第56話 未来へ
京都から帰ってきた莉子を見た瞬間、三月が顔色を変えた。
「なんで……」
「すごいね。見ただけでわかるんだ! 言ったでしょ? 体質改善するって」
「いや、体質どころじゃないだろ……大丈夫なのか?」
「うん。今のところ平気。ただ、もしかしたら薬の副作用が出るかもしれない」
「どうして俺に黙ってそんな危険なことしたんだ?」
「だって、言ったら絶対反対するでしょ?」
「当たり前だろ! こんなことになるって知ってたら行かせなかった!」
三月が珍しく声を荒げた。
莉子はビクッと身体を震わせ、
「だって、どうしても三月の子どもが欲しかったから、だから……」
莉子の目に涙がたまり、あっという間に崩壊した。
「なんで喜んでくれないの? 三月は赤ちゃん欲しくなかったの? あんなに頑張ったのに、なんで怒られなきゃならないのよぉ。三月のばかぁああ!」
辛かった日々を思い出し、うわーんと子どものように泣き出す。
「ああ、もうっ!」
三月は手を伸ばし、莉子を抱き寄せた。
「ごめん、怒って悪かった! 莉子は頑張ったんだもんなあ。まったく、俺は馬鹿だよなぁ」
優しく髪を撫でながら、泣き止むのをじっと待つ。
しばらく泣いたら気分が晴れたらしく、
「じゃあ、さっそく今日から子作り始めようね」
と莉子が明るい声で言った。
「え、いきなり?」
莉子の目がぎらりと光る。
「何のためにあの地獄を耐えたと思ってるの!? 今なら妊娠する可能性があるけど、時間が経つとどうなるかわかんないでしょ!」
「そ、そうだね、ごめん……」
莉子の鬼気迫る様子に、ちょっと腰が引ける三月だった。
* * *
莉子は、保育園の仕事に復帰した。
「もしかしたら、産休とか育休とか取ることになるかもしれないから、今のうちに稼がないとね」と張り切っている。
(そんなにうまくいくかなあ)
ここまでやって妊娠しなかったら相当ショックなんじゃないかと、三月は心配になる。こっそり藤十郎に連絡してみると、あっちも似たような状況らしい。
「くるみ、すげえ張り切ってるよ。まあ、心配してもしょうがないし、俺たちに出来ることをやるしかないでしょ」
「出来ることって言われてもなあ」
「知ってるか? 妊娠しやすい体位とかあるらしいぞ」
「まじ?」
「おお。ネットで調べたから今度送るよ」
(なにを!?)
胡散臭そうな情報だが、おかげで少し気が楽になった。
* * *
半年後、くるみが妊娠したという知らせが来た。
「良かったね! おめでとう!」
喜びながらも複雑な表情を浮かべる莉子に、三月は何を言っていいかわからなかった。
だが、それから二か月後。
「み、三月。こ、これ見て」
莉子が震える手で何かを差し出した。
「これって――」
「やった……赤ちゃん、できた」
「え、ほんとに?」
ふたりで妊娠検査薬の棒を何度も確認した。
赤紫の縦のラインがくっきりと出ている。
念のため、次の日産婦人科を受診したら、妊娠14週目に入ったところだと言われた。
* * *
それからは大騒ぎだった。
莉子の家族に妊娠を知らせるにあたり、普通の人間じゃなくなったことを話さないわけにはいかない。両親は衝撃を受けていたが、莉子の姉の
「確かにびっくりしたけど、別に悪いことじゃないよね? 身体に害がないどころか、寿命が延びて力が強くなったんでしょ? 羨ましいくらいなんだけど」
「そんな無責任なこと言って」
「そうだぞ、親に黙って勝手に身体を作り変えるなんて」
「だって、やっちゃったことは仕方ないでしょ? せっかく赤ちゃんができたんだから、おめでとうってお祝いしてあげようよ」
複雑な表情を浮かべる両親に莉子が言う。
「ごめんね。でも、わたしは今とっても幸せなんだ。許してくれないかな?」
莉子が自分のお腹を優しく撫でる。
それを見た両親は顔を見合わせ、ため息をついた。
「しょうがない子ねえ……奇跡的に授かった子なんだから、出産まで気をつけないと。ね、お父さん」
「……初孫なんだ。嬉しくないわけがない。いくら強くなったと言っても、無理はせず、身体を大事にしなさい」
「ありがとう、お父さん、お母さん。お姉ちゃんも」
三月も「ありがとうございます」と、深く頭を下げた。
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