第30話 受験シーズン

 四月になり、三月みづき莉子りこは三年生になった。

 瑛二えいじが卒業し、ファンクラブの女生徒たちはいまだに意気消沈している。


 一路いちろは退院後も京都で修業を続けている。負傷したことがよほど悔しかったのか、より厳しい鍛錬を重ねているようだ。

 

 瑛二は奈良に修行に行くことになり、長かった髪をバッサリと切った。

「だってさあ、その山、女人にょにん禁制だっていうんだよ! 男しかいないなら、おしゃれする必要もないだろ」

 文句を言うわりに晴れやかな顔をして、瑛二は旅立った。


「瑛二兄ちゃんて、なんだかんだ言って真面目なんだよね」

「ふふ。なんかわかる気がする」

「莉子は栄養士の専門学校に行くことに決めたの?」


「うん。色々考えたけど、一番興味があるのはそこかなって。三月のことがきっかけだけど、食事の栄養バランスとか考えるの楽しいし、栄養士の資格を取って、将来給食センターとかで働けたらいいなと思って」


「へえ、すごいな」

「まだ考えてるだけだよ」

「莉子が作ってくれる弁当、美味いもんな」

「食べたいときはいつでも作るからね」


 推しカップルの声を聞くのも今年が最後……クラスメイトたちは、感慨に浸りながら受験勉強にいそしむ。


 三月は受験はしないものの、山に籠ることが多くなった。修行に出る前に、身につけておくべきことがたくさんあるという。

 本来、烏天狗の修行とは、山の霊気と融合して呪力や霊力を体得していくもの。町に住んでいる三月は苦労しているのだろう。


「これくらい大丈夫。みんなは受験勉強で頑張ってるんだ。俺だって負けないよ。それに、卒業するまでに手に入れたいものがあるから」

「そうなの? だけど、ケガには気をつけてね」

「うん。いつも心配かけてごめんな」

 

 もう夫婦の会話にしか聞こえないと、教室にいる誰もが思っていた。


 ◇


 十月に入り、指定校推薦の願書受付が始まった。

 莉子は、早々はやばやと栄養専門学校に受かり、千尋ちひろも第一志望の大学に受かった。今はれんを同じ大学に入学させるために、スパルタで勉強を教えている。


 普段の成績を考えると、蓮に千尋と同じ大学は無謀だと思われたが、二年の後半から確実に成績が上がっている。

 倍率の低い学部なら、なんとかなるかもしれないと聞き「愛の力ってすごい」とクラスメイトたちは驚いている。


 年が明けてすぐに、一路いちろが修行を終えて京都から帰ってきた。

 一段と迫力を増した一路の身体を、静香しずかがきゃっきゃと触りまくる。


「またたくましくなっちゃって。頑張ったわねぇ。ああ、いい筋肉!」

「ちょっと、静香。甥っ子とはいえ、男の身体をそんなに触るのはどうかと思うよ」

「いいじゃない、これくらい」

「ダメだってば」


(勘弁してくれ)

 一路は三月の部屋に行き、ふたりで話をした。

 

「元気にしてたか? 今、結構きつい修行してるだろ」

「うん。まあ、なんとかやってるよ」

「おまえが行くまえに結婚式を挙げるから出席してくれ」

「いよいよかぁ。おめでとう、兄ちゃん」

「おお、ありがとう。なんか、こういうの照れるな」

 久しぶりにあった兄は、迫力は増したが少し優しくなったような気がする。


「京都では世話になったな」


「あ、いやべつに」 


「あのときは、本当にもう駄目かと思った。腹は痛いし、血は止まんねえし、ずっと意識も朦朧もうろうとしてて……でも、おまえの顔見たらすげえほっとしたんだ。ああ、助かったって」


「兄ちゃんでもそんなこと思うんだ」


「おお、自分でもびっくりするくらい、『死にたくねー』って思った。雪乃ゆきのを残して死ねないって。どうやら俺、思ってた以上に雪乃に惚れてたみたいなんだ」


「え、自覚なかったの!?」


「まあ、そうだな」


「兄ちゃんが恋愛沙汰に興味ないのは知ってたけど……雪乃さんも大変だな」

 呆れる三月に、

「いやあ、見舞いに来たときなんか、こっちはケガして寝てるのに結構怒られたぞ。あいつがあんなに気が強いとは思わなかった」

「へえー」

 一路が無自覚で話す惚気のろけ話を、三月はニヤニヤしながら聞いていた。





  





 

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