第47話 赤レンガの家 1

 以前、診療所へ行った智子ともこの言う通り、険しい山道が続く。

 三月みづき藤十郎とうじゅうろうがさくさくと進む道を、莉子りことくるみは転んだりつまづいたりしながら登っていく。


 途中で何度も休憩をとり、お茶やスポーツ飲料を飲んだり、おやつを食べたりしたが、莉子たちの疲労は溜まっていく一方だ。


 かたくなに手を借りようとしない莉子を見守りながら、三月は藤十郎と約束していて良かったと思った。


 険しい山道であることと彼女たちの性格を見越して、前もってふたりだけで話し合っていた。

「ふたりとも強情っぱりだから、何があっても諦めないぞ」

「わかってる。万が一危険な状態になったら、無理やりにでも山を下りよう」

「ああ、身体を壊してまでやることじゃないからな」

 

 大事なひとを失っては何の意味もないと彼らにはわかっていた。


 幸い、からっとした天気で、まめに水分をとっていれば脱水症状の心配はなさそうだ。三月はフラフラしている莉子に「荷物を持つのはズルじゃない」と言い聞かせ、背負っているリュックを預かった。


 登り始めて三時間近く経った頃、先頭を歩く藤十郎が何かに気づいて立ち止まった。


「この辺り、結界が張ってあるな」

「ああ、烏天狗の結界とは違う。おそらくともえさんだろう」


 結界は、小鳥の後を追えばなんなく通れた。藤十郎と三月が道を切り開きながら進んで行き、その後ろをくるみと莉子が必死についていく。


「巴さんて、何者なんだろうな」

僧正坊そうじょうぼうさまには聞いてみたのか?」

「聞いたけど、珍しく口ごもって、はっきり答えてくれないだ。わかったのは、父さんでも頭が上がらない存在ってことくらいだよ」

「はあ? 大天狗が頭が上がらないって、そんな存在限られてるだろ」


 三月はここで念話に切り替えた。


『気になってたんだけど、あの名刺、和紙でできてたよな』

『それがどう――』

 藤十郎がハッとした。

『まさか、式神しきがみか?』

『わからないけど、その可能性はあるかもな。人形ひとがたじゃないから、俺もまさかとは思ったけど』

『じゃあ巴さんてもしかして――』


 目の前の草を払いのけると、いきなり視界が広がった。


「杉の木だ!」

 藤十郎が叫ぶ。

 

 広い野原の真ん中に、大きな杉の木が一本、ぽつりと生えていた。


「杉の木……」

「ほんとだ……」

 莉子とくるみが目をうるうるさせ、手を取り合って喜ぶ。

「あ、でも、家は?」


 白い小鳥がピ―――ッと甲高い声で鳴くと、話に聞いていた通り、二階建ての赤レンガの家が現れた。

 三月が先頭に立って近づいていくが、誰も出てこない。ドアをノックしてみたが返事もない。


(まさか留守!?)

 四人が絶望した表情を浮かべたとき、家のドアが開いた。


「いらっしゃい。よく来たね」

 巴が四人の顔を見渡して言った。


「急に来てしまってすみません。前に、蔵馬寺の本堂で名刺をいただいたんですけど、覚えてますか?」

「うん。働き者の弟くんだよね。覚えてるよ。ガールフレンドを引き連れてくるとは思わなかったけど」

「ち、違います。俺の彼女はこの子で、こっちはこいつの彼女」

「おや、そうかい。まあ、中にお入り。こんな若いお客さんは久しぶりだ」


 入ってすぐの部屋に大きな一枚板のテーブルがあった。テーブルの周りには椅子が五つ置かれている。

『これ、絶対わかってたよな』

 藤十郎が念話で三月に伝える。

『そうだね』


 巴が奥の台所でお茶の支度をしているあいだ、四人はキョロキョロと辺りを見回す。部屋の隅にはレンガで作られた暖炉があり、作り付けの棚にはたくさんの瓶が並べられている。ラベルを見ると、薬だけじゃなく香辛料もあるようだ。部屋のあちこちに草が吊るされ、様々な香りが漂っている。


『なんか、陰陽師っていうより』

『ああ、魔女の部屋みたいだな』

 まだ気が抜けない藤十郎と三月は念話を続けた。


「はぁい、お待たせ」

 巴が台所から顔を出す。

 てっきり苦いお茶が出されると思っていたのに、淹れ立てのコーヒーが運ばれてきた。


「いい香り」

 くるみが鼻をヒクヒクさせる。


「コーヒーがお好きなんですか?」

「ああ。これはわたしのスペシャルブレンドだから、よおく味わうように」

 莉子に訊かれて、巴が自慢げに答えた。


 四人は静かにコーヒーを味わう。身体の中まで温まり、こわばっていた身体の力が抜けていくのがわかる。

「美味しいです」と、莉子が笑顔を浮かべた。

 男たちも美味いと呟く。

「ふわぁ、生き返るぅ。明日、すっごい筋肉痛になりそう」

 くるみがふくらはぎを揉む。

「くるみ、そろそろ話を」

「あっ、そうだね」

 莉子に言われて、くるみが姿勢を正した。


「あの、巴先生に色々とお聞きしたいことがあるんですが」

「うん。そのためにこんなとこまで来たんだろ。言ってごらん」

 




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