第21話 ごめんね

 修行を終え、一週間ぶりに三月みづきが学校に来た。


「元気だったか? ケガはないか?」

 れんが三月にじゃれつく。


「アハハ、やめろって。それより、莉子りこはまだ来てない? いつもの場所にいなかったから、先に行ったのかと思ったんだけど」


「最近、来るのギリギリだからまだじゃないか? あいつ、なんか元気なくて千尋ちひろも心配してるんだ。まあ、おまえが来たから、もう大丈夫だろうけど」


「そうか」

(どうしたんだろう。迎えに行けば良かった)


 蓮の言う通り、莉子は遅刻ギリギリの時間に来た。

(なんか、顔色が悪いな)

 三月がチラチラと莉子を見る。いつもならすぐに気づいて笑顔を見せるのに、ずっとうつむいている。あきらかに様子がおかしい。


 朝礼が終わってから、三月は莉子の席に飛んでいった。

「どうした? 具合でも悪いのか?」

「ううん、大丈夫。心配しないで」


 そうは言っても、まぶたが腫れ、目の下に隈ができている。

(俺がいないあいだに何があったんだ?)


 こっそりと睦美むつみに訊いてみたが、彼女にもわからないと言う。

「何日か前から様子がおかしいんだけど、何でもないって言うの。学校では特に変わったことはなかったと思うんだけど……」

「わかった。ありがとう」

(本人に訊くしかないか)

 三月は、じりじりしながら放課後を待った。


 * * *


「莉子、一緒に帰ろう」

 三月が優しく声をかけると、今にも泣き出しそうな顔で、莉子は黙ってうなずいた。


 夕暮れ時の帰り道。

 いつものように並んで歩かず、莉子が後ろからついてくる。

 空には綿菓子をちぎったような雲が浮かび、夕日に赤く染まっていた。

 

「莉子、もしかして、誰かに何か言われた? 意地悪されたとか?」


 三月の質問に、莉子はうつむいたまま、首を横に振る。

 三月は立ち止まり、莉子の両手を握った。


「莉子、お願いだから俺を見て」


 三月の言葉に、莉子がゆっくりと顔を上げた。

 初めて見るような表情に嫌な予感がする。


 しばらく見つめ合ったあと、莉子が言った。


「わたしたち、付き合うのやめよう」

「え?」

「烏天狗と人間の恋愛なんて、やっぱり許されないことなんだよ」

「ちょっと待って。なんで急にそんなこと――」


 莉子が人形のような目で三月を見た。


「わたし、同じ時間を生きられる人と恋をしたいの」

「いや、何言ってんだよ。どうしてそんな嘘つくの? 何があったの?」

「ごめんね。今までありがとう」


 莉子は三月に背中を向け、振り返りもせずに走り去った。

 三月はどうしてこんなことになったのかわからず、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

 * * *


 俺がいない間に、きっと何かあったんだ。もしかして好きなやつができたとか? いや、たかだか一週間だぞ。……誰かに何か言われた? 両親に反対されたとか? それならわかる気がする。でも、あんなふうに別れを告げるなんて莉子らしくない。絶対変だ。


「入るぞ」

 三月が返事をする前に瑛二が部屋に入ってきた。


「どうした? 飯も食わないで。なんかあったか?」


「瑛二兄ちゃん……俺、莉子に振られたみたいなんだ」


「へ? 冗談だよな? あの子がおまえを振るなんて考えられないだろ。浮気でもしたのか?」


「違うよ! 久しぶりに会ったらなんか様子がおかしくて、『烏天狗と人間の恋愛なんて許されない』とか、『同じ時間を生きられる人と恋をしたい』とか、わけわかんないこと言われたんだ」 


「妙だな。そんなの今さらだろ……誰かに何か言われたとか?」


「瑛二兄ちゃんもそう思う?」


「……そういえば静香さんが、俺たちがいないあいだに莉子が遊びに来たって言ってたけど」


「……まさか」


 三月と瑛二は顔を見合わせた。




 




 

 




 




 

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