第51話 三月の実家
だが、ここは烏天狗たちの修行の場ではない。
登山ルートから外れた山奥にある「
この黒龍滝の奥に
白い塀に囲まれた武家屋敷のような外観。母屋を中心に、いくつかの別棟へと繋がる渡り廊下。一歩足を踏み入れると、ここだけ時代が違うような錯覚に
家には常に傍系の人々が出入りしている。
彼らは烏天狗と人間の媒介となり、その能力や力を金に換える。烏天狗とて
国の要請で極秘に動くこともあるが、彼らの信仰心や正義に反することは、どんなに金を積まれてもやらない。国も彼らを怒らせたくはないので、無茶な依頼はしてこない。
塀の周りには常に結界が張られ、普通の人間には見えないようにしてある。
梅雨が明けた頃、三月に連れられて、
「うわぁ、なんだか江戸時代にタイムスリップしたみたい」
屋敷の外観を見て、莉子が目を輝かせた。
「古いからな」
「話には聞いてたけど、大きいねえ」
「でも、京都の僧正坊さまのところに比べたら小さいもんだよ。あっちは公家屋敷って感じだけどな」
「ああ、なんか緊張してきた」
「大丈夫。俺が一緒だから」
緊張で冷たくなった莉子の手を、三月が温めるようにさする。
ふたりが大きな踏み石の上を歩いて家に向かうと、旅館のような広い玄関
「おかえりなさい、三月さん」
「ただいま、シノさん。父さんは?」
「客間でお待ちですよ」
「わかった。ありがとう」
三月が莉子に紹介する。
「シノさんは母さんの従兄妹で、家のことを色々をやってくれてるんだ。俺たちの世話とかもね」
「初めまして。
莉子が慌てて頭を下げると、シノが微笑んだ。
「ご丁寧にどうも。どうぞお上がりください」
「はい。お邪魔します」
長い廊下を歩いていくと、左手に池のある日本庭園が見えた。
(すごい。ほんとに別世界みたい)
莉子はますます緊張してきた。
障子で仕切られた部屋をいくつか通り過ぎ、客間の前で三月が足を止めた。
声をかけて戸を開けると、掛け軸が飾られた床の間の前に、着物を着た男女が並んで座っていた。堂々たる体躯の男の顔には、斜めに切られたような大きな傷跡があった。
(このひとが三月のお父さん――というか、大天狗さまの素顔初めて見た! 渋くてカッコいい!)
「莉子?」
「あっ、あの、初めまして。遠野莉子と申します」
「初めまして。三月の母の
優しそうな声で話しかけられ、莉子はさらに舞い上がる。
(この方がお母さま! なんてお上品で優雅な雰囲気なの)
「莉子さん?」
「ああっ、すみません! おふたりとも素敵なので見惚れてしまって」
(しまった! 変なこと言っちゃったぁ)
莉子が顔を赤くすると、それを見た紗和の口元が緩む。
「ありがとう。うふふっ、可愛らしい方ね」
隣にいた父がゴホンと咳をする。
「まあ、立ち話もなんだ。ふたりとも座りなさい」
大きな座卓を挟んで、両親の対面に三月と莉子が並んで座った。
「それで、話というのは?」
「はい。俺は、こちらにいる遠野莉子さんとお付き合いしています。彼女とは幼なじみで、ずっと仲良くしてきました。弱くて泣き虫だった俺を変えてくれたのは彼女なんです。俺は、彼女と結婚したいと考えています」
三月と父の強い視線が絡み合う。
長い沈黙のあと、父が言った。
「おまえも
「わかってます。でも、それは傍系の女性と結婚しても同じですよね? どうしたって俺たちの方が長生きするんだから」
「それは――まあ、いい。それよりも問題は掟だ。人間と結婚するなら、羽を切らなければならない。この意味がわかってるのか?」
「わかってます。だけど、俺は莉子しか愛せないから、どんな処罰でも受けるつもりです。たとえ、飛べなくなり、神通力を失うとしても、彼女と共に生きることを選びます」
三月の思いが変わらないと知り、父は長いため息をついた。
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