第20話 真実

 三月みづき瑛二えいじが修行のため山に籠るという日を見計らって、莉子は鏡夜きょうやの家を訪ねた。ちょうどいい機会だから、前から気になっていたことを聞こうと考えたのだ。

 

 庭に面した居間で、座卓をはさんで鏡夜の正面に座る。

 庭には千日紅せんにちこう秋桜こすもすが咲き、金木犀きんもくせいの香りが部屋の中にまで漂っていた。


「今日は瑛二たちがいなくて静かだから、来てくれて嬉しいよ」

「このひと寂しがってたから、莉子ちゃんが来てくれてよかったわ」

 静香がお茶とお茶請けを持ってきた。


「美味しそうな芋羊羹ようかんがあったから。莉子ちゃん、好きでしょ?」

「ありがとう、静香さん」


 芋羊羹を食べながら、三人で話をした。

 しばらくすると、静香が買い物に出ていき、鏡夜とふたりきりになった。


「なんだか久しぶりだね。昔はしょっちゅう遊びに来てたのに」

「うん。三月と仲良くなってからは特にね」

 

 鏡夜も静香も子ども好きだったのか、莉子がいつ来ても歓迎してくれた。広い屋敷のなかを三月と一緒に走り回り、かくれんぼや鬼ごっこをして遊んだ。


 ときどき一路や瑛二も加わったが、負けず嫌いの三兄弟が揃うと大変だった。神通力まで使って本気で逃げ回るものだから、あちこちにぶつかって、物を壊したり襖や壁に穴を開けたりして、鏡夜と静香にこっぴどく叱られたものだ。


(そういえば、ふたりには子どもがいないけど、もしかして天狗と人間のあいだには子どもができないのかな)


「それで、今日はどうしたの?」

「鏡夜おじさん、飯縄四葉いづなよつばって子、知ってるでしょ?」

「ああ。確か、親戚の娘だったな」

「その子がうちの学校に転校してきたんだけど……実は、彼女から聞いたの。わたしと結婚したら、三月がひどい目にあうって」


 莉子はわざとあやふやな言い方をした。直接聞いてもごまかされそうな気がしたのだ。

 思った通り、鏡夜は莉子がすべてを聞いたのだと勘違いした。

「まったく、口の軽い娘だな……」

 頭を抱えたかと思うと、訥々とつとつと話し始めた。


「ショックだったかもしれないが、人間と結婚するなら羽を切らなければならないというのは、昔からの決まりなんだ。まあ、寿命の違いとか子どものこととか、色々と問題があるからな。だけど、三月がそれでも結婚したいと言うなら、莉子が気にすることはない。まあ、まだまだ先の話だ。ふたりでゆっくり考えてごらん」


 ドクン、と大きく心臓が鳴った。

 なに、それ。

 どこを切るって言った? 

 まさか、聞き間違いだよね。


「……どこを、切るの?」

 必死に声を絞り出す。


「え? ああ、翼の外側にある風切羽かざきりばねという部分を切り落とすんだ」


「それって、もう飛べなくなるってこと?」

 嫌な予感に声が震える。


「そうだな。いくら烏天狗でも、ここを切ると二度と飛ぶことは出来ない」



 ◇



 どうやって家に帰ってきたのか覚えていない。

 部屋に入りドアを閉めると、身体の力が抜けて崩れ落ちた。

 ショックだった。まさかペナルティというのが羽を切ることだなんて、想像もしていなかった。


 莉子は放心状態のまま、三月に初めて会った頃のことを思い出していた。


 弱虫で、翼も小さくて、飛ぶのも下手な、烏天狗の男の子。

 あれから、栄養のあるものをたくさん食べて、いっぱい飛ぶ練習をして、あんなに立派な翼になったのに――


「なのに、わたしと結婚するなら二度と飛べなくなるって、どういうことよ! 三月も知ってた癖に、なんで教えてくれなかったのよ!」


 枕やクッションを壁に投げつける。

 涙が溢れて止まらない。

「うっ、うっ、泣いてちゃダメ。ちゃんと考えなきゃ」

 莉子は何度も涙をぬぐう。


 三月が好き。これから先もずっと一緒にいたい。

 だけど――もしいつか、三月が後悔する日がきたら? 空を見上げてため息をつく日がきたら? 

 そのとき三月は、どんな顔をしてわたしを見るだろう。


 そんな未来を想像するだけで、足元が崩れ落ちるような気がした。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る