第57話 妊娠と出産
――人間が烏天狗の子どもを妊娠したそうだ
――どうやって妊娠したんだ?
――そんなことが可能なのか?
「不可能を可能にするやつなんて、あいつくらいしかいないだろう」
蔵馬山の
巴は僧正坊に呼び出され、経緯を問われた。
「あたしは不妊治療を
とぼけた口調で答える巴に、僧正坊が睨みを利かせる。
「本当か? また何か危ない薬でも作ったんじゃないだろうな」
「ふん。証拠もないのに変な言いがかりはやめてほしいね。……でも、もしあたしがそういう薬を作ったら、若いやつらは喜ぶんじゃないか? いい加減、古臭い決まりを見直したらどうだい? 人間に混じって生活してるんだ。恋愛だってするだろうよ。ねえ、おじいちゃん」
「うぬぬ」
僧正坊がうなる。
つまり、くるみのお腹の中にいるのは彼の孫なのだ。
「そうだな……確かにくだらない決まりだ。そろそろ見直してもいい時期なのかもしれんな」
「おっ、ほんとに?」
「ただし! その治療薬はもっと安全なものに改良しろ。今のところ彼女たちに異常はないようだが、万が一、重篤な副作用でも出たら大変だからな」
「ははっ、有り難い。とうとう許可が出た」
巴は飛び上がらんばかりに喜んだ。
「今すぐというわけではないぞ! 俺の一存では決められんからな」
「わかってる。気長に待つよ。鷹尾も同意するだろうから、そのうち何とかなるだろ。あっちもおじいちゃんになるわけだしな。あ、正式に決まったら、薬の開発費たっぷりともらうからな」
「わかった」
「じゃ、もう用はないな」
「ああ……うちのが迷惑かけたな」
(ほう、珍しく父親の顔をしてるな)
「気にするな。こちらにもメリットはあった」
巴が部屋を出ると、僧正坊は重いため息をついた。
(やれやれ、日本中の大天狗を説得するのにどれくらいかかることか)
彼らの思惑が叶うにはまだまだ時間がかかるだろう。
だが、種族を越えて愛し合う者たちに、やっと希望の光が見え始めた。
◇
幸いなことに、その後くるみと莉子には何の副作用も起きず、ふたりとも無事に出産までこぎつけた。
くるみが先に女の子を産み、およそ二か月後に莉子が男の子を産んだ。
莉子と
莉子は産休を取り、出産後は実家で母と姉の力を借りた。
今は三月とふたりで子育て中だが、授乳以外のことは手を抜いている。三月も家事と育児に奮闘しているので、思っていたほど大変ではない。
「身体が変わったせいか、出産後の回復も早かったよ」
「うん。思ったより元気そう。悠真くんも元気そうでちゅね~」
「色々と面倒なこと頼んでごめんね」
なにしろ、烏天狗と人間の子の出産なんて、どこの産婦人科にも前例がない。莉子は四葉に頼んで、傍系の女性たちから助言や体験談などの情報を集めてもらっていた。
「いっそ卵で産まれてくれたら楽なのにね」
「四葉ったら、変なこと言わないでよ」
「ごめんごめん。まあ、初めての出産、しかも烏天狗の子なんだから不安になっても仕方ないよ。ほんと、無事に産まれて良かったでちゅね~」
悠真をあやしながら四葉が言った。
実際、陣痛が始まってから数時間後に普通分娩で出産できた。拍子抜けするほど楽な出産だったと思う。
「四葉は――」
「ストップ! その先は言わないでよ。今は仕事が楽しくて男なんかいらないから」
「わかった。もう言わない」
「そういえば、
「
莉子とくるみが出産してからというもの、どこから聞いたのか、烏天狗と付き合っている女性たちから連絡が来るようになった。
(もしかしたら穂乃果ちゃんもそうなのかも)
高校のとき、神社の境内で烏天狗と話している穂乃果を見かけたことがある。
そのときの穂乃果は、なんだかとても可愛く見えた。
「あと、斉藤真理子っていたでしょ? あの子、このあいだうちのホテルの式場で結婚したんだよ」
「へえ、そうなんだぁ」
真理子は高校に入学してすぐに、三月が烏天狗だと知り、化け物だと
「あの子、なんだかんだ言いながら、ちゃっかりファンクラブに入会してたよね」
「そうそう、瑛二さんが卒業したときなんて、わんわん泣いてたもんね。まあ、新郎は瑛二さんには全然似てなかったけど」
莉子が思わず吹き出すと、四葉が笑いながらフォローした。
「でも、優しそうな人だったよ」
そのあとは高校時代の思い出話に花が咲いた。
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