第58話 悠真

 烏天狗と人間のあいだに産まれた赤ん坊は、烏天狗なのか人間なのか。

 まわりは興味津々だったが、産まれてきた悠真ゆうまは普通の赤ん坊だった。

 

「烏天狗の赤ん坊も見た目は人間と変わらないけど、この子は翼の片鱗へんりんも見当たらないし……って感じね」

 三月の母、紗和さわが悠真の顔をのぞき込んで言った。


「それって、普通の人間とは違うってことですか?」

 腕の中で眠る悠真を揺らしながら莉子が訊く。


「莉子さんの影響は受けてるみたいだけど、せいぜい身体が強いとか少し長生きとか、その程度だと思うわ」


 莉子は、ほっとしたようにうなずき、初めて自分の気持ちに気づいた。


(わたし、悠真が烏天狗じゃないことに安心してる。やだ、なんで)


 困惑した表情を浮かべる莉子に、紗和が優しく言った。


「気にすることないわ。自分が産んだ子に平穏な生活を望むのは当たり前よ。大事に育ててあげて。わたしは、あの子たちの修行には口出ししないと決めてたけど、もう少し優しくしてあげればよかったって後悔してるの」


「お母さま……」


「特に三月は、身体が小さくて気も弱かったせいか、いつも辛そうにしてた。でも、わたしはどうしたらいいのかわからなくて、結局、鏡夜きょうやさんたちにすべて任せてしまったの。ほんと、駄目な母親よね……」

 紗和は自虐めいた笑いを口の端に浮かべた。


「だけど、小学校に入学してから、あの子は心も身体も驚くほど逞しくなった」

 紗和は莉子を見つめて、しみじみと言った。

「莉子さんのおかげだったのよね。本当にありがとう」


「いえ、そんな」


「うちのひともね、今では大天狗なんて呼ばれてるけど、子どもの頃は身体が小さくて、いつもお兄さんたちに馬鹿にされてたんですって。だから、三月には特に厳しかったみたいで」

「あー、そうですねえ」

 思い当たることがありすぎて、莉子は思わず声に出していた。


「莉子さんも知ってるのね。うちのひと、昔はあの子にひどいこと言ってたんですって!?」

「はい、かなり」 

 莉子は正直に答えた。


「全然気づいてやれなかったなんて、ほんと母親失格ね。修行がきついだけだと思ってたの。だから、弱音を吐かせちゃいけないって。いつも目をうるうるさせてわたしの方を見てたのに……とにかく、それを聞いてめちゃくちゃ腹が立ったから、夫とは半年くらい口をきかなかったの」


「結構長いですね」


「それくらいしないと本気で怒ってることが伝わらないでしょ? さすがに反省したみたいだから、『子どもの尊厳を守ること』と『必要以上に追い詰めないこと』を約束させたわ!」


「さすがです、お母さま!」

 莉子と紗和は、固い握手をかわした。


 ◇


 月日は流れ、悠真はすくすくと成長した。

 地元の小学校と中学校に通い、高校は両親と同じ宮野高校に進学した。


 莉子と三月は相変わらず仲が良く、ふたりとも悠真が子どもの頃から外見があまり変わっていない。事情を知らない同級生からは「ずいぶん若いお母さんだね」と驚かれる。


 悠真が小学生のとき、たまにしか会わない祖父が大天狗だと聞かされて驚いた。


「じゃあ、お父さんも天狗なの?」

 悠真は無邪気に訊いた。

「昔はね。今は普通のひとだよ」

 父に言われてちょっとガッカリしたが、「ふうん」と何でもない振りをした。


 母の両親は普通の人たちだが、逆に母が普通じゃなかった。

 なんでも、子どもが欲しくて肉体改造したとか。


「なにそれ! お母さんは改造人間なの!?」


 今見ているアニメに改造人間が出てくるので悠真は興奮したが、「機械化はしてないよ」と母に言われ、またしてもガッカリした。


 両親の遺伝子のせいか、悠真は運動神経が良く、力も強い。

「できれば頭がいい方がよかったなあ」

 そんなことを呟くと、クラスメイトの花音かのんに怒られた。


「贅沢ね。そんなこと言ってないで、どこかの運動部に入りなさいよ」

「ええー、やだよ、めんどくさい」

「まったく、お父さんとは大違いね」


 花音とは小さい頃からの顔見知りだが、口うるさいところが苦手だ。

「世話焼きのところがお母さんそっくり」と母は言う。


 花音の父親や町の人たちにとって、父はいまだにヒーローのようだ。 


 父は母と結婚するために烏天狗をやめた。

 母は父の子どもが欲しくて人間をやめた。


 まったくおかしな両親だが、悠真はふたりのことが大好きだ。

 ひとつだけ気がかりなのは、父と母よりも自分の方が寿命が短いのではないかということだ。子どもの方が先に逝くのは最大の親不孝だと聞く。


 あんなに俺のことを愛してるのに大丈夫なのかな。まあ、その頃には俺もしわくちゃのじいさんになってるだろうから、あんまり悲しくないか。

 

 そうだといいなと悠真は思った。

 

 











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