第50話 挨拶

 女同士の会談の内容は、男たちに明かされることはなかった。男には話せないことだからと言われては諦めるしかない。

 だが、このときもっとしつこく聞いておけばよかったと、三月みづきと藤十郎は近い将来、後悔することになる。


 * * *


 数か月後。大安吉日の日を選び、三月は莉子りこの家に結婚の挨拶にきた。


 だが、なにしろ家が近所で幼なじみのふたり。当人たちはもとより、鏡夜きょうや静香しずか、莉子の家族、全員が顔見知り。おまけに、莉子の両親は昔から三月のことを可愛がっているうえに、ふたりが付き合っていることもとっくに知っているという状況。


 だが、それとこれとは話が別だ。

 慣れないスーツを着た三月は、居間のソファに坐り、緊張でガチガチに固まっていた。ローテーブルを挟んで、対面に莉子の父と母が並んで座っている。

 

「あの、いつもお世話になっております」

 三月はいきなり会社員のような挨拶をした。

「ふふ。どういたしまして」

 莉子の母が、茶目っ気たっぷりに返す。


「えっと、おれ……僕は、子どもの頃からずっと莉子……莉子さんのことが好きでした。だから、やっと付き合えるようになって、今すごく幸せです。僕といたら、しなくてもいい苦労をさせるかもしれませんが、どうしても莉子さんじゃないと駄目なんです。どうか、莉子さんと結婚させてください。お願いします!」

 

 三月が深く頭を下げると、隣に座っている莉子も慌てて頭を下げた。

 短い沈黙の後、莉子の母が隣に座る夫に催促した。


「ほら、なんとか言ってあげないと」

「あ、そうだね。まあ、ふたりとも頭を上げて。いやあ、三月くんのことは小さい頃から知ってるから、なんだかこういうのは恥ずかしいね」

 莉子の父は穏やかに笑った。


「三月くん」

 呼びかけられて、「はいっ!」と大きな声で返事をする三月。


「この町の人たちにとって、烏天狗はヒーローみたいな存在だ。大きな翼で空を飛び、不思議な力で町を守ってくれるヒーロー。そんなきみが、莉子と結婚することで、翼を失い、普通の人間のように生活するなんて耐えられるのかな? 僕はね、きみがいつか、娘を恨むことになるんじゃないかと心配なんだ」


 三月が挨拶に来る前に、ふたりが結婚した場合の問題点について、すでに家族全員で話し合っていた。


 三月は父親の問いかけに真剣に答えた。

「おじさんも知ってると思うけど、俺と莉子は一度別れたんだ。でも、離れているあいだ、色々なことを考えて、俺は莉子がいないと駄目だってわかった。莉子がいないと幸せになんかなれないって。ヒーローなんかじゃなくていい。特別な力がなくても、彼女のことだけは必ず守るから、だから――」


「そうか。うん、わかった。ありがとう、三月くん。娘のことをそんなに想ってくれて。……きみと別れていた時期、莉子はひどい状態だった。この子にはきみが必要なんだと、そのときつくづく思ったよ。きみたちの結婚を祝福しよう。いいよね、母さん?」


「もちろん、わたしも賛成よ。おめでとう」


「あ、ありがとうございます!」


「お父さん、お母さん、ありがとう」


「喜ぶのはまだ早い。三月くんのお父さんには、これから話すんだよね?」


「はい。でも、なんと言われても、俺の気持ちは変わりませんから」


「うん。でも、ちゃんと話し合うんだよ。義理の父親に嫌われちゃあ、この子が可哀想だからね」


「あ……すみません。そうですよね。わかってもらえるように努力します」

 三月の真っ直ぐな視線を、莉子の父は眩しそうに受けとめた。


「もういい?」

 莉子の姉の朱里あかりが顔を出した。


「お姉ちゃん! いつ来たの?」


「『烏天狗はヒーローなんだ』あたり? 三月、良かったね。お許しが出て」


「うん。ありがとう、朱里姉ちゃん」

 

 朱里が小さな声で三月に伝えた。

「お父さんもお母さんも、昔から三月のことが大好きだから、実はすごく喜んでると思うよ」

 

「だったら嬉しいけど」


「わたしも三月が弟になるなんて嬉しい。もともと朱里姉ちゃって呼んでるから、結婚しても呼び方は変わらないよね」


「うん。朱里姉ちゃん、これからもよろしくお願いします」


「はい。こちらこそよろしく」


「うわあ、なんか恥ずかしいね!」

 莉子が嬉しそうに声を上げる。


「今度はあんたが三月のご両親に挨拶に行くんだから、しっかりしなさいよ」


「うん。頑張るね」


 すると莉子たちの会話を聞いていた父が言った。

「きみたちの居場所はここにあるから、後悔しないようにきちんと気持ちを伝えておいで」

「はい」

 三月と莉子は声を合わせて返事をした。 




――――――――――――――――――


いつもお読みいただきありがとうございます。

あと11話。29日(日)に最終話を掲載予定なので、最後までお付き合いいただければ幸いですm(__)m




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