第35話 京都へ

 三月みづきからはその後も時々、香りの良い花や、真っ赤な紅葉、綺麗な石などがカグヤ便で贈られてきた。


 離れてから最初の正月。修行中だからと帰省しない三月に「じゃあわたしが行く」と宣言して、莉子りこはひとりで京都に向かった。


 新幹線に揺られて約二時間、莉子は京都駅のホームに降り立った。

 

(ここに三月がいると思うと、それだけでワクワクしてくるなあ。どうせ会えるのは夜だろうし、先にチェックインしておこう)


 旅館の予約は、友だちの叔母さんが旅館の女将おかみだというので、すべて三月に任せておいた。


「えーっと、蔵馬山くらまやま方面は」

 きょろきょろと駅の案内板を見ていると、

「莉子!」と名前を呼ばれた。振り向くと、三月が駆け寄ってくるのが見えた。


「え!? なんで?」


「実は、藤十郎とうじゅうろう僧正坊そうじょうぼうさまの奥さんにばらしちゃったんだ。俺の彼女が来るって。そしたら、今日と明日は帰ってくるなって追い出された」


「うわぁ、なんかごめんね。でも、いっぱい一緒にいられると思うと、正直嬉しい」

 えへへっと莉子が笑うと、三月も嬉しそうな表情を浮かべた。


「せっかく休みをもらえたんだから、京都の名所を色々とまわってみようよ。俺も全然観光してないし」


「じゃあ、スーツケースはロッカーに預けちゃうね」


 三月が手を伸ばしたので、スーツケースを渡そうとすると「こっちが先」と、いきなり抱きしめられた。


「会いたかった」 

 三月の口から、ため息まじりの言葉がこぼれる。

「わたしも……」


 しばらく抱き合った後、「あとは旅館に行ってからね」と三月が耳元で囁く。

 スーツケースを引きずる三月の後を追いながら、莉子は混乱していた。


 え? 今のどういう意味? もしかしてそういうこと??? そりゃあ、念のために新しい下着つけてるし、なんなら替えの下着も奮発していいやつ買ったけど。


 だが、「ロッカーに入れたよ」と無邪気に笑う三月を見て、考え過ぎだったかなと莉子は複雑な気持ちになった。

 

 最初に京都タワーに昇り、三百六十度見渡せる展望室から街の全貌を眺めた。


「莉子、どこに行きたい?」

「あんまり無理しないでまわれるところがいいな。早くふたりきりになりたいし」


 莉子の言葉に今度は三月が動揺する。

「じゃ、じゃあ、駅に近い名所だけ行って、ついでにお店とか見てまわろうか」


 バスで清水寺きよみずでらへ向かいながら、お互いの近況を話した。

「いつもお花とかありがとう。カグヤが来てくれると、すごく嬉しくて元気が出る」


「良かった。あいつも莉子に届ける仕事が気に入ってるみたいで、しばらく頼まないと機嫌が悪くなるんだ」


「あはは。そんなこともわかるようになったんだね」


「早く言葉が話せるようになるといいんだけど」


「こっちの言うことはわかってるから、きっともうすぐだよ」


「そうだな」

 三月が隣に座る莉子の手を握る。

「着くまで繋いでていい?」

「うん」


 恥ずかしそうに莉子が答えると、三月はすばやく指をからめ、恋人繋ぎに変えた。

(うひゃあ)

 久しぶりの感触に莉子の心臓の鼓動が早くなる。


 バスを降りてしばらく歩くと、鮮やかな朱色が美しい仁王門におうもんが見えた。門の手前にいる立派な狛犬に軽く挨拶する。なぜか両方とも口を開けていた。


「これだと、両方ともあーたんだから呼ぶとき困っちゃうね」

 莉子がひそひそと話す。


 仁王門をくぐり、極彩色の文様が描かれた西門さいもんや三重塔を見ながら、鐘楼しょうろうのそばの石段を登っていく。

 途中、真っ暗な空間を大数珠をたよりにお詣りする「胎内めぐり」で有名な随求堂ずいぐどうなどがある。

 最後に轟門とどろきもんをくぐり、清水寺本堂に入る。本堂からはみ出した舞台の高さは十二メートルもあるという。


「清水の舞台から飛び降りるなんて誰が言ったんだろ。確実に死んじゃうよね」


「それが、願掛けのために二百人くらいが飛び降りたそうだけど、昔は土が柔らかくて木も茂ってたから、生存率八割を超えてたらしいよ」


「いや、二割は駄目だってことだよね? 命がけの願掛けってどうなの」


 本堂の他にも、縁結びのご利益で知られる地主じしゅ神社や音羽おとわの滝など、見どころはたくさんある。

 ひと通りまわってから、産寧坂さんねいざかを通り、二寧坂にねいざかへ。この周辺には京都らしい土産物屋や食べ物屋がずらりと並ぶ。

 ふたりでそぞろ歩き、甘味屋で温かいぜんざいを食べた。

 ゆっくりと休憩してからさらに歩き、祇園のシンボル「八坂やさか神社」へ着いた。

「結構歩いたね」

「そろそろ旅館に荷物を預けに行こうか」 

「うん」


 いったん京都駅に戻ってから、蔵馬山近くの旅館に向かった。




 

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