最終話 烏天狗

 悠真ゆうまは二十八歳で花音かのんと結婚し、千尋ちひろれんが悠真の義父母になった。


「まさか私達が親戚になるなんてねえ」

 千尋が感慨深げに言うと、

「ほんと。なんだか不思議ね」

 と莉子りこも同意する。


「あの子、ちょっと口うるさいところがあるから、悠真くんに嫌われないか心配だわ」


「今さら? 大丈夫よ。ふたりは幼なじみなんだから、そういうところも含めて好きになったんでしょ」


「あれ? もしかして自分たちもそうだからって惚気のろけられてる?」


「なに言ってんのよ、もう」


 見た目はとても同い年には見えないふたりだが、はしゃぐ姿はあの頃のままだ。

 そんな妻たちを横目で見ながら、三月と蓮は酒をみ交わす。


「いやあ、まさか花音と悠真くんが結婚するなんてな!」

 蓮は昔を思い出し、しみじみと語った。


「実は、花音を妊娠したとき、千尋は産むのをためらってたんだ。会社の経営が大変なときだったし。だけど、俺はどうしても子どもが欲しかったから『家事も育児も全部俺がやる。頼むから結婚してくれ!』って頭を下げたんだ。ちょっとみっともなかったけどな」


 おどけてみせる蓮に、三月が言う。


「今や立派な専業主夫だもんな。大したもんだよ」

「ふふん。料理も掃除も絶対俺のほうが上手いぞ」

「いや、俺だって結構やってるからな」


 妙なところで張り合うふたり。


 蓮は子どもの頃に、溺れていたところを三月に助けられたことがある。

 そんな彼の息子と自分の娘が結婚すると思うと、余計に感慨深いものがあった。


 もう話してもいいかな。俺があのとき助けられた子どもだって。

 こいつにとっては人助けなんて日常茶飯事だから忘れてるかもな。それとも、なんで今まで黙ってたんだって怒るかな。


 蓮がニヤニヤしながら打ち明けると、三月の大きな声が店内に響き渡った。

 


 ◇ ◇ ◇



 それから長い時が流れ、三月と莉子の血は、悠真の子や孫へと受け継がれていった。 

 その結果、百年もたたないうちに、彼らの寿命は普通の人間と変わらなくなり、突出した力や体力もなくなった。

 

 そのかんともえの薬が大天狗たちに承認され、それと同時に「羽切はねきり」の掟が撤廃された。

 烏天狗と人間の結婚にペナルティがなくなり、隠れて付き合っていた恋人たちは大いに喜んだ。


 莉子はかなり長生きをしたが、さすがに烏天狗ほどは生きられなかった。

 ふたりで購入した墓がある宮野町の墓地に、愛する家族と共に眠っている。


 三月は墓の前で手を合わせた。

「莉子、そっちに行くのはもう少し待ってて。俺、山に帰ることにしたんだ」


 三月に異変が起きたのは、ひと月ほど前のこと。

 背中がぞわぞわとして落ち着かず、見ると、すっかり小さくなった羽の先に、新しい風切羽かざきりばねが生えていた。


「ほんとだったんだ……」

 

 莉子は巴に言われたことを鵜呑うのみにしていたが、三月は信じていなかった。また新しい羽が生えるなんて聞いたこともなかったからだ。

 鏡夜きょうやにも羽が生えてきたのか聞いてみたかったが、彼は静香が亡くなった後、旅に出たまま帰ってきていない。


 正直、三月はこのまま人として生きていくつもりだった。神通力は衰え、外見も少しずつ老いてきた。今さらあれだけの修行をこなす自信もない。

 

 だが、莉子は最後まで希望を捨てず、いつか新しい羽が生えてくるのを待ち望んでいた。


「俺は莉子の願いは全部叶えてやりたいんだ。惚れた弱みだな」


 三月が懐から竹筒を取り出すと、もう話せなくなったカグヤがいた。何度も山へ帰そうとしたが、どうしても三月の傍を離れなかったのだ。


「一緒に山へ帰ろう。またおまえの声が聞きたい」

 カグヤはこくりと首を縦に振った。 


 途中、銀杏いちょう神社に立ち寄り、晴彦はるひこに会った。

 現在、ここの宮司ぐうじは彼が務めている。


 穂乃果ほのかと結婚し、晴彦は宮野町に移り住んだ。穂乃果は莉子と同じく、巴の薬の被験者となり妊娠。女の子を出産後、父の後を継いで宮司となった。

 晴彦は町に道場を開き、今でも子どもたちに格闘技を教えている。

 

 宮司は子や孫へ引き継がれたが、だんだんやりたがる者もいなくなり、晴彦が道場と兼任するようになったのだ。

 

「これから行くのか?」

「ああ、また最初からやり直しだ」

「長いあいだ人として暮らしていたのに、大丈夫なのか?」

「まあ、頑張ってみるよ」

「そうか……なにかあったらいつでも寄れよ」

「おお。じゃあな」


 三月は山を登り、数百年ぶりに飯縄いづな家の結界に足を踏み入れた。

 


 ◇ ◇ ◇



 古くから修験道しゅげんどうの霊山とされてきた鷹尾山たかおさん

 この山には、今も烏天狗からすてんぐが住んでいる。


 ふもとの町に異変が起こると、山から烏天狗たちが飛んでくる。

 彼らは、この町に住む人たちにとってヒーローだ。


「お母さん、見て! 烏天狗だよ!」


 子どもが指差す先に、三つの影があった。

 彼らは大きな黒い翼を広げ、町の上空を駆け抜けていった。





 完

―――――――――――――――――

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【完結】幼なじみは烏天狗 ~三月と莉子の恋愛と日常~ 陽咲乃 @hiro10pi

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