第60話 悠真の夢
父は力と体力を生かした引っ越しの仕事、母は一番興味があったという栄養士の仕事をしている。
特にやりたいこともないし、自分も適正を生かした仕事に就いた方がいいんじゃないかと思うが、両親は大学に行ってからでも遅くないと言う。
志望校を書く用紙を机に置いたまま、ぼんやりと考えている悠真の後ろに、
白紙の用紙を覗き込み、呆れたように言う。
「まだ決めてないの?」
「うーん、考え中。なあ、俺に合う職業って何だと思う?」
「ええー、急に聞かれてもわかんないよ」
「そうだよなあ。自分でもわかんないんだから」
どうすっかなあと頭を悩ませていると、花音が言った。
「じゃあさ、好きなことと、やりたくないことを書き出してみなよ」
「なんで?」
「ドラマでそういうシーンがあったの。何の仕事をしたいか悩んでるときは、書くとはっきりするんだって」
「ふうん」
悠真は志望校を書く紙をひっくり返した。
「えっ、そこに書くの?」
「シャーペンで書くから大丈夫だよ。えーっと、まず好きなことは、食べることかな」
「料理は?」
「あんまり興味ないな。あと、アニメ見るのは好きだな。ゲームも好きだし」
「じゃあ、アニメクリエイターとかゲームクリエイターとかは? よく知らないけど」
「いや、別に作りたいとは思わないよ。見るだけで十分。運動は得意だけど、別に好きってわけじゃないし。あー、もう書くこと浮かばねえ」
悠真はシャーペンを投げ出した。
「なによ。もう終わり?」
「しょうがないだろ、ないんだから」
「じゃあ嫌いなことは?」
「勉強」
即答する悠真に、花音はハアとため息をつく。
「だったら、やっぱり進学よりは就職だよねぇ。やってみたいこととかないの?
「憧れ……」
「あ、今なんか思いついたでしょ!?」
「いや、べつに」
「嘘! いいじゃない。試しに言ってみてよ」
「……俺のじいちゃん、烏天狗だろ? 伯父さんたちもだけど、何度か町の上空を飛んでるとこ見て、カッコいいなあと思ったりは、した」
「え、烏天狗になりたいってこと?」
「ちげえよ。そうじゃないけど、あんな高いとこを鳥みたいに飛ぶなんて、すごく気持ち良さそうだと思わない?」
「だったら、パイロットとかは?」
花音はスマホでサクサクと検索すると、残念そうに言った。
「あー、ダメだ。大学出てないと難しそう」
「いや、べつにあんなでかいの操縦したいとか思わないし」
「あ、でもヘリコプターなら、航空会社とかで免許取れるみたいだよ。ほら、まずは航空身体検査証明書ってのを病院でもらわないといけないみたいだけど」
「なんだよ、それ」
「えっとねえ、『眼科、内科、耳鼻咽喉科、精神神経科系の検査です。 特に、視力は非常に重要で、普段の視力測定のほかに、眼圧の測定や遠近感の検査、色覚に関する検査など、こと細かに実施します』だって」
「ふうん。まあ、俺は普通の人間より健康だし、視力もめっちゃいいからな!」
悠真が得意げに言う。
(お、ちょっと興味沸いたかな)
花音は試しにヘリコプターの動画を悠真に見せた。
音楽に合わせて、ヘリコプターが次々と飛ぶシーンが映し出されると、悠真の目が釘付けになった。
「うおっ、なんだこれ。かっけえ! こんなの操縦できるようになんの!? やべえ。なんかドキドキしてきた」
すっかり夢中になっている悠真の横顔を、花音は頬を染めて見つめていた。
* * *
その後、悠真は様々な情報をネットから得て、国家試験の合格率や就職率の高い、ヘリコプター免許スクールを探した。
両親に話すときには、すべての資料を揃えて頭を下げた。
「すごく金がかかるんだけど、俺、どうしてもヘリコプターの免許を取りたいんだ。お願いします! 協力してください!」
三月と莉子は、苦笑しながら資料に目を通した。
「確かに結構かかりそうだけど、まあ大学だって五百万くらいはかかるしな。おまえのために貯めた金はあるから、足りなければ奨学金制度を利用すれば大丈夫だろう」
「いいの!?」
「もちろん。やりたいことが見つかって良かったな」
「空を飛びたいなんて、やっぱり
「莉子、蛙の子は蛙みたいな言い方やめて」
楽しそうな両親を見て、悠真はホッとした。
「ありがとう、父さん。母さんも」
「ねえねえ、いつか悠真の操縦するヘリコプターでデートしようよ」
「そうだな。楽しみだ」
キャッキャとはしゃぐふたりに、
「ふたりとも気が早いよ」
と悠真が照れ臭そうに言う。
数年後、悠真の操縦するヘリコプターで、三月と莉子は遊覧飛行を楽しむことになるのだが、それはまだまだ先のお話。
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いつも読んでいただき、ありがとうございます!
フォローやコメント、レビューなど、皆様にはいつも大変感謝しております。
次回、いよいよ最終話です。
明日の午前中に公開予定。
最後までよろしくお願いします。
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