第32話 卒業

 卒業を前に三月みづきはしばらく山に籠った。卒業式に間に合うのかとギリギリまでまわりをハラハラさせたが、式の前夜、山からふらりと戻ってきた。


「うぅ、どうにか間に合った」

 ボロボロになった三月が、玄関に入るなり倒れ込む。

「ちょっと大丈夫? 今回はまた酷いわねえ」

 静香しずかが傷だらけの顔に触れる。


「痛いよ、静香さん」

「ずいぶんきつい修行をしたようだが、成果はあったのか?」

 鏡夜きょうやに言われて、三月はニヤリと笑う。


「ああ、ちゃんと手に入れたよ」


 * * *


 卒業式当日、教室に現れた三月を見て、れんが大げさなため息をついた。


「はあ~、心配させんなよ。間に合わないかと思った」

「悪い。思ったより時間かかっちゃって」

「お帰り、三月」

「ただいま、莉子。ごめんね、心配した?」

「したけど、絶対来るって信じてたから」

「莉子……」


 最後までこの調子かよと、クラスメイトたちが苦笑する。

 いよいよ、このカップルともお別れかと思うと、皆の胸に切ないものがこみ上げてきた。


「みんな、まだ泣いちゃ駄目よ。卒業式はこれからなんだから」

 千尋ちひろが言うと、蓮がおかしなフォローをする。

「そうだよ! 最後はビシッと決めようぜ」

 


 卒業式は順調に進み、皆で「旅立ちの歌」を歌い始めると、あちこちからすすり泣く声が聞こえた。


(みんなと過ごすのもこれで最後なんだなあ)


 莉子の目からも、自然と涙が溢れた。

 でも、またいつでも会えるよね。みんなこの町が大好きだから。


 最後に写真を撮りあい、また会おうねと約束して別れた。


 三月と莉子は、いつもの帰り道を手をつないで歩く。子どもの頃よく遊んだ公園の前を通りかかったとき、「ちょっと寄ってかないか?」と三月が誘った。


「懐かしいね」

 子どもの姿もないので、ふたりでブランコに乗った。

 

「初めて翼を見せてもらったのも、ここだったね」


「そうだな。あのときは恥ずかしかったなあ」


「そうなの?」


「そりゃあ、女の子にあんなにベタベタと触られたの初めてだったし」


「ベタベタ……確かに。夢中になってたから気がつかなかった」


「あはは。でも、たくさん褒めてくれた。きれいね、さわると気持ちいいねって。だから俺、頑張れたんだ。食事もいっぱい食べられるようになったし……今までありがとな、莉子」 


「やだなあ。そんな改まって」


 三月はブランコから降りると、莉子の前にしゃがみ、制服の胸元から八センチくらいの小さな竹の筒を取り出した。

 

 なんだろうと莉子がじっと見ると、筒の中からひょこっと灰色の何かが顔を出した。


「うわ! なにこれ」

管狐くだぎつねって言うんだ。あ、これも阿吽と同じで触れないからな」

「あ、ほんとだ」

 管狐を撫でようとした手には、何の感触もなかった。


「名前からして、筒に入るくらい小さな狐ってこと?」


「たぶん、名前の由来はそうだと思う。飯縄家いづなけでは『管狐の一匹も使役できないやつは半人前』って言われてるんだ。卒業する前にどうしても手に入れたかったから、こいつを捕まえるために、何日も山の中を追いかけ回してたんだ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る