それどころか、激しく燃え上がっていた。
その眼差しを受けて、禊は手に持っていたスイッチを懐に戻した。
空いた拳を固めて、初めて
「最後は、これで片を付けようか」
「あぁ、その方が……良さそうだな」
よろめきながら立ち上がった御幸も、禊と同じ態勢を取った。
「俺は彼女に生きて欲しい……隠れて生きるのではなく太陽の下で、胸を張って生きて欲しい……! その為には御幸――お前は邪魔だ」
「目を覚まさせてやるよこの大馬鹿野郎――アンタもその一人だという事を、忘れるな」
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