暗部VS世界最強の能力者
「……アンタ、誰だ?」
「黙れ、お前が知る権利は無い」
窓の傍で、しなやかに映る殺意に御幸はごくりと唾をのむ。
後ろで冷ややかな、低い声がした。相手は男だろうか。
出来れば後ろを振り返って、相手の顔を拝みたいところだが、首筋に立てられたナイフが、そうさせてくれない。
「……見たところ、ただのゴロツキ共とは違うな……暗部の人間か?」
暗部とは――通称『対異能暗殺特殊部隊』の略称であり、名の通り異能力者を殺す事を目的として作られた組織だ。本部がどこにあるかもわからず、噂によれば、ロシアが作った秘密部隊だとか言われている。
「さぁな……ただ、一つだけ言うと俺も能力者だ。そうではなければ、ここに入れないからな」
男は、会話のやり取りの最中でも、気を抜く事は無かった。
御幸は、以前リースに言われていた事を思い出していた。
『いいかもし格上と戦う事があるならば、これだけは覚えてくれ。一つ、背後を取らせない事。二つ、主導権を握られない事。三つ、外部への通信を断たせられない事、だ。ま、本当は出会った瞬間逃げて欲しいんだがな』
(ごめん……リースさん。既に二つ破ってしまった)
現在、背後は取られるわ主導権は握られているわで絶体絶命の状態の御幸。
最後である、外部への通信を断たせられない事だけは守り切らなくてはいけない。
「フン……最強の能力者だと聞いたが……所詮は子供。プロには敵わない」
プロ……その言葉に、御幸は窓ガラスの方へと視線を向ける。
砂利は風に晒されて舞った。風が吹く中、御幸は――。
「ここには、何しに来た?」
「お前を殺せと、依頼された。この場所にお前が来ると予想して……な。さぁ、話はこれまで――」
「下手な嘘だ」
「なに?」
その発言に、男が訝しむ。
御幸は消えゆく砂利を目で追いながら言った。
「アンタ程の人間が、こんなミスを残す事なんてあり得ない。お前の能力は――恐らく、影を操る能力だろう?」
「……そうだ。だが何故分かった?」
「理由は簡単だ。俺は部屋に入った時から能力を発動させておいた。俺の能力は、対象の詳細を良く知れる、非常に使い勝手の悪い能力でな……それで、部屋全域に能力を使ってみたが――なにも無かった」
「……上手く隠れられたかもしれないだろう」
「いいや、それは絶対にあり得ない。俺は自分の能力に絶対の自信がある。……だが、その能力を自分には使用しなかった。まさか、自分の影に潜まれてたとは、俺も思わなかったよ」
「…………」
遂に黙りこんだ男。
御幸は次の台詞を言うために、舌を唾液で湿らせる。
ここからが本場だ。
「だが、それならおかしい。単に俺の殺害なら、こんな場所でなくともいいはずだ。プロなんだろ? なら、夜の方がやりやすいはずだ」
「だがしかし、アンタは今ここで俺を襲った。何でだ? ――答えは簡単だ、アンタは俺を殺す為にここに来たんじゃない」
御幸は窓ガラスに映る、フードを被った男に対し言った。
「――アンタは、この部屋に用があってきた。依頼者は恐らく『コラドボム』の人間で、アンタは影を伝ってここに来た。用をすまし、帰ろうとした時に――その時俺が来た。下手に動けないと悟ったアンタは窓ガラスを開けて、俺をここに来させるよう仕組んだ……違うか?」
「口がよく回る男だ……探偵業をやる事を勧めるよ」
ナイフの刃が、首の薄皮を裂いた。
ピリッと痛みが走り、首からは少しの血が垂れる。
少しでも力を入れれば、この首はすぐにでも胴と離れる事だろう。
そういえば首が切断されても、数秒程度なら意識は残るらしい。
自分の死体を見るのは嫌だな……そう思いながら御幸は、小さくため息を吐いた。
「随分と……落ち着いているな。命が惜しいとは思わないのか?」
「このような修羅場は幾度も出会って来た。……その度に、潰してきたさ」
その言葉に、男の口が閉ざされた。
時間にして数分経過――日はまだ出で続けている。
