第22話 ただの幼なじみに

 三月みづきは部屋を飛び出し、鏡夜きょうやを探した。


「おじさん! 鏡夜おじさん!」

「どうしたの? 鏡夜さんなら縁側にいるわよ」


 静香しずかに言われて縁側に行くと、着物姿で酒を飲みながら、月を眺めている鏡夜がいた。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 三月は鏡夜の横にどかりと座った。

「なんだよ、おっかないなあ」

 少し酔った鏡夜がヘラヘラと笑う。


「鏡夜おじさん、俺がいないあいだに莉子に会ったでしょ? そのとき、何か話した?」


「何かって……ああ、おまえのクラスに親戚の子が転校してきたんだって? 莉子りこが彼女から聞いたっていうから、気にすることないって言ったんだ」


「だから何を!?」


「結婚するなら、羽を切らなきゃいけないってことだよ」


「あー、くそっ! だから莉子はあんなこと――なんで適当にごまかしてくれなかったんだよ!? そのせいであいつ、おかしくなっちゃっただろ! 俺は莉子と結婚できるなら、羽なんか切られたって構わないのに」


「そんなこと言うなよ。だいたい、莉子の気持ちも考えてみろ。おまえが立派な烏天狗になるのを、ずっと応援してきた子なんだぞ? それが、自分のせいで飛べなくなるなんてどんなに辛いことか」


「わかってるよ! だから、もっと大人になってから言うつもりだったのに」


「大人になってから聞けば、なにか変わるのか? おまえを飛べないようにしたっていう罪悪感は一生ついてまわるんだぞ」


「だけど――」


「それに、烏天狗と人間のあいだには子どもができない。莉子は一生母親になれないだろう。そのこともちゃんと伝えたのか? 静香はわたしと結婚したせいで、子どもを持つという幸せを逃してしまった。他の男と結婚して、普通の家庭を築くこともできたのに、わたしのせいで――いたっ、痛いよ。ちょっと、静香」


 いつの間にかそばに来ていた静香が、スリッパで鏡夜の頭をパシパシと叩いている。


「わたしを可哀想なひとみたいに言わないで!」


 さらにスリッパ攻撃は続く。


「わかった。わかったから、叩くのやめて」


 ようやく手を止め、静香はフンと鼻息を荒くした。


「子どもならたくさんいるじゃない。一路いちろ瑛二えいじに三月。莉子ちゃんや近所の子どもたち。小学校で教えた子どもの数だけでも、どれだけいると思ってるの? なめないでよ! 鏡夜さんのサポートで、わたしは教師生活を最後までまっとうできた。赤ん坊を産んでないからって、わたしの人生を否定しないで。怒るわよ!」


「ごめん……」

 鏡夜はしゅんとして謝った。


「それから、三月!」

「はい!」

 呼ばれて思わず姿勢を正す。


「莉子ちゃんには考える時間をあげて欲しいの。やっぱり、すぐに受け入れるのは難しいと思うから……」


「だけど、それっていつまで?」

 困惑する三月。


「わからないわ。でも、辛いだろうけど、できれば友だちとしてそばにいてあげて。このまま放っておくと、あの子の心が壊れてしまいそうで」


「……わかった」


「いい子ね」


 三月は鏡夜と静香の言ったことを、心の中で何度も反芻はんすうした。


 莉子に考える時間をあげる。でも、友だちとしてそばにいる、か。

 それって結構辛いよなあ。

 もう、莉子と手をつないだり、抱きしめたりできないんだ。


「キスだってまだなのに……」

 膝を抱えて胸の痛みに耐える。


 こうしてふたりは、ただの幼なじみに戻った。



 

 










 












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