第49話 赤レンガの家 3

 巴は皆の顔を見渡し、静かに語った。


「昔はもっと、烏天狗と人間の境界がはっきりしていた。そもそも、住むところが違うから、顔を合わせることすら滅多になかったんだ。だが、次第に住み分けが緩くなり、烏天狗が人前に姿を見せるようになった。そうなると、なかには惹かれ合う者たちも出てくるが、寿命の違いや子孫を残せないなどの理由で、烏天狗と人間の婚姻は固く禁じられていた」


 四人は真剣な顔で聞いている。


「やがて、思いつめた恋人たちが遠くへ逃げるようになった。いわゆる、駆け落ちというやつだ。これには大天狗たちも頭を悩ませた。なんでも、国中の大天狗が集まって会議を開いたらしい。あいつら、どんな顔して『駆け落ち』問題について討論したんだろうな」


 巴はクックと笑うと、「ごめんごめん」と謝りながら話を続けた。


「そうして話し合った結果、処罰を受け入れるならという条件付きで、婚姻を許可することが決まった。それが現在の『羽切はねきり』だ。黙って駆け落ちされるよりはいいと考えたんだろう。不思議なもので、『禁止』ではなく『処罰』になってから、婚姻を望む者が減った。逃げずに問題と向き合うようになったからだろうな。そのときの取り決めが、今もおまえたちを悩ませているというわけだ」


「どうにかして、その罰をなくすことはできないでしょうか?」

 莉子の声は切実だ。


「おそらく無理だろう。古いしきたりだが、効果があることは実証済みだからな。翼は烏天狗の象徴。それを切るほどの想いならばと結婚を許されてきたんだ。変わるとしたら、大天狗たちが世代交代したときくらいだろうな」


 巴の言うことはもっともだった。

 四人がガックリと肩を落とすのを見て、巴は苦笑にがわらいを浮かべる。


(やれやれ、しょうがないねえ)


「あたしも年かな。そろそろ酔いが回ってきたようだ……インコの羽を切ると、何か月かしたら新しい羽が生えるが、烏天狗は神とも妖怪とも言われる存在。その羽は簡単には再生しない。だが、『二度と飛べない』というのは間違いだ」


「どういう意味ですか?」

 三月の目が鋭く光る。


「正確に言うなら、『新しい羽が生えるまで何百年かかるかわからない』だな。ただ、それを教えてしまうと、また生えるならいいやと軽く考える者が出てくるかもしれない。だから、長い間この事実は隠されてきたんだ」


「……でも、また飛べるようになった烏天狗なんてどこにいるんですか? 一度も聞いたことがないなんておかしいですよね」

「わたしも色々と調べたけど、そんな話、初めて聞きました」

 藤十郎の意見にくるみも同意する。


「ふむ。もともと天狗の力は、厳しい山での修行を極め、山の霊気と融合して得たものだ。山を下り、人間と共に暮らしていれば、呪力や霊力といった神通力は徐々に衰えていくし、寿命だって普通の烏天狗より短くなるはずだ。人として生きてきたやつらが、人として死ぬことを選んだとしてもおかしくはない」


 重い沈黙が流れた。


「そろそろ眠くなってきたから寝るよ。あんたたちは二階の部屋で勝手に寝な」

 あくびをしながら、巴は自分の部屋に引っ込んだ。


「俺たちも今日はもう寝よう。疲れた頭で考えても無駄だ」

「そうだな」

 三月の言葉に、皆、力なくうなずく。

 部屋は男女で別れ、ベッドに入った途端、四人とも深い眠りについた。


 * * *


 翌朝起きると、巴がおにぎりを握ってくれていた。


「ほら、これを食べたらさっさと山を下りな」

 皆、目をしょぼしょぼさせながら、海苔を巻いたおにぎりにかぶりつく。

 中には、鮭や梅干しが入っていた。

「うっま」

 三月がひと口食べて、目を輝かせた。

「これ、お釜で炊いてますよね?」

「梅干し、すっぺえ」

「わたしの鮭だった」


 四人がワイワイ言いながら食べるのを見て、「騒がしい子たちだねえ」と巴が呆れたように笑う。

 出発前に「女の子だけに話がある」と言って、三月と藤十郎が家の外に追い出された。


 ドアを閉める前に「妙な術を使って盗み聞きでもしようものなら、焼き鳥にするからね」と、巴にけん制された。

「しません、しません」と首を横に振り、三月と藤十郎は少し家から離れて、秘密の会談が終わるのを待った。

 

 柔らかい草の上に並んで座ると、気持ちいい風が吹いてきた。


「巴さん、なんか俺たちに当たりが強いよなあ」

 藤十郎が不満そうに言う。


「俺たちっていうか、烏天狗にじゃない?」

「因縁がありそうだもんな。よくおまえに名刺くれたよな」

「うん。俺もそう思う」

「まあ、くるみや莉子ちゃんが気に入ってもらえたみたいだから、結果オーライだよな」

「そうだな。いつか力になってくれるといいけど……」


 藤十郎はゴロリと草の上に寝転び、「うーん」と手足を伸ばした。

 頭上には、春らしいうららかな空が広がっていた。





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