第59話 藤十郎とくるみの娘

 悠真ゆうまは、小さい頃から両親に連れられ、たびたび京都に来ていた。

 蔵馬山くらまやまの近くにある旅館に泊まり、両親が友人たちと旧交を温めるのが目的だ。


「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」

「今年もお世話になります」

 形式ばった挨拶を交わしたあと、莉子と若女将わかおかみが目を合わせて笑い出す。


「元気だった? くるみ」

 若女将は少し声を落として答える。

「うん。莉子りこも元気そうだね」

「なかなかさまになってきたじゃない」

「そう? ありがとう。女将さんにビシバシしごかれてるからね」


 藤十郎と結婚したくるみは、勤めていた親戚の会社を辞めて、藤十郎の叔母の経営する旅館で次期女将として修行中だ。


「久しぶりだな、三月みづき

「おう、今年も世話になるぞ。若旦那」

 

 両親たちの会話はなかなか終わらない。ロビーのソファに坐っておとなしく待っている悠真のもとへ、くるみと藤十郎とうじゅうろうの娘、すずがやってきた。

 

「悠真! 久しぶり。元気にしてた?」

「まあな。鈴はいつも元気そうだな」

「なんだよ、相変わらず冷めたやつだな。どうせ母さんたちはお喋りに夢中だから、あたしの部屋においでよ。母さん、悠真と部屋で遊んでるね」

「わかった。仲良くするのよ」


 悠真の腕を引っ張りながら、鈴がケラケラと笑った。

「高校生の男女に仲良くって、何考えてるんだろうね」

「いつまでも子どもだと思ってるんだろ」

 

 鈴が部屋のドアを開けると、カグヤによく似た管狐くだぎつねが床にちょこんと座っていた。

「お、マリリン! 久しぶりだな」

『ユウマ』

 マリリンは灰色のふさふさとした尻尾を揺らす。

「カグヤちゃんは?」

「ああ、元気だよ。なんか、だんだんペット化してる気がする」

「マリリンも。野性味がなくなってきたよね」


 マリリンの耳がぴくぴくと動く。


 通常、烏天狗たちの情報収集などに使われる管狐だが、カグヤもマリリンも、なぜかいまだに父たちの傍を離れない。

 生まれたときから一緒にいるので、悠真たちにとって管狐は家族のようなものだ。


 * * *


 悠真が小学校に入学してすぐの頃、家で飼っているペットの話になったことがある。


「おれんち、犬飼ってる」

「あたしんちは白猫。かわいいんだよ」

「悠真くんちは?」

「うちは管狐がいるよ」

「えー、なにそれ。聞いたことない」

「キツネなの? あれって動物園とかにいるよね。危なくない?」

「カグヤは小さいし、言うこともちゃんと聞くから危なくないよ」

「へえ、おりこうさんなんだね。いいなあ。うちの犬、ちっとも言うこと聞かなくて……」


 みんなの話を聞いてるうちに、悠真は初めて気がついた。


(普通のペットって、話ができないんだ!)


 危なかった。

「うちの管狐は話ができる」

 なんて言おうものなら、嘘つき呼ばわりされるところだった。


 * * *


「そのうち、カグヤとは話ができなくなるかもしれないんだって」

 悠真がぽつりと呟く。

「あたしも聞いてる。いつか山に帰るときがくるかもって」

「寂しいけど、しょうがないよな」

「そうだね」

 鈴はごろりとベッドに寝転がる。


「あたしたちって中途半端な存在だよねー」


「まあな、いっそ烏天狗だったらカグヤにも触れたのに」


「ほんとだよ。あたしなんか、その辺の男たちより力が強いし、体力だってあるじゃない? クラスの男子たちなんか完全に引いてて、まるでゴリラ扱いだよ」


「ふっ、くだらねえ嫉妬だろ」

 悠真が鼻で笑う。

「ほんと、バカみたい。ねえ、悠真。あたしに彼氏ってできると思う?」


「答えにくいこと聞くなよ。ていうか、おまえ彼氏とか欲しいと思ってんの?」

 逆に訊かれて、鈴は困惑した表情を浮かべる。


「そう言われると、あんまり思ってないかも」


「だろうな。もしかして、将来のことが不安なのか?」


「……うん」


 悠真はベッドに腰掛けて話を続けた。


「母さんの友だちに、飯縄いづなの傍系の女性がいるんだけど、そのひとはホテルに勤務しながら外国語を勉強して、今はフランスのホテルで働いてるよ。普通の人より寿命が長いから、何か国語まで話せるようになるか挑戦してるらしい」


「へえ、そんなひとがいるんだ」

 鈴が目が輝かせて起き上がる。


「力が強いことだって、働き始めたらプラスでしかないだろ。なんなら格闘技も身につけておけば、仕事の幅も広がるだろうし。なにしろ俺たちは運動神経がいいんだから」

 悠真がニヤリと笑う。


「そっか、そうだよね。なんでかな、全部マイナスに考えてたよ」


「くだらないやつらの言うことなんか気にするな。おまえにしか歩けない道がいくらでもあるんだから」


「なあに、カッコいいこと言ってんの!」

 鈴は悠真の背中をバチンと叩いた。

「いてっ。おまえ、加減しろよな」


「ありがと。悠真と話したら楽になった。そうだ! 将来、ふたりとも相手が見つからなかったら、結婚しちゃう?」

 

「ばぁか。お互い、今さらそんな目で見れないだろ」


「確かに。同士っていうか、ルーツが似てるから特別な存在だけど」


「俺にとっても鈴は特別な存在だ。誰と結婚してもそれは変わらない」


「うん。これからもよろしくね!」

 鈴が拳を突き出すと、

「おお」

 と悠真が拳を合わせた。


 

 


 






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