夏の熱気を孕んだ風が、御幸の前髪を掠って通り過ぎた。その時――
「……っ!?」
周辺の物が――有体に言えばナイフが、男を襲った。
男は左に体を捻り間一髪回避する。が、その隙に御幸は相手から距離を取ることに成功した。
「――ナイフなどこの部屋には無かった。予め……用意していたのか」
そこで、御幸は初めて男の容姿を確認した。
黒色の外套で、素顔は完全には分からないが、白髪の髪。年齢は、二十代後半だろうか……その冷え切った瞳は、人の命を何とも思っていないようでもあった。
「……」
御幸は、先ほど飛来してきたナイフを右手に構える。
男は仕方なしにと、刀身まで真っ黒なナイフを取り出した。
両者共ににらみ合う。この部屋には何もない。そして、恐らく二人ともこの部屋をあまり汚したくはない。
「――神代御幸」
男が、姿勢を低くして突撃する。
下からのナイフの攻撃。それに対し、御幸もナイフの刃を合わせる。
拮抗状態のまま、男は続ける。
「年齢十六歳。高校は通っていない。親はおらず、天涯孤独。現在は一人暮らしだと推測できるが、住所までは分からずじまい……」
拮抗状態を打ち破ったのは、御幸の上段蹴りだった。
外套越しに蹴りつけ、男は窓から身を投げる。窓の外を見ると、影を伝って移動しているのか、下半身を影に埋め込ませ、重力関係なしに近くのビルの屋上へと渡る男の姿があった。
(ここで逃げられると痛いな……)
能力を起動させ、御幸は外へと一歩、足を延ばす。
すると、そこにまるで見えない床があるかのように、御幸は空を駆けた。
その様子を見ていた男は、御幸に向かってナイフを数本投げる。
それらをナイフで弾き返しながら、地上へと落ちるナイフを見えない力で拾い上げ、御幸の背後へと寄せる。
「……俺です。少し厄介ごとが起きました」
男は眼前で、影を伝いながら逃げおおせている。
御幸の足の速さからして、射程範囲に入るのはそう時間が掛からない。
その間に、御幸はスマホを取り出し、電話を掛ける。
掛けた相手は――自分の上司でもあるリース・エリックだ。
『あぁ、もう分かっている。相手は暗部の奴だ。……どうだ、いけるか?』
「いけます。今そっちにデータを送るので、後は澪に任せます」
『了解した。だが何度も言うようだが、くれぐれも無茶はしないでくれ』
連絡はそれだけだった。スマホを閉まった御幸は、背後にあるナイフ達を見る。
その時、まるで引き絞ったかのようにナイフが小刻みに震え出した。
まるで、力を貯めているかのようで……そして。
「――撃て」
掛け声と共に、ナイフ達は恐ろしい速度で射出された。
狙うは目の前の男。しかし男は途中で気づいたのか、右に向かって避けようとする。
「……ぐッ!」
しかし、飛ばしたナイフの一本が、奴の足を貫いた。
ビルの屋上で派手に転ぶ男は、しかしそれでも倒れずに立ち上がっていた。
逃走は不可能だと思ったのか、御幸がそこに駆け着くころには、ナイフは既に足から引き抜かれていた。
血で赤く染まったナイフを見ながら、男は忌々しげに、御幸を睨む。
「……しつこい男だ」
「悪いが、これが仕事だ」
「フン……異能課か。発足したのが一年前だが、今日に至るまで目立った成果は上げられてないそうじゃないか」
カランとナイフを落として、男はローブを深く被りなおす。
「随分と、俺の事について調べているみたいだな」
「当たり前だ。お前ほど情報が高く売れる人材はそういない。特に高値なのはお前の能力の事だ」
「俺の能力……? お前も散々味わっただろう。
「ほざけ、ただの念動力がここまで出来るか。今のは空気で壁を作ったのか……? さっきのナイフの攻撃も、やっている事が滅茶苦茶だ」
男は会話はそれまでだと、刃の切っ先を御幸に向ける。
「流石は――『夜明けの家』出身だな」
その言葉に、僅かに御幸の動きが停止した。
その隙を逃す男ではない。刹那、奴のナイフは御幸の首元へと差し迫っていた。
