第53話 結婚式

 ウエディングドレスで挙式するにしても、さすがに教会はまずいということで、莉子と三月は教会以外で挙式のできる式場を探した。


「ここ、いいな。天井も高いし、景色もいい」

「うん。左右がガラス張りだから、自然の光が入ってくるのもいいね」


 見学に来たふたりの意見が一致し、緑の木々に囲まれた音楽堂のチャペルに決まった。

 

 結婚式の衣装は、莉子りこと莉子の母、それに三月の母の紗和さわの三人で見に行った。

 莉子は着せ替え人形のように、次々と衣装を試着し、母親たちは「可愛い!」「こっちはどう?」と大騒ぎ。

 結局、バックのリボンが可愛い、デコルテが綺麗に見えるAラインの白いドレスに決めた。

 紗和は総レースのネイビーのドレス、莉子の母はボレロ付きの黒いドレスを選んだ。紗和は初めてのドレスにご機嫌で、嬉しそうに何着も試着していた。


「大天狗さまの奥さまっていうから、もっと怖い方かと思ってたけど、意外と可愛らしい方ね」

「うん。可愛らしいところもある素敵な女性よ」


 莉子の嬉しそうな表情を見て、母はホッとした。

 今後はあまり関わらないかもしれないが、姑とはうまくやるに越したことはない。


(まあ、この子はそんな計算してないだろうけど)


 娘が彼に出会った頃のことを思い出す。


「ねえ、おかあさん。どうしたら大きくなれるの!?」

 ある日、外から帰ってきた娘が、必死の形相で訊いてきた。


「そうねえ。いっぱい食べて、運動もして、夜は早く寝ないとね」

「じゃあ、ごはんをおかわりしたらいい?」

「ごはんだけじゃダメよ。お肉やお野菜も食べなきゃ」

「どうして?」

「栄養がかたよってると、ちゃんと大きくなれないのよ」

「ふうん」


 それ以来、娘は三月という少年のために、身体にいいメニューを聞いてきたり、本で調べたりするようになった。

(まさか初恋がここまで続くとは思わなかったけど)

 思わず笑みがこぼれる。

 たとえ普通じゃなくても、彼といることが娘の幸せなのだと、母はとうに知っていた。



 三月は、莉子とふたりで別の日に衣装を見に行った。

 よくわからないと言う三月に、莉子は目についたタキシードを着せ、バシャバシャと写真を撮った。


「はあ、カッコいい……」

「スタイルがいいからお似合いですね」

 店員に言われて、莉子が気を良くする。

「三月、次はこっちを着てみて!」

「え、白はちょっと……」

「とりあえず、着るだけでも。お願い!」


 三月はため息をつきながら、再び試着室にこもる。

 これを何度か繰り返したのち、三月の衣装は黒のタキシードに決まった。


 * * *


 結婚式は、桜の蕾がほころぶ暖かい日に行われた。

 招待したのは家族と親しい友人だけ。新郎側の親族は、紗和、一路いちろと妻の雪乃ゆきの瑛二えいじの四人だけ。


「ごめんなさいね。あのひとの立場上、皆で出席するのは難しくて」

 紗和が、夫と他の子どもたちが来られないことを莉子と両親たちに謝った。

「いえ、お母さまたちが来てくださっただけでも嬉しいです」

 莉子と紗和がなごやかに話をする横で、姉の朱里あかりが母親に耳打ちする。


「うまくいってるみたいね」

「そうなのよ。いいお義母かあさまで安心したわ」


 招待した友人は、れん睦美むつみ千尋ちひろの三人。四葉よつばは海外に語学留学中で欠席。電話で連絡したところ、「タイミング悪すぎでしょ! わざとなの?」と怒っていた。


 蓮はしきりに「いいなあ。俺も早く結婚したいなあ」と呟いていたが、千尋は会社を起こしたばかりで、まだまだそんな気はなさそうだ。

 睦美は式場やドレスに興味津々で、彼にいつプロポーズされてもいいように心の準備をしておくと言う。


 睦美の彼は、見た目は地味だが、穏やかで誠実な男だ。

 以前、恋人に浮気をされて、男を見る目に自信を失くした睦美は、莉子たちに彼を紹介し、ひそかにジャッジしてもらっていた。

 三人の女に根掘り葉掘り訊かれても、嫌な顔ひとつ見せなかった彼に、女たちは合格点をあげた。

 


 天井の高い音楽堂に、オルガンとハープの音が響き渡る。

 陽光に包まれたチャペルの中、ウエディング姿の莉子が父と共にバージンロードを歩いてくる。


 花婿に、花嫁の手が渡された。

 

 誓いを立て、指輪の交換を行う。


 柔らかな光が降り注ぐなか、三月と莉子は照れ臭そうに誓いのキスを交わした。


 ちなみに、ブーケトスは行わず、睦美に直接手渡した。

 千尋はいらないと言っていたのに、蓮は最後まで物欲しそうな目で見ていた。


 ◇ 


 三月と莉子は、町内の賃貸マンションに新居を構えた。

 莉子は保育園で栄養士の仕事を続け、三月は引っ越し会社に就職した。まだ運転には慣れないが、力は普通の人の何倍もあるうえに、疲れ知らずなので重宝ちょうほうされているらしい。


「やりがいがあって楽しいよ」

「良かったね。はい、お弁当」

「ありがとう。でも、無理しなくていいからな。莉子だって仕事してるんだから」

「うん。無理はしない。それでイライラするくらいなら、手抜きさせてもらうから」

「はは。そうしてくれ」



 月日は流れ、莉子が二十八歳になったとき、かねてより計画していたことを実行に移すことにした。

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