第33話 管狐(くだぎつね)

 ――くっそお。なかなか捕まらないもんだな。これじゃあ卒業式に間に合うかわかんねえぞ。


 管狐を追いかけ回して五日目。崖を登ったり、狭い洞窟の中を這いずったり、ろくに食事もとらずに走り回っているから身体はもう限界だ。


 三月みづきが地面にひっくり返って休んでいると、眠っていると勘違いしたのか、こっそりと管狐が近づいてくる。

(ええ?)

 三月は薄目を開け、管狐がもっと近くに来るのを待った。


――油断するな。まだだ。待て。ぎりぎりまで待つんだ。


 動きたくなる衝動と戦い、じっとしていると、管狐が三月の腹の上に乗ってきた。

(うわ、まじか)

 それでも動かずにいると、管狐はさらに大胆に、三月の胸のあたりまで移動した。


――今だ!


 三月は素早く両手で管狐を捕まえた。抵抗すると思ったが、意外にも大人しくしている。

(そういえば、主人だと決めたら自分から近づいてくるって聞いたことがある。しつこく追い回してるうちに、気に入ってもらえたのかな)


 こうして三月は、その場で神通力を使って管狐を使役した。


 * * *


「それって、契約を結んだってこと?」と莉子りこが訊く。


「そんな感じかな。実は、こいつを捕まえたかったのは、一人前扱いされたいからじゃないんだ。俺が京都に行ったら、莉子となかなか会えなくなるだろ? 山に籠れば連絡も取れなくなる。それで、こいつを使おうと思いついたんだ」


「この子を?」


「うん。もともと管狐っていうのは、あちこちの家に忍ばせたりして情報収集に使うんだ。京都に鬼が出たときも、僧正坊さまの管狐が真っ先に送られてきたらしい」


「じゃあ、もしかして喋るの?」

 莉子が目を輝かせる。


「すぐには無理だけど、いずれはね。使役する者の力が強ければ、過去を言い当てたり、未来を予測したりするとも言われてる」


「えっ、こわ」


「まあ、そんなの大天狗さまくらいの力がないと無理だと思うよ。俺は大した力はないけど、連絡が取れないときは代わりにこいつを送るから」


「わかった。楽しみにしてる。それにしても可愛いよね、この子」


 灰色がかった毛並みを持つ小さな狐のようなものは、用心しているのか竹筒の中から出てこない。顔だけ出して、つぶらな黒い瞳で莉子のことをじっと見つめている。


「いいか? 俺が命令したら、このひとのところへ行くんだぞ、ちゃんと覚えたか?」

 三月が話しかけると、管狐の大きな耳がピクピクと動く。

「あ、今うなずいたよね?」


「そうかあ?」


「うん。絶対うなずいたって! 言葉はわかってるんだよ、きっと。この子の名前は?」


「え、名前なんて誰もつけてないと思うけど」


「そうなの? じゃあ、わたしがなんか考えるね。えーっと、竹の筒に入った狐だから……あ、あれしかないよ!」


「なに? ちょっとやな予感が」


「カグヤ! かぐや姫のカグヤだよ。ね? これしかないよね?」


「……まあ、そう言われれば、そうかな?」


 莉子のキラキラした笑顔を見て、三月は何も言えなくなった。

 そもそもこいつってメスなのか?


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