第31話 晴彦と穂乃果 3 

莉子りことはどうなってるんだ?」

 一路いちろに訊かれて、三月みづきは少し緊張した。


「莉子とは色々あったけど、これからもずっと一緒に生きていきたいと思ってる」

「そうか。わかった」

 拍子抜けするような返事に三月は思わず、「いいの?」と聞き返した。


「いいもなにも、おまえたちがふたりで決めたなら、俺が言うことは何もない」


 そう言って、三月の頭をくしゃりと撫でた。


「俺はいったん実家に帰るから、あとは頼んだぞ。ああ、おまえと入れ替わりに幸四朗こうしろうが来るから、おじさんたち寂しがる暇もないな」

「そうだね」


 少し年の離れた弟は、今年の四月から町の小学校に入学する。


「幸四朗のやつ、テレビ見たらびっくりするだろうな」

 三月は初めてアニメを観たときのことを思い出していた。


「ああ。あれははたから見てると面白いぞ」

 一路がククッと笑う。


「可哀想だから、俺は笑わないよ」

「いや、絶対笑うね。鏡夜さんたちだって、笑いをこらえるのに必死だったんだから」

「そうなの? 気がつかなかった」


 幸四朗がテレビを見て、あんぐりと口を開けているところを想像する。

「確かに面白いかも」

「な?」

 一路につられて三月も軽い笑い声を立てた。


 ◇

 

「あさって帰ることになったんだ」

 神社の境内で、晴彦はるひこ穂乃果ほのかに告げた。


「……そうですか」


「気が向いたら、連絡してくれると嬉しいな。せっかくアドレスも交換したことだし。ほんと、気が向いたらでいいんで……」


 晴彦の声がだんだん小さくなる。あんなに強いひとが、どうしてわたしにはこんなに弱気なのか。穂乃果はにやけそうな口元に力を入れる。


「なんでわたしなんですか? 九州に帰れば、素敵な女性がたくさんいるでしょ。わざわざ遠くにいるわたしにこだわらなくても――」


「こだわるよ。穂乃果ちゃんはひとりしかいないんだから」

 じっと見つめられて穂乃果の鼓動が早くなる。


「穂乃果ちゃん、ぼくたちが戦う前日に神社で巫女舞みこまいを踊ったでしょ?」

 

 巫女舞は、巫女によって舞われる神楽かぐらの舞の一つで、神がかりの儀式のために行われた舞が、様式化して祈祷や奉納の舞となったものだ。


「他の巫女さんもいたけど、穂乃果ちゃんの舞は本当に神がかった美しさだった。ぼくには穂乃果ちゃんしか目に入らなかったよ」


 太鼓と笛のに合わせて、穂乃果の振る鈴の音が境内に鳴り響くと、まわりの空気がサアッと澄んでいくような気がした。

 凛とした横顔、白い首筋。しなやかに舞う彼女の一挙手一投足、目が離せなかった。

 

「それなのに、次の日控室で普段のきみを見たら、巫女姿のときと違って普通の可愛い女の子で、そのギャップにやられちゃったんだよね」


「そ、そうでしたか」

 穂乃果は照れ隠しにコホンと咳をしてから、

「実は、福岡の大学に面白い学部があるんですが、そこに合格したので、わたしは春から福岡県民になります」


「ええー、ほんとに!? あ、でも、お父さんは?」


「父も了承済みです」

(かなり渋ってたけど)

「そっかぁ。なんだ、受けるんだったら、もっと早く教えてくれればよかったのに」


「だって、落ちたら恥ずかしいですし、晴彦さんの気持ちもちゃんと確認したかったので」


「確認できた?」


「はい。これで安心して福岡に行けます」


「わあ、なんだかお嫁に来るみたいだね」


「やめてください。まだお付き合いもしてないのに」


「まだ、ね」

 晴彦が微笑む。


「……揚げ足を取るのは男らしくないですよ」


「うん。ごめんね、つい嬉しくなっちゃって……ありがとう」


「いえ。離れるのはわたしも嫌だったので」


「穂乃果ちゃん! ハグしていい?」


「駄目に決まってるでしょ」


「ええー、おあずけかあ」


 しょんぼりとする晴彦を見て、可愛いなあと思う穂乃果だった。







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