第48話 赤レンガの家 2

 ともえに促されて、くるみが話の口火くちびを切る。


「先生もご存じのように、わたしたちは烏天狗と人間のカップルです。だけど、人間と結婚すると、彼らは羽を切られて二度と飛べなくなってしまう。わたしたちはそれが嫌なんです」

 隣で莉子りこが強くうなずく。


「それに、烏天狗と人間のあいだには、子どもができないと聞いていますが、本当に無理なんでしょうか?」


 藤十郎とうじゅうろうが我慢できずに口を挟む。 

「巴先生は父さんよりも長生きしてるんでしょ? なにか、知ってることとか、解決する方法があれば教えてくれませんか?」 


「おや、あたしを年寄り扱いかい?」

「いや、そう言うわけじゃ……」

「藤十郎、ちょっと黙ってて。失礼でしょ」

「そうよ。女性に年齢のことを言うなんて」

からすどもに比べて、女の子たちは可愛いねえ。だいたい、この子たち念話でコソコソ話してたからね。きっとあたしの悪口でも言ってたんだよ」

 巴はわざとらしく肩を落とした。


 莉子とくるみが男たちを白い目で見る。

「なにそれ、ひどい」

「うわ、最低」

「べ、べつに悪口なんか言ってないよ。なあ、三月みづき

「うん。その、すみませんでした。もうしないから許してください!」

「俺もごめん! もうしません」

「藤十郎は言い方が軽い!」

「巴さん、こう言ってますけど、どうしますか?」


 莉子に訊かれて、巴が満足気に微笑む。


「まあいい。烏の浅知恵は昔から変わらないねえ」

「あの、もしかして巴先生は、安倍晴明あべのせいめいの血筋の方ですか?」

 おずおずと藤十郎が訊く。


「清明はあたしの祖父だよ」

「「「「えー!?」」」」

 四人の声が揃った。


「うるさいねえ」


「でも、確か安倍清明って平安時代の陰陽師おんみょうじですよね? 巴さん、人間なのになんでそんなに長生きなんですか!?」

 藤十郎がもっともな質問をする。


「あー、なんか、薬を作って自分の身体で実験してたら、やばいものが出来ちゃったみたいで、気がついたらあんまり年を取らなくなってたんだよねぇ」


「「「「えー!?」」」」

 またしても四人の叫び声が上がる。


「調合がわかればがんの特効薬もできたかもしれないのに」と悔しがる巴を、四人は何とも言えない目で見つめた。


「そう言えば、安倍晴明って、岩屋に大勢の天狗を封じ込めたことで有名ですよね?」

 三月に言われて、巴が鼻で笑った。

「ふん。那智山なちさんで修行中の花山かざん法皇を天狗がしつこく邪魔したからだろ。そんな悪さするからだよ。自業自得だね」

 そうよそうよと女性たちが加勢する。


「……きみたちどっちの味方なの?」

 藤十郎が突っ込む。


「ふふ。いいね、この子たち。気に入ったよ」

 巴が莉子とくるみの肩を抱く。


「天狗とは長い付き合いだが、いまだに古臭い考えなのはあたしも気に食わないんだ。結婚や出産についても、隠蔽せずにもっとオープンにすべきだと思う。まあ、どこまで話すかは悩むとこだが……」


「あ、そうだ!」 

 藤十郎がリュックの中から、ごそごそと何かを取り出した。

「巴先生、お酒がお好きだと伺いましたので、どうぞ召し上がってください」

「これは!」 

 驚いた巴が目を輝かせる。

「なかなか手に入らない幻の酒『花衣はなごろも』じゃないか!」

「はい。酒蔵さかぐらに知り合いがいるので、特別に分けてもらいました」

「そうかそうか。なかなか気が利くやつだ。藤十郎といったか? よし。飲むぞ、藤十郎!」

「はい。今日は朝まで飲みましょう」


(おいおい、聞いてないよ)


 他の三人は心の中で突っ込んだが、確かに酔わせた方が巴も話しやすいだろう。

 藤十郎も巴も、「酔って口が滑った」という情況を作ろうとしているのだ。


 江戸切子の日本酒グラスに酒を注ぎ、巴が全員に配った。

「かんぱーい!」

 巴の掛け声に合わせて、グラスを当てずに乾杯した。


「ああ、美味うまい」

 一口飲んで、巴が幸せそうな表情を浮かべる。

「うん、確かに美味おいしい」と三月がうなずく。

「だろう? 結構大変だったんだからな、これ手に入れるの」

「これが幻のお酒かあ。甘口なんだね」

 酒の強いくるみの目が輝く。

「思ったより飲みやすいかも」

「莉子は弱いんだから気をつけろよ」

 すぐに顔が赤くなる莉子に三月が注意する。


 皆でちびりちびりと飲んでいると、藤十郎が酒のつまみだと言って、リュックの中から、次々と缶詰を取り出した。

 高級そうなパッケージに包まれた、オイルサーディンやししゃも、カキ、帆立、はたはた、ホタルイカなどがテーブルに並べられた。


「おまえ、こんなに持ってきてたの!? 重かっただろ」

「美味い酒には、美味いつまみ。これ、常識でしょ」 

「ワハハハ。面白いやつだな」

 巴は藤十郎の背中をバシバシと叩き、

「おお、ぷりっぷりだな、このカキ」

 缶詰にも嬉しそうに箸を伸ばす。どうやら気に入ったようだ。

 若者たちもしばし、酒とつまみを楽しんだ。

 

「さて、美味い酒とつまみのお礼に、おまえたちの知りたいことを話してやろう」




 





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