第52話 新しい家族

 夫と息子の会話を黙って聞いていた紗和が、おもむろに口を開いた。


「少なくとも鏡夜きょうやさんは幸せそうですよ。彼は静香しずかさんにベタ惚れでしたからね。おばあちゃんになっても変わらずに愛してもらえるなんていいじゃないですか。きっとこの子もそうなるでしょ。ね? 三月」


「うん。年を取っても、子どもができなくても、おじさんと静香さんみたいに楽しい毎日を送れるように頑張るよ。そりゃあ、莉子の方が寿命が短いのは悲しいけど、莉子の最期を看取みとるのは俺でありたい」


 三月の言葉を訊き、莉子がプルプルと感動に震えている。


「まあっ、わが息子ながらいいこと言うわね。ねえ、莉子さん!」

「はい!」

「あなたもそう思わない?」

紗和さわ……」

 完全に息子側についた妻を見て、夫は矛先を変えた。


「わかった。じゃあ、今度は莉子りこさんに訊こう」

「はい! なんでもお聞きください」

「…………」

 さすがの大天狗も莉子にペースを崩される。


「三月と結婚したら、きみだって辛い思いをするだろう。夫より先に老いることや、子どもができないことは、女性にとって大問題だと思うが」


「確かにそうですが、きっと大丈夫です! 友人のなかにも烏天狗と人間のカップルがいますので、情報を共有したり悩みを相談したりして、みんなで幸せになるために頑張ってますから!」


たくましいな……」


「はい! ありがとうございます!」

(ふわぁ、お父さまに褒められちゃった)


 ニコニコと笑う莉子に毒気を抜かれ、大天狗は苦笑するしかなかった。

「ふふ。さすがのあなたもタジタジね」

 紗和が楽しそうに言う。

「莉子さんはしっかりしてるわね。弱虫のこの子を変えただけのことはあるわ。ね、あなた」


 紗和にうながされ、大天狗はしばらく頭を抱えていたが、やがて観念したように言った。


「莉子さん、こいつはまだまだ半人前で頼りないが、何があっても死ぬ気で守ってくれる。それだけは自信を持って言えます。三月、莉子さんとふたりで助け合い、幸せな家庭を築きなさい」

「父さん!」

「お父さま!」


 ふたりに感謝されて居心地が悪かったのか、父は早々にどこかへ消えた。

「あのひとったら、もう。良かったわね、三月」

「母さん、味方になってくれてありがとう」

「ありがとうございました」

 ふたりは揃って頭を下げた。


「いいのよ。わたしは莉子さんが気に入ったから。それより、結婚式はどうしましょう。山の神社は烏天狗御用達ごようたしだから、町で探さないとね。そうだ! ウエディングドレスもいいわねえ。莉子さんならきっと似合うわ。いつも白無垢に紋付き袴だから、いい加減飽きてたの。素敵なチャペルでバージンロード! なんだかワクワクしてきたわ!」


「母さん……なんか、ごめん。変なテンションになっちゃった」


「ううん。嬉しい。こんなに喜んでくださって。そうだ! お母さまもドレスになさっては? きっとお似合いですよ」


「ドレス! いいわね。いつも黒留め袖だから一度は着てみたかったの」


「一緒に衣装を選びに行きましょう」


「いいの? ぜひ行きたいわ!」


 キャッキャとはしゃぐ母親と未来の妻。三月は完全に蚊帳かやの外だ。

(まさかこんなに仲良くなるとは。さすが、俺の奥さん)


 * * *


 名残惜しそうな紗和を振り切って玄関を出ると、一路いちろ瑛二えいじがいた。

 瑛二は厳しい戒律の山にいたせいか、以前の柔らかい雰囲気が消え、精悍な顔つきに変わっていた。


「久しぶりだな、莉子」

「一路くん、瑛二くん。待っててくれたの?」

「まあな。父さんの態度次第では加勢しようと思ってたんだけど、必要なかったな」

 ニヤニヤするふたりを見て、三月が顔を赤くする。

「さては兄ちゃんたち、聞いてたな」

「あの父さんが部屋に結界も張らずに話してるんだから、聞けって言ってるようなもんだろ」

 瑛二に言われ、それもそうかと三月がうなずく。


「おめでとう、莉子。とうとう、俺たちの妹になるんだな」

「まあ、今までも似たようなもんだったけどね」

「ありがとう。一路くん、瑛二くん。あ、今度からはお兄ちゃんて呼ばなきゃ」

「おお。なんか照れるな」

「瑛二兄ちゃんって言ってみてよ」

 気が早いよと三月が突っ込み、皆で笑う。


 一路が改まった口調で三月に告げた。

「進む道が違っても、俺たちが兄弟であることに変わりはないからな。忘れるなよ」

「うん」

「あー、俺だっていいこと言いたかったのに。三月、おまえはいつまでも俺の可愛い弟だ!」

「うん……」

 三月の目から涙がこぼれた。

 莉子がスッとハンカチを渡す。


「さすが未来の嫁。息ぴったりだな」

「いいなあ。俺もそろそろ観念して、嫁さん見つけようかな」

 

 兄たちの言葉に三月は泣き笑いし、莉子はそんな三月を優しい目で見つめていた。





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