第46話 四人で山へ

 三月みづき莉子りこが京都に来たのは、翌年の春のこと。莉子は忙しくなる前にまとめて休みをもらい、三月もどうにかそれに合わせて三日間の休みが取れた。


 藤十郎とうじゅうろうの叔母の旅館に行くと、初めて泊まったときと同じ「百合の間」に案内された。


「わあ、今年は開花が早かったから、ちょうど満開のときに来られたね」

 二階の部屋の窓から、これでもかと咲き誇る大きな桜の木が見えた。


「綺麗だな」

「最初に来たときは冬だったね」

 しみじみと思い出に浸っていると、ふたりのスマホが同時に鳴った。


「藤十郎だろ」

「あ、くるみからもメールが来てる。そろそろ、こっちに着くって」

「じゃあ、イチャイチャするのはお預けだな」

「バカなこと言ってないで、早く荷物片付けて」


 五分もしないうちに、藤十郎たちが部屋を訪れた。


「莉子!」

「くるみ!」

 キャアキャアとはしゃぐふたりと違い、男たちはちょっと照れ臭そうだ。

「三月、久しぶり。元気そうだな」

「おお、藤十郎もな」


 くるみが持参した八つ橋を食べながら、部屋で話をした。

「さっそくだけど、ともえ先生にもらった名刺、見せてもらっていい?」

「ああ、ちょっと待って」

 三月が鞄の中から名刺を取り出した。

「はい、これ」

「へえ、ほんとに名前しか書いてないんだな」

 藤十郎が名刺を覗き込む。

「この名刺をもらったときのこと、詳しく聞かせてくれる?」

 くるみに言われて、三月は蔵馬寺で巴に会ったときのことを思い出しながら話をした。


「……それで、重傷の一路いちろ兄ちゃんの世話をしてたら、手伝ってくれないかって巴さんから声をかけられたんだ。兄ちゃんのことは心配だったけど、病院に連れて行くから大丈夫だって言うし、実際、大変そうだったから手伝うことにした。……確かそのとき、『素直でいいねえ。気に入った』って言われたな。それから一日中、巴さんを手伝って……手伝いが終わった後、『病気やケガのことで聞きたいことがあったら連絡しな』って、病院の名刺を渡されたんだけど、『あんたにはこっちの方がいいか』って、なぜかこの名刺もくれたんだ」


「なるほど。巴先生が山でるのは、女性の患者だけかと思ってたんだけど、その話だと男でも構わないってことだよね。まあ、三月くんのことが気に入ったんだろうけど」

 

「え?」

 くるみの言葉に莉子の目が鋭くなる。


「いや、そういうんじゃないから。会えばわかると思うけど、って感じだから」

 三月がすかさずフォローを入れる。

 

 次にくるみが、巴先生に会ったという不妊治療を受けていた智子ともこの話をした。


「この名刺が鳥に?」

「和紙で作られてるね。他に変わったところはなさそうだけど」

 三月と藤十郎が電気の明かりに名刺を透かして見る。


「智子さん、すごいね」

「うん、根性あるよね」

 莉子の言葉にくるみがうなずく。


「どうしよう、わたしあんまり体力に自信ないんだけど」

「まあ、いざとなったら三月くんにおんぶしてもらえば?」

「それだとズルしたって思われるかも。わたし、頑張るよ!」

「偉いぞ、莉子。よおし、わたしも頑張る!」


 こうして四人は、次の日の朝早く蔵馬山に登った。できるだけ体力を温存するためにケーブルカーで上まで行き、駅を出たところで三月が名刺を出した。


「じゃあ、智子さんの真似してみるね」


 名刺を高く掲げ、太陽の光を透かしてみると、一瞬のあいだに名刺が消え、そこに白い小鳥が現れた。


「出た!」

「やったね、三月!」

「うおー、すげえ」

「うそ、ほんとに?」


 白い小鳥は、三月の上を旋回している。

「これ、ついて来いってことだよな?」

 三月が言うと、皆がうんうんとうなずく。


「行くよな?」

「もちろん」

「頑張る」

「行くに決まってんだろ」


 三月が小鳥に頼んだ。

「巴さんのところへ案内してくれ」


 小鳥はピーッと鳴き、山の奥へ向かって飛んでいく。

 四人は、真剣な表情でその後を追った。



 


  

 






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