「――っ」
ナイフを皮一枚で避けた御幸は、すぐさまナイフを振り応戦する。
ガキン、ガキンと刃と刃がかち合わせた音が聞こえる。
実力は拮抗している。互いに距離を保って、射程ギリギリを攻めた攻撃を行っている。
「『夜明けの家』は身寄りのない子供を引き取る、第三都市の孤児施設……だが、その実態は、とある実験の為に作られた物なのだろう?」
「……お前」
ナイフ捌きが白熱する。
男の口は止まらない。
「――『
男は一歩、後ろへ跳んだ。
背中にある夕日が、男の影を伸ばしていく。
「……数年前、『夜明けの家』は炎上、それと共にこの計画は中断された。俺たちは最初は外国からの圧力で断念せざるを得ないと踏んだが……違った。あの日、『夜明けの家』にいたのは、お前ともう一人――アリシア・エーデルハルト。そして炎上事件は放火ではない。中から燃え出したのだ。さて、それはどっちがやったのか――」
「どうでもいい。僕にはもう関係のない事だ。……そうか、お前があのアパートに『何を』取りに行ったのか、予想が付いたよ」
御幸はその鋭い視線を男に浴びせる。
屋上での戦いは終わりを迎えようとしていた。
ナイフの切っ先を下に落とし、腕を横に広げる。
男は、その切っ先を御幸の方に向け、どの方向から攻撃されてもいいように、警戒態勢を取った。
風が吹く。その時、御幸が手首を動かしナイフの刃を媒介に、太陽の光を反射した。
「ぐっ……!」
一瞬、男が怯んだ。その隙に走り出す御幸。徐々に迫る距離。
しかし、男はプロだった。自身の影を操り、広範囲に広げる。御幸の足が影を踏んだ。
「――っ!?」
その時、影の中から突起物がせりあがってきた。
刹那、御幸は足を軸に身を強引に捻る。横腹を掠ったのは影で出来た槍だった。
御幸は自身の懐を見る。脇腹からは、破けたのか、出血している。恐らく、骨まで達しているだろう。
無理に動こうとすれば、傷口から臓物が見えるかもしれない。
「問題ない」
しかし動けるには動けるのか、御幸はたいして気にもせずに、戦闘を続行しようとする。
「これで、少しは退くかと思ったが……お前、死の恐怖は無いのか?」
「生憎と。アンタもそうなんじゃないのか?」
「フッ――ガキだと侮っていたが、お前もこちら側の人間か」
御幸が空を蹴る。
上段蹴りに、男の右腕がそれをガードする。ダメージを最小限に、カウンターは出来ればする。だが、過剰に狙うという訳でもない。
(流石、プロを名乗る事だけはあるな……)
御幸は襲い掛かる下段蹴りに足元を払われる。
地に足を着きながら、足を動かし、男の首元へと蹴りを噛ます。
「……っ小癪な」
男は間一髪腕を首元にやりダメージを抑えた。
だがその時――フードが蹴りの際の風に煽られ、陽の光が男の顔を照らした。
「のあっ――!」
その時、影が御幸の腕を絡め、締め付け上げる。
骨が軋む音、御幸の上体が崩れ落ちそうになる。そして、ここはビルの屋上――その端の部分。ヘリポートの端にありフェンスから、影が伸びる。
足を取られたまま――御幸は、その身体を空に投げられた。
「俺の素顔を見たとは……今回はお前の勝ちだ。せいぜい、その余韻をかみしめながら――死ね」
御幸が最後に見た光景は――顔を左手で覆い隠した男が、御幸を見下ろしながら、そう言って再び影に消え失せた。
「――――っ!!」
御幸の体は宙を舞っていた。
落ちていた。高層ビルの屋上から、地上まで落ちるのに残り数秒と言ったところか。
御幸は能力を発動させる。瞬間、その身体は重力を無視して、浮かび上がる。
息が荒い、心臓がドクドクと脈打つ。耐えがたい激痛に御幸は顔を顰めた。
「……流石プロだな――生け捕りは厳しかったか」
御幸は珍しく悪態を吐きながら傷口を抑えて、とりあえず、病院に行くことにした。
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